思考の操作もどれだけ頑張っても止められない。

 

ただし、正確には、一定の時間であれば止められる。簡単ではないが、禅の空に近い感覚を保てば止められる。ただし、状況的にはお釈迦さんが悪魔に襲われた状態に似ており、自分には全てを止められない。仏陀になれば止められるかもしれないが、少なくとも普通の人には無理である。

 

それよりも、それを止めるために努力をすることでストレスが溜まる。どれだけ努力をしても思考の受信を止められないので、無駄な努力をやり続けると逆に精神的な病気になる。電波操作による思考が頭の中に入ることを受け入れる方が精神的には楽である。重要なのは内なる声を聞いたとしても、それがどんな内容であったとしても、自分自身と自分のあるべき行動をなるべく維持することである。

 

思考の操作は基本的に2種類ある。1つは完全に他人の声が聞こえるもので、たぶんこれは古い技術だと思う。この場合、この声の意見を無視すれば良い。不必要に執拗であったとしても、他人の声だけで行動は左右されないので、普通に対処できる。ただし、これがまどろみの時間に聞こえると、それほど他人の声とは聞こえず、逆に長期記憶に偽の経験を書き加えられる可能性がある。

 

自分の声と変わらないものか、声というよりも思考だけに近いがものが電波によって頭に持ち込まれる場合はより問題である。この場合、操作されないのは難しい。それが自分の考えのように感じるからである。

 

この電波操作を避ける1つの方法は、一部の行動基準を自分の中に持たないことである。例えば、法律を犯さないと決めると、ある行動を実行するかどうかは法律によっても制約される。それを守ると決めれば、どれだけ頭の中で騒がれても法律は破らない。

 

その基準は法律だけには関わらず、どのような社会的な規範でも構わない。ある程度首尾一貫した考え方に基づけば、電波操作で送られてきた思考をその基準で判断でき、そのアイデアを必ずしも実行しなくなる。そうすれば、電波によるマニピュレーションの一部を防げる。

 

もちろん、それでも頻繁に電波操作された行動をしてしまう。ただし、操作されたとしても自分の本来的に持っている考え方に沿うのであれば、問題なく受け入れられる。重要なことは出来る限り自分自身を保つことである。

 

思考操作と同時に感情も操作されることが頻繁にあり、その場合は基準になるものが感情であるために、意識がより操作される。それに対処するためには、行動原則を感情に基づかないものにし、自分の生活のかなり部分を合理性に任せる必要がある。そうなれば感情は操作されても、それが行動に繋がることは少なくなる。

 

電波操作による思考制御を根本的に無力化する方法論は外国語で考えることである。その際に、複数の言語を入れ替えて考えれば、より効果的になる。電波工作を行っている側の語学レベルにもよるが、基本的に複数の言語で思考するという活動に慣れている人は限られているため、その方法で自分の思考を組み立てると、電波によって操作される頻度が低下する。

 

しかし、問題が幾つかあって、外国語をしっかり喋れる人を用意すれば、工作が普通に継続される可能性がある。その場合は、それぞれの外国語や日本語に対して特有の訛りを加えて、電波操作を行える人を更に制限する方法がある。ただし、そこには別の本質的な問題があり、外国語で考えるのはそもそも簡単ではない。それは1日で達成できないので、そのレベルに至るまでにかなりの時間を要する。

 

 

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