公安を含めて、全ての諜報機関は自らが生き残るために敵を必要としている。敵が存在しなければ、国家にとって諜報機関は不必要である。ソ連と共産圏の崩壊によって、1990年代以降、西側の諜報機関は存在理由であった大きな敵を失った。結果として、予算の削減と組織の縮小が始まる。それは防衛組織にも当てはまるが、防衛力は国が存続する限りにおいて必要であるのに対して、諜報機関は敵が存続する限りにおいて必要になる。彼らの存続条件は必ずしも同じではない。

 ここに大きなジレンマが起こる。諜報機関は国の安全のために存在しているはずであるが、彼らにとっては世界の平和は不利益でしかない。世界が不安定であればあるほど、彼らの必要性は高まる構造になっている。そのため、彼らは敵を維持する必要があり、少なくともその敵を大きく見せる必要がある。

 例えば、日本の公安は敵である左翼過激派を大きく見せる必要があった。実際に彼らの過激な活動が活発であった70年代までは彼らの存在を大きく見せる必要はなかったが、その活動が表面化しなくなった90年代以降においては、彼らを大きな社会の敵であることを見せる必要があった。その方法論として、味方として取り込んだ過激派を利用して、敵である左翼を大きく見せる戦略をとり、ほぼマッチポンプ的なやり方で敵を巨大化させた。

 それに加えて、公安はその対象を拡大させる。ISという警察内の情報網があり、それは警察に入る全ての治安情報を集め、警察庁のトップに吸い上げる仕組みである。その結果として、以前よりも多くの人が治安調査の対象となる。従前は基本的な対象が左翼過激派と共産党と右翼だったが、創価学会や自民党の議員も調査対象となる。もちろん、その拡大の中には一般人も含まれている。それが90年代に後半に起こった公安の変化である。そして、彼らは自らの存在意義のために新たな敵を作り出している。

 それでも公安の敵は左翼過激派であり、また、そのサポートをしている北朝鮮でもある。それらが存在することによって公安の必要性はより高まる。そのため、公安はどこかの時点で北朝鮮に対する完全な敵視政策を廃棄している。その変化は90年代により本格化していると思うが、本質的には80年代に変化が起こっている。このタイミングについてはまた違う機会に議論するが、その例として、よど号事件で北朝鮮に渡ったテロリストのうち、1人が日本に戻ってきて逮捕されている件を挙げる。それは80年代後半の出来事である。

 彼が日本に戻る必要性は全くなかった。それは戻っても捕まるだけだからであり、実際に警察に捕まっている。このやり方は北朝鮮と公安のディールである可能性が高い。公安は北朝鮮に対して何かの譲歩をする代わりに、その確信を得るために何かを求めた。その結果が日本の求めているテロリストであれば、公安はその確証が得られる。

 これが指し示しているのは、これに先立つ時期に北朝鮮の大掛かりな工作が日本であり、それに手打ちをするために、北朝鮮はテロリストを渡したと言うことである。問題が起こったのは80年代前半であり、手打ちをしたのは80年代後半である可能性が高い。そして、そのディールには一部の左翼過激派も含まれており、その結果として、公安内部で左翼に対する敵味方の識別が先鋭化した可能性がある。

 このような共生関係は日本に限ったことではない。CIAはその存在維持のためにテロリストを必要としている。テロリストがいなければCIAは必要ではない。ソ連が崩壊し、主たる敵を失ったCIAはその存在価値を大きく低下させたが、イスラムのテロリストが大きくなるに従って、彼らの権力は以前よりも巨大になっている。

CIAがテロリストを作ったとは言わないが、CIAが敵をせん滅することはない。なぜなら、敵をせん滅するのは自殺行為だからである。諜報機関にとってベストなのは弱い状態の敵が存在することである。ただし、世の中の全てが彼らの思い通りに行くはずもなく、諜報機関の工作や不作為は最終的に大きな問題を引き起こすことがある。ISISはその1つの結果である。