先に結論を書いておくが、自分は何の犯罪にも関わらなかったので、自分が犯罪者となることはなかった。ただし、2011年末の時点では自分は徹底的に警察と特捜部からマークされていた。実際は、自分はずっと昔から警察に監視されており、自分がそれに気付いていなかっただけだが、その年の秋に新しい警察長官が決まった頃から、自分に対するマークは違うレベルへと展開された。

 

自分が気付いた時には、それは2011年12月に入ってからだが、少なくとも大阪府警だけでなく大阪地検特捜部も監視に関わっていた。実際には自分は何の犯罪もしておらず、犯罪が起こりそうもない気配の中で、彼らがはっきりと自分を監視していた。

 

ただし、この組み合わせはおかしい。自分が犯罪をしていない状態では、特捜部には捜査の権限は全くない。公安はルールに従えば対象者を監視できるが、特捜部はこの時点までに犯罪をでっち上げるか、警察に騙されない限りは、そこで監視する権限を持っていない。

 

そして、その監視の下で犯罪が教唆された。それは10月から準備され、12月頭辺りに実行されたが、結果として自分はその教唆に乗らず、犯罪をすることもなかった。ただし、それは自分が高尚な人間だからではないと思う。自分は犯罪の仕方を知らず、また、犯罪行為は常に発覚するという認識があった。そして、犯罪をすると普通に想像される以上に重い量刑があるのも理解していた。そういう思考の中で、自分は犯罪者にならなかった。

 

しかし、よくよく考えてみると、これはおとり捜査だった。と言うのも、自分が何の犯罪にも近づいていない状況の中で犯罪が向こうから教唆されており、それを警察と特捜部がそれ以前から準備して備えている。日本ではこの手法は認められておらず、これでは裁判に進めない。立件することができたとしても、犯罪にすることはほぼ不可能である。もしかすると、彼らは裁判をするつもりはなかったのかもしれない。

 

警察は自分を物理的に抹殺したかっただけかもしれない。それらの工作は香港で起こっており、日本の司法には権限がないにも関わらず、彼らは自分をおとり捜査に嵌めようとしていた。ただ、当時はあまりにも状況が切迫していて、自分はそんなことを考える余裕もなかった。

 

何が起こっていたかを振り返られるようになったのは、かなり時間が経ってからであり、それが実際は工作活動であったことも、どのようにして工作が仕組まれていたのかも、それらを理解できるようになったのはもっと後のことである。この時点では、日々生き延びることに精一杯であった。

 

ご一緒に、是非

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