2012年1月半ば以降、何度か人に会う機会ができ、いろんな話をするようになったが、その中で1つのことに気付いた。自分を依然として犯罪に嵌められようとしている人たちがそれらの会話の背後にいた。

 

誰と話したところで、結局、犯罪がないので彼らはどうしようもないが、知人を連れてくることで、彼らとの話の中で犯罪のネタを探していた。そこにはいろんな人がおり、誰かに指示されて会いに来た人もいれば、何が行われているか全く気付いていない人もいた。

 

 前者の中にもいろんな人がいるが、会うように指示されている人の場合は途中で中座して、電話で指示を仰ぎ、その後に話の内容が変わることが多々あった。中座せずに、目の前で話す人たちも一部にはいた。また、メールで指示を受けている人たちもいた。

 

 これらの行動は関与の程度の差によって生み出されている側面が高く、その中には自ら進んで悪意を持って嵌めようとしている人たちもいた。特に、自分以外のそこにいる第三者を嵌めようとしている言動を何度も目の前で見たが、未だに何故そこまでできるのかは分からない。罪悪感に苦しみながら強制されている人もいれば、笑いながらえん罪を作ろうとしている人たちもいた。

 

 逆に、全く何が起こっているかを知らず、香港に来た人たちもいた。彼らのうち一部は、その途中にメールで忠告を受けたようで、そこから一切話さなくなる人もいた。

 

 このように悪意を持って人を嵌めようとしていた人たちは多数いたが、その大部分は自らのやってきたことに犯罪事実があるために、そのような行動をしている可能性が高かった。そして、そのような人の中には既にCIAのアセットなっている人たちが多数いた。

 

 ただ、当時を振り返ってみると、彼らがCIAのアセットであるという認識はなかったように思う。彼らの過去に違法行為があり、それを訴追されないように日本の警察と取引をしたと思っていた。彼らは、基本的には犯罪を探そうとしていたが、それが見つかるはずもないので、結果として、犯罪の疑いがあるとして様々なものを次から次へと列挙していた。それはアセットを通した遠隔操作の取り調べであったが、そこには終わりがなく、永遠とフレーミングを続けていた。

 

それ以外にも、彼らのフレーミングの方法は多数あった。特に政治的問題と倫理的問題には困った。自分がどのような政治的意見を持とうが、法律を犯さない範囲の倫理的見解は自由だと思うが、彼らはそれですら非難の対象とした。つまり、このような政治的意見を持っているのは中国にも日本にも危険な人間であるという印象操作も行い続けていた。そこまで来ると日本の警察の犯罪捜査とは全く何の関係もないが、それでも彼らは止めることはなく、逆に、自分の命が危険になる可能性は十分にあった。

 

 今から考えると、えん罪であろうが、政治的なフレーミングであろうが、彼らにとってはどうでも良かったのかもしれない。そこには何の真実も必要なく、自分を拘束続ける限りにおいて、自分を拷問し続ける限りにおいて、いずれかの段階で自分は落ちるか壊れるか、どちらかになると思っていたのだろう。

 

 

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