電波操作は感情を制御することもできる。一部の感情は原始的な側面が強く、より単線的な脳の活動である。単線的が意味しているのは、基本的な感情は複雑な電波パターンを持っておらず、強くなるか弱くなるかの直線上の中にあり、比較的単純な周波数で感情を再現できるということである。

 

ただし、人間が感情を感じる際には、それだけが独立で認識されるわけではない。例えば、電波によってネガティブな感情を生み出されたとしても、それ自体はネガティブな感覚に過ぎない。それがある対象を伴って、あるいは、ある対象を想起する結果として、ネガティブな感情が昇華し、何か具体的な対象に対する嫌悪感に至る。

 

人間の基礎的な感情にポジティブとネガティブがある。ポジティブな感情は前向きと言うよりは、ハイになっている感じに近い。例えば、誰かと会話している際にポジティブな感情を高められると、相手の言葉をより受け入れ易くなる。それはエンドルフィンの効果に近く、もしかすると、その物質をより放出している状態が脳内で再現されているかもしれない。

 

 このポジティブとネガティブは本来的には直観的判断をする際に利用されている。つまり、ある外部的刺激に対して、瞬間的にポジティブとネガティブが判断され、その結果として、人間は瞬時に行動を起こせる場合がある。この感覚は経験的な直感として磨くこともでき、それが熟練の技として現われる。この感覚が電波で操作されるため、瞬間的に反応すると、今度は逆により電波の影響を受けることになる。

 

そして、この感情は他の情報や感覚と合わさってもっと複雑な感情を構成する。それは生理的な好き嫌いであったり、悲しさや喜びであったりするものである。つまり、これらの複雑な感情のベースにはポジティブとネガティブがあり、それが操作されると、人の感覚はよりおかしくなる。

 

そして、この感情操作と情報操作を組み合わせることで、他人をより支配できるようになる。この際の情報操作は電波による必要性はなく、物理的な会話でも構わない。この限りにおいて、電波操作は感情を制御するというよりも感情を爆発させるという状態に近い。会話の中で使われた具体的な情報や対象に対してポジティブな感情を爆発させ、それを信じさせたり、気に入らせたりする。

 

一方で、ネガティブな感情は全く逆の状態を生み出す。ネガティブな感情が高まっている状態で、外部的に何か情報や対象を与えられると、その対象に対してネガティブな感情を抱く。

 

例えば、悲しさはネガティブな感情の延長線上にある。ネガティブは負の重い感情であって、それは方向性だけを持っていて、それが最終的にどのような感情として昇華されるかは決まっていない。つまり、悲しさはネガティブよりも遙かに複雑な感情であり、対象に対してネガティブ以上の感覚がある。

 

電波による感情操作で及ぼせる範囲はものごとをネガティブに捉えるところまでである。それ以上の効果を及ぼすためには、つまり、悲しさを感じさせるためには、更なる物理的な工作が必要になる。

 

感情操作以外の電波操作によってもそれ以上の効果を生み出せるが、その場合はより複雑な電波工作が必要になる。例えば、ネガティブな感情を抱かせた上で、胸を苦しくさせるとより悲しい状態を再現できる。それは悲しさを胸でも感じられるからであり、それらを電波で同時に制御することで理由もなくもの悲しくさせられる。

 

ただし、この場合は最終的に認識上の悲しみの核となる対象がなく、もの悲しさが外部的に与えられていると前頭葉が認識できれば、そのもの悲しさは外的な感覚として切り離せる。つまり、感情は必ずしも人間の思考や行動を全て制御するとは限らない。

 

 一方で、この制御の際に悲しみの核となる現象が与えられると、例えば、誰かが怪我をしたとかであれば、その対象に対して元々強い憎しみを抱いても、悲しみを感じる場合はあるかもしれない。