体のコントロールができるというのは、口の筋肉も喉も操作できることを意味している。つまり、電波によって対象者の発声もコントロールできる。ただし、そのコントロールは複雑に絡み合っており、単純に口が操作できるというものではない。

 

現実的には、口を勝手に操作して発語させられるが、その場合は完全に自分のコントロールではないと認識できる。ただし、そのような操作は電波工作が表面化するため、一般的には利用できない。できるとすれば、ある瞬間にだけ不適切な言葉を挟むことである。そうすると、不可解な言葉が発言の中に埋め込まれ、第三者として聞くと、極めてイレギュラーな発言に聞こえる。そして、本人も何故そのように喋ったのか分からない。

 

電波による工作をより効果的にするためには、実際に対象者に対象者の言葉を話させる方が気付かれ難くなる。口や喉だけをコントロールするよりも、同時に思考をコントロールする方が気付かれ難い。特に、口の筋肉がコントロールできるような装置であれば、基本的には思考も操作できる。

 

対象者が喋る前に頭で考えさせてから喋らせれば、その考えをコントロールすることで、それが言葉として発せられる。その思考が自分の感覚や本来的な思考と異なる場合はその言葉を弾くこともできるが、その余裕がなければ、あるいは、その考えを反芻しなければ、その言葉をそのまま喋る。

 

この方法の場合、純粋な口の操作とは言えないが、それでも思考の操作から始まって、発言をコントロールできる。実際に工作者と対象者の頭に同時に言葉を浮かばせ、それが発話される際に、同時に口や喉の筋肉までコントロールするとより思い通りに言葉を話せる。

 

ただし、人は頭に浮かんだ言葉をそのまま使うとは限らず、自分の意に合わないものは馬鹿な考えだと認識するため、確実には言葉をコントロールできない。もし、一部だけコントロールすれば、やはり不規則発言として現れるだろう。それは統合失調症の症状と同様になる。

 

それぞれの個人の嗜好や思想は記憶の中に埋め込まれている。その埋め込まれた方に個人差がなければ、簡単に電波で操作できるが、記憶の番地には大きな個人差があり、電波による記憶の想起には限界がある。

 

結果として、脳内にあるその人の観念を連合させることは難しく、それらの統合としての嗜好や思想が強ければ、それを変更することはかなりの困難を伴う。そのため、その方向性からずれた発言が生み出されると、不規則発言として現れる。一方で、もともと思想性が薄い人であれば、脳内で発せられた思考に飛びつく可能性がある。その場合は、より簡単に脳や発語を制御できる。

 

別の方法として、その脳内の言葉がもっとはっきりとした声を持つときがある。それが誰の声か特定できる場合もあるが、それが神の言葉になる可能性もある。その神の言葉を絶対なものとして受け入れさせれば、多くのことができる。

 

それが発言だけに現れれば、口の操作の延長線上である。それこそイタコのような形で、対象者が霊媒となって、工作者の電波操作による発言を喋らせられる。その場合において、口の操作は対象者の自意識による制御を受けない。

 

 

ご一緒に、是非

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