2011年半ばにスパイと面談をした。時期的には、2010年の工作があった時期と、2011年後半の工作が活発化する時期の間だった思う。

 

自分の人生を振り返ると、多くのスパイと会っていて、スパイとのミーティングと呼べるものも何度かあった。それはいろんな国であり、もちろん、香港に住んでいる時にも何度かあった。それぞれの諜報機関がいろいろな理由をもって、自分にコンタクトしてきており、それぞれについて自分は全く気付いていなかったが、この時だけは勝手が少し違った。

 

 大抵の場合は、何人かの集団の中にスパイが紛れているか、自分の普通の生活の中にスパイが紛れているか、自分の人間関係の中に諜報機関のアセットであるスパイがいたりしたが、この時はそこにいた全員がスパイだった。念のためであるが、それぞれの当時について、自分は彼らがスパイであることは気付いていなかった。ただし、この時だけはリアルタイムにおかしいと思った。

 

 その時期に、知り合いが香港に来たので飲みに行った。ご飯を食べた後で飲み直そうとなり、その友達の家に行くことになった。そこには自分とその知り合い以外に4人いたが、そこでの会話は不思議な感じであった。一般的なアジアの認識から始まって、そこから民主主義的決定の本質について議論した。そういう話をするのは慣れていたので、それほど不思議とは思わなかったが、求められるままにずっと話をしていたような気がする。

 

 そして、その途中から話が中国の過去や現況をどう分析するかという話に移った。基本的には、政治学的にどのように認識するか、どのような方法論で分析するかについて議論していたが、同時に、極めて現在的な現象についても議論していた。

 

 その話の流れとは別に自分が覚えていること1つあって、その長い議論の途中で、彼らの間でどうするという感じの会話があった。その意味は分からなかったが、何らかの目的があって、自分はここに呼ばれていることはその時点ではっきりと分かった。その前の時点から何の理由があってここにいるんだろうと思いながら、求められるままにずっと喋っていたが、結局、朝までずっとみんなで話し続け、何も起こらず、そのまま家に帰った。

 

 その時点でも、彼らがスパイである可能性があることは分かっていた。ただ、自分が何のために呼ばれているのかは分からなかった。振り返って考えてみると、彼らの目的は自分を仲間に取り込むか、あるいは、自分を何らかの形で社会から隔離することを目指していたと思う。それ以外にも目的はあったかもしれないが、その全貌は依然として分からない。

 

 それが分からない根本的な理由は、彼らがどこのスパイであるかが分からないからである。CIAか中国の諜報機関のどちらかであるが、中国の諜報機関の場合はどこの組織に属しているのかという問題もある。基本的に中国語と英語で会話をしていたので、どちらかだと思うが、未だに区別が付かない。

 

 ただし、時期的に考えると、公安や中国の諜報機関が犯罪工作を加速させ、その後に拷問を受け続ける前の時期である。この時点で自分は既に進退窮まった状態にあったということを意味しており、いつの段階でも諜報機関は十全に準備している証左でもある。

 

 

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