幻想の鎖にサヨウナラ ~むかえのブログ(量子場調整&心屋&前者後者)

東大→鉄鋼大企業に勤めて9年目、インスピレーションで脱サラし、勢いでお遍路へGo!→43日でコンプリート♪
その後、量子場調整で開業→心屋カウンセラーの資格も→そして前者後者論へ

「自分を縛るのは自分だけ」
その場所から自由に。どこにでも行ける。


テーマ:

量子場師&心屋カウンセラーの向江(むかえ)ですお遍路
(心屋マスター29期 かのマス卒業)

 

 

☆前者・後者って?

 ⇒『■【永久保存版・全体概要】前者後者は世界を救う?!前者後者ってなんだ?

  (by 心屋仁之助さん)

 

☆私の記事はこちら^^
 ⇒『前者後者の過去記事一覧』 

 

 

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【保存版】前者後者って?(基本編)

【保存版2】前者後者って?(機能編)

 

 

「私」の感覚も、基本OSも違うので当たり前ですが

前者と後者では、行動原理や動機、発想の仕方が大きく違います。

 

 

同じ言葉でも感じ方が違うし、

同じ行動でも背景や意味が違ったりします。

 

 

もちろん、人には性格があって

環境、習慣、立場の違いもあれば、経験から学習もするので、結果的には「人それぞれ」のバリエーションがありますよ(^^)

(大きな違いでは、男か女か、感覚派か論理派か、内向的か外向的か、第一子かどうか、親が前者か後者か・・・)

 

特に後者は「前者アプリ」をインストールしてることも多いですしね。

 

 

ですが、大元の世界観や出発点は

前者後者それぞれではっきりした違いがあって

 

 

お互い自分の感覚を当然だと思っているために

親子、パートナー、友人、上司部下・・・

色んな場面で誤解やすれ違いを生んでしまっていることが、驚くほど多いのです。

 

 

この記事ではその中でも特に代表的なところを紹介します。

 

 

(1)人間観の違い

  ~地続きの前者/島の後者

 

(2)因果関係に対するセンスの違い

  ~全てつながってる前者/つながってない後者

 

(3)前者と後者の基本ステータス

  ~HPもMPも防御力も回復力も素早さも違う

 

(4)キーワードあれこれ

 

 

 

 

それは知ればシンプルな話で、

 

ここをわかってるだけでも、お互いの言動が「ああ、そういうことだったのか!」と理解できることは沢山あると思います(^^)

 

 

 

 

 

 

(1)人間観の違い

 

 

これがもう、全てのすれ違いの基本中の基本になってると思うのですが、

前者と後者ではそもそも、人間関係の感覚が全く違います。

 

 

 

 

ベースの意識構造が↑だからでしょうが、

 

人と人との関係は、

前者には左、後者には右のように感じられています。

 

 

 

・前者にとって人と人は常に地続きの村や都市同士、みたいな感覚です。

・後者にとって人と人は独立した島同士です。

 

 

そしてお互い、人は全員そういう感覚でいるものだと思っています。

 

 

 

◆前者

 

前者の感覚では、人と人は当然のように常につながっていて

何かしらが常時行き来して交流しています。

 

道路は基本設備なので、あって当たり前。

だから大事なのは、その道路の上に「何が」「どれだけ」行き来しているか。

 

だから行動だったり言葉だったり、前者はそういう”具体的なもの”を大事にします。

良いモノを沢山交流させることが友好や愛情の「証明」です。

 

 

また、「察してあげる」・・・「要求される前に」相手の意図や望むことを「相手を理解して」動いてあげる。少なくともそうしようとする。

それも代表的な好意や愛情の証です。

 

一般的にも、それが最上級のサービスであり気遣いですよね。

(これは主に女性に顕著な傾向な気がしますが)

 

 

大事な相手には、普段してることのランクを上げる階段

そんなイメージでしょうか。

それが前者のベーシックな愛情表現です。

 

 

そんな前者は、だから相手にもそれを期待します。

それがない、それをしてくれない(しようとしてくれない)と、

「私に愛情がないのでは?」ということのように感じてしまうのです。

 

 

また例えば

 

・したことをスルーされる

⇒「気に入らなかったのかな?」と考えて更に頑張ったり、一方的になり過ぎて「都合よく使われてるだけなのでは」と感じる

 

・反応がない、交流や通信が途切れる感じがする

⇒門を閉ざされ、締め出されているかのように感じてしまう

 

・(結果として)自分が不快になるようなことをされる

⇒「怒らせるような何かしたっけ?」「攻撃宣言?」と感じたり、わざとでなくてもその不注意さ自体を「私を軽んじてるので」と勘繰ってしまう

 

 

そういうことがよく起こります。

(思いこむわけではないが、そう感じてしまう)

 

 

親しくなった相手とは

 

・具体的な交流がいっぱい増えることを期待しています。

・感情や本音を少しずつ漏らしてきます。

 

 

そんな前者には好意や、感謝や、褒めや、あるいは誤解してるだろうことを

ちゃんと口にして言ってあげることがとても大事です。

 

特に前者は自分を「みんなの中の1人」という感覚でいるので、相手にとって自分が「特別」「その他大勢じゃない」ということを実感したい気持ちがあります。

そしてそれは(後者が考えている以上に)伝えてもらわないとわからないことなのです。

 

 

 

また、常につながっている感覚のため、

安心感もある一方、周囲の状況がダイレクトに自分に関わって来るので、常に緊張感もあります。

 

周囲の平和が自分や自分の大事な人達の平和です。

だからいち早く情報を収集し、平和維持のために先手を打つことも習慣にしています。

 

 

 

 

 

◆後者

 

一方後者は、みんな島で独立し合っているという世界観なので椰子の木

そこに道路なんてありません。

 

交流がないのは別に意図的でもなんでもなく

単純にそれが基本状態です。

 

 

人と交流するのは、必要に応じて橋をかけたり船を出したりするイメージゴンドラ

常に「意識的な行為」です。

 

用が終われば橋を引っ込めて、「ふーやれやれ」と戻っていきます。

そうやって島で充電しないと、橋をかけたり外で活動したりするエネルギーがなくなってしまいます。

 

 

そんな後者の交流動機は「世界を広げたい」です。

(必要物資の確保のため除く)

 

端的に言えば「一人じゃつまらない」。

 

独立で成り立ってるけど、もっと広い世界を知りたい。自分の世界も知ってもらいたい。

「世界観の交流」がコミュニケーションの目的です。

 

 

後者には交流を結ぼうとする意思そのもの

「あなたと関係性を結びたい」という好意や関心の証明です。

 

独立国家同士の国交を開くイメージに近いでしょうか。

逆に、干渉は善意であれ自分の世界を尊重されてないように感じます。

 

 

後者が橋を架け船を出して「わざわざ」出向くのは、興味のある所だけです。

エネルギーかけてどうでもいいところに行きたくない。

 

「側にいる」「接続している」

それは相当な好意や関心の証だし、言うまでもない当たり前です。

だからそれが伝わらないのがむしろ不思議だったりします。

 

 

 

ただし、橋をかけたり船を出すにあたっては

「慣れ」「コツ」「勘」「技術」がある程度必要で

 

これが下手な人や上手くない人、訓練されてない人も多く

橋が途中で壊れたり、座礁したり、タイミングがまずかったり、スムーズに人と交流できないケースが後者には多々あります。

(そしてつまずくと自分の世界に引きこもってしまう)

 

 

 

また後者の代表的な好意の表し方としては他に

「自分の世界に入れてあげる」

「相手から得た何かを島に持ち帰る」

 

“相手の世界の何かを自分の世界に受け入れる”

 

というのも最大級の敬意や好意や信頼の証です。

(不要なものは絶対に持ち帰らない)

 

※ただし受け入れたくても受け入れ方法がわからないものは、悪いと思いつつ持ち帰れないで置いて行ってしまいます。それを誤解されることも多いです。

 

 

相手に対しても同じ発想で、

後者は「自分の好きなもの」を相手にプレセントしますプレゼント

 

これも、私の世界の良いモノをおすそ分けしたい、共有したい、相手の世界を広げてあげたい。そんな気持ちなのです。

ただ一方的になりがちなので、それしかないと相手が迷惑なことはよくあります。

 

(⇒前者はまず相手の視点で「相手に役に立つもの、喜びそうなもの」で考えるし、自分が好きなものじゃなくても構わない)

 

 

 

親しくなった相手には

 

・安心して「スイッチオフ」

・何より大事にしている自分の世界へ、招待したりフリーパスを与えます

 

猫がなついてくる感じに近いでしょうかMe

頑張って橋をかけていたのが、島ごと接岸して、自然体のままただ側にいたり何かしたりします。

前者アプリ(地上対応モード)もほとんど起動させなくなります。

 

 

気遣いやサービスが好意なのは後者も一緒ですが、それはあくまで「島の外用」に頑張って「外交」している状態です。

親しくなると「素」を出してきます(自動的に)

 

軽んじてるわけではなく、無理をせず側にいさせてもらえる相手を本当にありがたいと思っています。

 

自分の島を(数ある島の中で)「特別」に気に入った、スゴイ、素晴らしい、と言われると喜びます。

 

 

 

また、自分の動機で島から出るのはなんでもいいですが、

他人の要求で出る時は、何を「動機」「目的」「目標」にしたらいいのかがわからないとパフォーマンスがだだ下がりします。

 

なので後者はよく「なんで?(=なんのために?)(=それで私orみんなにどんないいことがあるの?)(=そのことと私の関連は?)」と聞くのです。

 

 

 

※更に詳しく知りたい方はコチラ

前者x後者のあれこれ

⇒ 前者さんにとって、それは本能が満たされる喜びであり、否定される悲しみだから
⇒ 「役に立つ」の仮説

⇒ 後者の愛情、後者の必要不可欠

⇒ これが大事!後者のトリセツ(仕事篇)

 

 

 

 

お互い「だから納得しろ」ということではないですよ。

無理なことや嫌なことやして欲しいこと、わかって欲しいことは伝えればいい。

 

でもそもそもの発想や愛情、「よかれ」のカタチがお互い違う、ということを理解しておけば、相手の気持ちについての誤解は減りますよね。

双方の感じ方をわかった上で話し合えば、通じることは多いのではないかと思います。

 

 

余談ですが、前者のこの傾向は女性に特に強いし、後者の傾向は男性に特に強い気がします。

 

 

 

 

(2)因果関係に対するセンス

 

 

前者後者の差で、

実はかなり大きなポイントになるのがこれです。

 

 

端的に言えば

・前者は因果関係が常に気になるし

・後者は因果関係がわりとどうでもいい

 

 

 

◆前者

 

 

前者はずーっと陸上にいる生き物です。

過去現在未来はずっとつながっていて、基本的に途切れることがない「はず」のものです。

 

「気づいたら」「なんかしらんけど」「いつの間にか」なんてない。

「Aが起きてそのことによりBになり、結果Cになった」

 

常にそういう風に世界を把握しています。

 

「何がどうなってそうなった」が常に語れるのが当たり前なので、因果関係が理解できないと上手く頭の中でおさまりがつきませんし、わけのわからない因子があるのが気持ち悪くてしょうがない。

 

 

だから「なんで?」とよく聞いてくるのです。

(後者はこの「なんで?」がトラウマ級に苦手なのですが、それは何か深い動機や必然性の回答を迫られているように感じるからで、前者の「なんで?」は本当に表層の、陸上の因果関係をつながせてほしいというリクエストでしかないんですよ)

 

 

 

 

◆後者

 

後者は逆に、地上には断続的にしかいませんので

地上の因果関係なんて日々切れまくっています。

 

だって地上に戻った時に周囲の状況が(知らないうちに)変わっているのなんて、気にもかけない「いつものこと」です。

 

IMG_20160517_184721091.jpg

 

異常なことが起きてれば別ですが、

例えば電車やカフェで「気づいたら(例えばスマホ見ていて目を上げたら)」周りの状況が変わってるなんて、日常茶飯事。

「入れ替わったんだろうな」くらいのものです。

 

 

だから後者の頭にあるのは 「Aが起きて、Bが起きた」という事実だけ。

前後関係はありますが、それをつなぐ細かい因果関係はあまり気にしていません。

その代わり「関連性」を抑えます。

 

また後者は細かい因果関係を飛ばした、全体の方向性や傾向、印象は見ていたりします。

「A-B-Cが起きた」という事実から、違和感を察知したり、浮かび上がるものや全体の「意味」を考えたり読み取ったりする。

嗅覚や洞察力のある後者であれば、このセンスが優れています。

 

 

後者は、物事が表面的な因果関係だけで進んでいないのをよく知っているので、あまりそこを見ていませんし語れません。

(そもそも「飛んで」ますし)

 

 

その結果、当然ですが、「説明」「再現性」「共有」が苦手です。

(後者同士なら通じることも多いですが)

 

 

 

 

この前者と後者の傾向は、更に2つの大きな特徴を生んでいます。

 

 

 

①因果関係に弱くて自由な後者

 

後者は、良くも悪くも終わったことは忘れてしまいます。

「今」との因果関係が切れてるからです。

(やたら覚えていることは、それがその人の中で「終わってない」からです)

 

点や流れでは覚えていますが、線では意識しないとあまり記憶できません。

 

過去に捉われずに純粋な今からのベストを考えられる、という長所な一方、行きあたりばったりにもなりがちなです。

 

 

 

また、これはけっこうポイントになる性質なので自覚&知っておくといいですが、

後者はとにかく「因果関係のリアリティが弱いんです。

 

 

「Aをすれば当然Bが起こり、必然的にCになる」

というほぼ絶対的な因果関係にすらリアリティ(現実感)が薄く、

 

「やってみないとわからない」とか

経験的に何度もわかってることですら「何が起こるかわからない」とか「なんとかなるんじゃないか」とどこかで思っています。

 

遅刻する後者の最大の原因もこれといっていいですし、

(しかもそこにMax見積もりもかましてくる)

 

よほど痛い目をみるまであまり学習しません。

(頭では理解しても、感覚が学んでない)

 

センスのあることや学習したことは優れた「肌感覚」がありますが、それがない状態はかなり危なっかしかったりします。

 

 

一見「当然」に見えることの隙間をつける才能でもあり、

因果関係に縛られない自由な発想ができる才能でもある一方

 

日常的には話が進まない、同じミスをする、詰めが甘い、足元を無視している、といった弱点の原因になっていることが多いです。

 

 

 

 

②全てをストーリーでつなぐ前者


前者の最大の特徴は

「Aが起きてBが起きた」という2つの事象があったら、そこに必ず因果関係(ストーリー)を結びにかかることです。

 

しかも極端に言えば、そう考えた根拠のある「それらしいストーリー」でさえあれば、本当かどうかすらあまり関係ありません。

ともかくそうしないと物事が把握できないので、そうやってつないで処理するし、そうしないでいられない。

 

情報がバラバラにならない、という利点である一方

情報をバラバラにしておけないともいえます。

 

前者は良くも悪くも因果関係にとらわれがちなのです。

 

 

 

そんな前者には、後者には衝撃のびっくり、ある発想があります。

それは、前者は「人の言動には必ず意図がある」と思っているのです。

 

 

マジでそう思っているのです。

 

 

こう発言したらこう相手が受け取って、こう考えてこういう行動を促す効果が・・・

自分がそうやって、常に言動の影響やストーリーを考えながら動いているので、「何も考えてない」人がこの世にいることが、にわかに信じられないんです。

 

 

だから前者は、人の言動に対して

「これこれこういうメッセージがあるに違いない」

「この言動は何を伝えようとしてるのだろう」

「これを狙っている」

 

とかいうことを必ず考えます。

相手の意図や脚本を想定するのです。

 

そういう意味でも前者は意図の銃撃戦の中に生きていて

常に気を使ってサバイバルしていたりします。

 

 

しかし実際は、この世の半分の人(後者)はそんなこと考えて生きてないわけで真顔

考える人や考えることはあっても、そちらの方がイレギュラーです。

(感情はありますし、考えも狙いもありますが、複雑な脚本や演出はしないし発言も基本的にストレート)

 

 

そういう意味で、

前者の頭の中には「幻想のストーリーライン」「幻想の脚本」が常にいくつもあって、人に色んな配役やキャラ設定を振っているのですが、それによる自爆で人間関係を悪化させたり破たんさせることも多いです。

 

端的に言えば「勝手に深読みし過ぎ」

 

 

また、過去の記憶もそうやってできあがっているので、

正直かなり怪しいです

(個々の事象が事実でも、間を繋いでいるストーリーがねつ造^^;の上、前者の中ではストーリーラインの方が強いので、事象の方もストーリー寄りに記憶が改変されがち)

 

 

 

恐らくこれが、後者の「他人視点がない」と対になる

前者の人間関係のつまずきの最大の原因です。

 

 

もちろん自分でも「いやいやそんなはずは・・・」と思って意識的に打ち消したりはするのですが、自動的に走ってしまうものなので、自分でも持て余していたりします。

 

そんな前者にとって「ああ、この人は大丈夫なんだ」「見たまんまなんだ」と心から思える人は、本当にありがたいのです。

 

 

 

ちなみに、前者はそうやって意図を発して色々しているのですが、後者から完全にスルーされたりするのでイライラを募らせたりします。

 

後者は逆に(プライベートでまで)そんな発想で生きている人がいると思っていないので、そもそも気づかないし、相手がなんでそんな発想になるのか、そんなことを考えるのか、何を怒っているのか全く理解できなかったりします。
 

(もちろん、後者でも猜疑心にかられたら色々考えますけど)

 

 

 

大体、前者に比べた後者の特徴は、まさに見たまんまで

「自己中」で「無神経」(そこに神経・意識が通って無い)

 

その批判ならその通りですが(後者もそれは反論するところではない)、そこに複雑な悪意はないし、理解する回路(神経)も普段は別に走らせてないのです。

 

(そもそも人に見られている発想がない/自分の言動がどう見えるか相手の視点に立つ発想もない/島で勝手にやってることが相手に関係するとも思ってない)

 

 

 

※さらに詳しく知りたい方はこちら

何を受け取って何を受け取らないか

⇒ 前者の「なんで?」と後者の「で?」

⇒ 現実を無視する後者と、理想を語れない前者

後者に学習能力はない

⇒ 悪意について

 

 

 

 

(3)RPG風 基本ステータス

 

 

個人差はあるとはいえ、大体イメージこんな感じです。

 

 

IMG_20161123_183753519.jpg

 

 

 

●後者

HP:1000 

防御力(生身):400 (鋼の部位と急所アリ)

守備力(装備後):400 (裸なので基本的に変わらない)

回復力:300 (自前の回復ピットあり)

素早さ:10 

MP:300 (ただし瞬間最大値だけある/自分の世界に戻るとちょっと回復する)

 

●前者

HP:150

防御力(生身):40 

守備力(装備後):400 (装備は怠らない)

回復力:15 (回復が超絶遅い)

素早さ:300 (直撃は絶対回避)

MP:2500 (ただし瞬間最大値はあまり高くない/寝るまでほとんど回復しない)

 

 

●後者

・とにもかくにも生身が強い。
 (HP高く、防御力があり、回復力も高い)

・だから裸でいられるし、何も考えずに突っ込める

・攻撃を食らいまくるが、HPが高いので何とかなる
 ※ただし痛くないわけではない/同じところを食らいまくるとさすがに弱る/急所はある

 

・MP全然ない

 ⇒連続で細かい呪文を唱えてるとすぐに気力が尽きて疲れて倒れる

 

 

 

●前者

 

ともかく生身があんまり強くない

 

・直撃を食らうとすぐに瀕死になる上、回復にも超時間がかかるので、生身を防御するのが最優先(と思ってる)

 ⇒なので警戒心が強いし慎重

 

・そのかわり素早さが高くて装備品がいい(一般ビトスーツ、理論武装など)

・全体を見て戦略もちゃんと立てる

 

・ MPが高く、連続でずっと呪文が使える

 

 

========

 

 

ステータスが違うので、それぞれ戦略が違うのは当たり前です。

 

それを無視して相手に迫っても、逆に真似をしてもしょうがない^^;

後者にあまり器用な呪文使いや重装備は向いてないし

前者にパーティの先頭で攻撃を受けろとか、裸で尋常に勝負!とかいうのも乱暴な話です。

 

 

自分を見るだけでく、相手をちゃんと見るといいですよ。

違いを知ることで、自分のことがもっとわかりますから。

スーパーな人がスーパーなのは、自分の特性や得意を活かしているからでもあるのです。

 

それをわかった上で相手の得意を取り入れたり挑戦したりするのもいいし、

お互いの長所で素直に協力し合ってもいいのだと思います。

 

 

 

※更に詳しい話はコチラ

それでも「頑張りたい」あなたへ

「頑張る」=「自分を活かす努力をする」のなら

前者x後者のあれこれ

⇒ 色々小ネタ

その循環を終わらせていく

 

 

 

 

 

(4)キーワードあれこれ

 

 

 

■前者

客観&分散&「普通は」/平面&関係性&線

アンテナ(WI-FI)&マルチ /常時&一定 /装備&間接的

整理-カテゴリー&因果関係 /前提化/一般性/理解

対応重視/共通解/流れ(スムーズさ)/「なんで?」

 

 

■後者

主観&「自分」&「私は」/個別&独立性&ライト

スイッチ&ゾーン /短距離走&波あり /裸&ストレート

自由-ばらばら&関連性 /パターン化/普遍性/キャッチ

選択重視/共通満足点/流れ(勢い)/「なんのために?」

 

 

こんな辺りが、色んなところで共通して顔を出す前者と後者の基本キーワードです。
 

 

前者と後者では生きている軸が違います。

 

そして人を理解する、という方法には、ただ同じ平面や条件で相手を見るのではなく

「自分のこれに当たるものが、相手の何に当たるのか」

という理解の仕方があって、

そういう想像をしてみることも大事なのではないかなと、私は思っています。

 

 

 

例えば

後者が無邪気に迂闊なことして
「お前は人の気持ちがわからないのか!」と投げつけられる時の感覚は
前者がやっておいてあげたことを
「は?勝手にやっただけでしょ。頼んでないし」と言い放たれる時の感覚とほぼイコールですし


後者が動機や目的や意味を気にする感覚は、
前者が因果関係やカテゴリーを気にするのと等価です。


そういう想像がある上でかける言葉は、

同じことを伝えるにしても、おのずと変わってくるのではないかと思うのです。




その他、大事なそれぞれの特徴については

こちらも是非参考にして頂ければと思います。

 

  「できる」も違う

後者のMAX見積もり問題

⇒ それは本能が満たされる喜びであり、否定される悲しみだから

一般ビト・・・個性ゼロの人間を元にした、前者の「理想郷建設プログラム」

「共通解」を探す前者さんと、

「共通満足点(目的)」を探す後者。

⇒前者は「可能性限定志向」、後者は「可能性開放志向」

「空気を読む」の違い

”比較”の発想も違う

 

 

 

 

花

 

心屋仁之助さんが日本武道館で独演会です!

http://www.kokoroya-10th-annv.com

 

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