この終わりのない拷問の日々は自分の精神を痛め、そのうち、生きること自体が苦痛に感じるようになってきた。そして、遠隔的な尋問で訳の分からない言いがかりを知り合いから言われ続けていると、とても抗えないような大きな権力がそこに存在するのを感じた。

 

結局、どんな手段を使っても自分を落とさなければ、彼らはここまでの全ての暗殺未遂や拷問の責任を取る必要があり、それを受けいれるくらいだったら、えん罪に落とすか、自分が壊れるまで続けるのだろうと思うようになった。そして、その思いが強くなるに従って、何度も何度も死んだ方が楽だと思うようになった。

 

 今から振り返ると、これは電波操作のように思う。本質的な電波操作は自分をネガティブな感情にすることにあり、その延長線上にはえん罪を受け入れるか、精神が壊れるかのどちらかがある。そして、自分はその操作を受けて、何度も何度も死にたいと思うようになったんだと思う。ただ、同時に、何もしていないのに、死ぬのは馬鹿らしいと心の底から思っていた。

 

そこで1つの方法を思いついた。部屋は監視カメラで監視されているため、それを利用しようと考えた。部屋の両隅の上部にはハロゲンランプがあり、そのうち、一部は電気がつかなくなって消えていた。そこに監視カメラがあると想定していた。監視自体は向かいのマンションから望遠レンズをこちらの部屋に向けて固定している人たちがいたので、そこからも監視しているのは分かったが、それ以外にも部屋の状況は筒抜けであり、レンズになりうるものはリビングの中にはそこしかなかった。

 

まず、キッチンから包丁を取り出し、それを鞄に入れるふりをした。部屋の一部のハロゲンランプだけが消えているので、その角度からは鞄に包丁を入れたように見えるようにした。実際は、包丁自体はテーブルの上に置き、鞄の中には入れなかった。

 

そして、そのまま鞄を持って外に出た。いつもは普通に歩いて街まで出ていたが、その日だけは途中から尾行を巻いた。そういうことは今までしなかったので、香港の警察は対応できず、自分を完全に見失った。そのまま大通りを走って渡り、誰も着いて来られないようにしてから、一度陰に入って姿を消し、そこから飛び出してダブルデッカーのトラムに乗った。その上で、眼鏡を外し、上着を替え、ぱっと見では誰か分からないようにした。

 

その中から見ていると、途中で多くの警察官が動員されているのが分かった。香港の警察は非常線を敷いたようであった。つまり、鞄の中に包丁が入っていると完全に誤解しており、通り魔事件を起こして、この永遠と続く拷問を終結させようとしているように思わせた。

 

実際のところ、その行動の目的は中国の諜報機関に自分を殺させることだった。自分は一切の武器を持っていないため、何もない状態で中国が自分を殺すと国際問題になるはずだった。そうすれば、拷問を続ける中国の諜報機関は非難の対象となり、同時に、それを黙認し続けた日本の司法も責任から逃れられないと思った。そうすれば、自分の死はただ自殺する以上の意味を持つように感じた。そして、香港警察の非常線を見て、自分の作戦はうまく行ったように感じた。

 

繁華街に着き、その広場の方に向かって歩いて行くと、中国の老スパイが自分を最初に発見した。香港返還の前から中共のスパイとして、ずっと香港で活動していたような人物だった。彼は自分を発見すると、ずっと傍に立って一歩も動かなかった。自分が包丁を持って暴れるようなことがあれば、自分の身を最初に犠牲にする位置にずっと立っていた。

 

それから中国のスパイがどんどん増え、自分の周りを取り囲むようになったが、警察が来ることもなく、自分が殺されることもなかった。彼らは抑制されており、一切の行動に踏み切りそうになかった。自分は諦めるしかなかった。その後、美容院に行くと、香港の警察がその後に続いて入ってきた。そして、自分の鞄にそもそも包丁が入っていなかったことに気付いた。彼らは困惑と疲労のまなざしで、鏡越しに自分をずっと見ていた。

 

 

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