霊的なものが存在するかどうかは個人の感性と宗教観の問題で、その本質については議論しない。ただし、自分はそれが存在しないと思っていて、世の中には存在すると思っている人が沢山いて、それはそれで間違っているとも思わない。

 

しかし、そういう異形が見える人が見ているものは実はそうではなく、具体的な形を持った存在である場合もある。

 

もしかすると、その鳥の話と同じ頃だったかもしれないが、見える人が教えてくれた話が1つある。彼が初めて幽霊を見たのは、車で高速を運転しているときだった。彼の車を追い越し車線から抜いていく車があり、その車を見ると後部座席に座っている女性が運転手に後ろから絡み合っていた。

 

それを見た彼が、隣の車はイチャイチャしていて危ないと言う話を助手席の人に切り出すと、その人はお前も見えるのかと答えた。それは運転手の彼女ではなく、死んだ女性が運転手にまとわりついていると。死してなお彼に取り憑いていると。それから彼は霊的なものが見えると信じるようになった。

 

今ではもう分かったが、実はそれは異形が見えたのではない。それは実際に女性が後ろからまとわりついていて、彼に幽霊を信じさせるために、その助手席の人と隣の車が一緒に工作活動をしただけである。この方法は優れていて、実際に目に見えていることは真実にもかかわらず、それが幽霊であるかどうかを確かめる方法がないために、より真実であるように感じる。

 

この幽霊を信じさせるのは、おそらく当時の電波操作の1つのステップで、聞こえるはずのない声を信じさせるために必要な作業であった。もし、そのような存在を信じなければ、見えない声が聞こえたとしても、それが幽霊であるとは思わない。精神的な病気になったと思うか、あるいはその声がはっきりとした形を持っていれば、何らかの形で声が耳に届いていると思うだろう。

 

誰の声か識別できる声は自分も何百回と聞いたことがあり、その声は間違いなく電波で送れる。電波でなくても嗜好性の高いスピーカーであれば、それなりに離れた距離からその人の周囲にだけ声を聞かせられる。いずれにせよ、はっきりした声であれば、それが幽霊のような像を持たない限り、霊的に発せられたものだとは思わない。

 

 今の電波の技術では自分の声とほぼ変わらないものや、声と言うより思考だけに近いものもあるが、古い技術においては、おそらくはっきりした声だったのだと思う。今でも、はっきりした声の方が電波操作に適していると判断すれば、その声を利用することもあるだろう。

 

そして、この話自体が自分に電波を信じさせるためのオペレーションの一環だと思う。この前の時点で見えない存在の声が存在するのを見ているからである。ただし、彼がどういう理由でそれを言ったのかは分からない。それが自分を信じさせるためのものであることは分かるが、彼のどのような意思の下でそのような発言になったのかは分からない。少なくとも、彼自体も工作に気付いていないので、悪意による発言ではないのは確かである。

 

この霊的なものを信じれば、よりマニピュレーションをやり易くなる。しかし、当時の彼らには残念なことに、今ですら自分はそんな存在を信じていないので、その方法論の対象にはならなかった。

 

 

ご一緒に、是非

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