その日の天気は東京では珍しく雪だった。
コメンテーターは『今日はバレンタインデーですから外出をしないでおくというのは酷かもしれませんね』などとバレンタイン商戦にゴマをするような発言をしていた。
下らない。
自分には関係ないとテレビの電源を切り、大学へ向かう準備を始めた直樹。
今日は大学で3限まで受けて、午後からはアルバイトでドニーズに行く予定だ。
しかも毎週金曜日は松本綾子の受験対策家庭教師を引き受けている。
家庭教師に行く都合上、入江直樹と松本裕子は毎週金曜日の同じ時間にアルバイトを入れていた。
今日はどうやってチョコレートを断るか・・・それすらも憂鬱で仕方が無い直樹であった。
大学へ行くと案の定チョコレートを持った斗南大学の学生が校門前に大挙して押し寄せていた。
まさか、、、自分じゃないよな?と思いながら足を進めようとしたところ、一人の学生から声をかけられる。
「入江さん!! これ・・・」
その言葉を聞いて、すかさずきびすを返し、直樹は学校を後にした。
ぞろぞろと追いかけてくる学生達に振り向き「迷惑だ」と一言で切り捨てる。
まさか振り向いてくれるとは思わなかった学生たちは直樹の冷たい一言に凍りついて動くことが出来なかった。
「オレは誰からももらうつもりはない。どうしても押し付ける気ならば、そこにあるコンビニのゴミ箱へ直行だが、それでも渡したいヤツが居たらお目にかかろうか」
氷のような冷たい直樹の言葉に、誰もチョコレートを渡せる剛の者はいなかった。
去り際に「相原さん、なんでこんな人追いかけているのかしら?」と琴子のことを呟く学生の言葉に、直樹はため息をつきつつ『あいつ、今日来るのか』と琴子のことを考える自分がいることに気付いていなかった。
大学を自主休講し、図書館で論文とレポートの仕上げをする。
ついでに図書館で数冊本を読み、珍しくバレンタインデーにしては有意義な時間を過ごせた。
アルバイトの時間が迫り、本と勉強道具を片付けて図書館を出る。
ドニーズに入ると女性スタッフが今か今かと直樹の入りを待ち構えていた。
スタッフルームで着替えて出たところに「入江さん、コレ受け取って下さい」と一人の女性スタッフからチョコレートを手渡されそうになった。
「いらない」
その女性スタッフを一瞥して、チョコレートを差し出された手を払うようにその横を通り抜ける。
まさかこんな風に断られると思っていなかった女性スタッフは差し出した手を引っ込めることも出来ずに立ち尽くしていた。
その頃、直樹は新しく来た来店客をさばき、客から随時チョコレートを押し付けられて困惑していた。
客なだけにあまり無碍にも出来ない。
「規則なので受け取れません」とひたすら断りを入れ、無心で客をさばくことに集中する。
いつも以上に無表情で機械的に作業する直樹を、まわりは『あいつは本当に人間か?』と噂しながらその様子を遠巻きに眺めていたのだった。
それでも諦め切れない客は、手近なスタッフを捕まえて「さっきの店員さんに渡してください」とチョコレートを預けていく。
数時間後にはスタッフルームにチョコレートと思しき箱の小山が出来上がっていた。
それを預かったスタッフが口々に直樹に伝えると、直樹はマネージャーに近づき何やら相談しているようだった。
直樹はダンボール箱を持ってスタッフルームに入ったかと思うとすぐに出てきた。
手には何も持っていない。
さっきのダンボールはどうしたのだろうか?
気になって数名のスタッフが直樹に気付かれぬようスタッフルームにもぐりこんだところ、、、
『ご自由にお持ち帰り下さい』
とデカデカと書かれたダンボール箱には、さっきのチョコレートの小山がかろうじてダンボールから転げ落ちないバランスで堆く積み上げられていた。
入江は・・・神か!? それとも悪魔か??
絶妙なバランスのチョコレートの山に誰しもが言葉を失ったのだった。。。
この後、入江直樹は松本裕子と帰るらしいとスタッフの間で噂になっていた。
直樹を追いかけて裕子がアルバイトを始めたのは有名な話だった。
直樹が裕子の妹の家庭教師をしているのも割と知られていた。
今日はその金曜日。
あれだけの美男美女がバレンタインデーに一つ屋根の下、なにも起こらない訳が無いと皆が想像してる中、事態は思わぬ展開を迎える。
直樹のストーカーと一部で噂されている相原琴子が、7時過ぎにドニーズに来店したのだ。
この吹雪の中をである。
たまたま会計をしていた直樹が呆れ顔でその様子を眺めてた。
琴子に気付いた裕子が、すぐに琴子を席に案内する。
裕子はオーダーを取ると「他にご注文は」と嫌味たらしく追加を促したが、琴子は「コーヒーだけでいいです!!」とめげずに火花を散らしていた。
こんな天気の中をバレンタインデーだからと自分に会いに来る琴子。
・・・相変わらず、琴子らしい。
直樹は呆れつつも、変わらない琴子の態度をみて、少しホッとしながら別な客のオーダーを取りにいったのだった。
中々帰ろうとしない琴子を見かねてコーヒーのおかわりを注ぎに行く直樹。
「おい、4杯目だぞ」
さっさとコーヒーを注いだが、立ち去り際に一言いいたくなって後ろをむいたままで琴子に声をかけた。
「おまえ顔色が悪いぞ。さっさと帰れよ」
「そ、そんな・・・」
悲しそうに呟く琴子の声を聞きながら、直樹は別の客をさばきに入り口へ足を運んでいった。
「ご注文が決まりましたら、こちらのボタンでお知らせ下さい」
そう告げて水を用意していたら、琴子がヨロヨロと歩いてくる。
“顔色悪いのに・・・何やってるんだ、こいつ”
気になりながらも通り過ぎたとき、琴子が倒れる音を聞いた直樹。
近くのスタッフが「あっお客様」と琴子に声をかけるのが聞こえた瞬間、そのスタッフに直樹は水の乗ったトレーを押し付け琴子に駆け寄った。
「おいっ」
そう声をかけたが、琴子は苦しそうに呻くだけ。
琴子をさっと抱き上げてスタッフルームに向かってスタスタと歩く直樹。
近くにいたスタッフに「マネージャーはどこ?」と聞いてみた。
スタッフルームのソファーに琴子を横たえると、マネージャーが毛布を手にやってきた。
毛布を琴子にかけて脈をみる直樹。
うんうんと呻いているので、呼吸は大丈夫だろう。
コーヒーによる胃痛が原因だろうと判断して、様子を見に来たスタッフに水をくれと一言声をかけた。
琴子を介抱して水を飲ませ、少し顔色が復活してきた。
どう帰そうか直樹が腕を組んで考えていたところ、マネージャーから思わぬことを提案される。
「入江くんの知り合いだろ」
「ええ、まあ」
さっきから介抱している琴子が他人だったら、きっと直樹は無視してたに違いない事をマネージャーは知っていた。
介抱もしているくらい親しい仲なら、直樹にこのあとを任せようと判断しマネージャーは直樹にある提案をした。
「そうか、じゃあ今日はもう上がっていいから、お嬢さん送ってあげなさい」
お店で倒れたなんてトラブル報告を上に出したくないマネージャーは、直樹にその責任を押し付けたのである。
「い、いい!! いいですっ」
そ、そんな・・・と言って慌てる琴子に、優しい顔をしてマネージャーは言葉をかける(注:営業スマイル)
「いや、この雪で、そんな調子で一人でムリですよ」
さっさと帰ってもらわないと店が困るのだ。
「そうしなさい、入江」
そう直樹に呼びかけ、言外に『送れ』と命令をした。
言葉の意味を理解した直樹が不機嫌な声で「・・・はい」と返事を返していた。
~二人が帰った後のドニーズにて~
こうしてドニーズの中の嵐の出来事は去り、直樹に去られた松本裕子は呆然とスタッフルームでたたずんでいた。
しかもマネージャーから直樹の伝言を受けてショックを隠せなかった。
『入江はさっきの女性を送っていくので、松本さんに今日の家庭教師のアルバイトはキャンセルして下さいと伝えてくれと伝言を預かった』
せめて直樹の口から聞きたかったと思う裕子に更なる追い討ちが待っていた。
須藤さんが夜中のアルバイトの為に来店し、スタッフルームに居た裕子にプレゼントを渡そうとしてきたのだ。
「今の世の中、女性だけがチョコレートをあげるなんて古い!!」と裕子にプレゼントを渡そうとしたが、にべもなく断られ、さっさと帰られてしまった須藤だった。
追いかけたいが、今はアルバイトの身。
涙を流しながら来客を迎えようとして、マネージャーに裏仕事を言いつけられる須藤の姿を数人のスタッフが目撃していた。
朝、天気予報を確認すると夜まで降り続き、夜には一層吹雪くことが予測されるとの事。
夜間の外出は控えるよう助言までされていた。
コメンテーターは『今日はバレンタインデーですから外出をしないでおくというのは酷かもしれませんね』などとバレンタイン商戦にゴマをするような発言をしていた。
下らない。
自分には関係ないとテレビの電源を切り、大学へ向かう準備を始めた直樹。
今日は大学で3限まで受けて、午後からはアルバイトでドニーズに行く予定だ。
しかも毎週金曜日は松本綾子の受験対策家庭教師を引き受けている。
家庭教師に行く都合上、入江直樹と松本裕子は毎週金曜日の同じ時間にアルバイトを入れていた。
今日はどうやってチョコレートを断るか・・・それすらも憂鬱で仕方が無い直樹であった。
大学へ行くと案の定チョコレートを持った斗南大学の学生が校門前に大挙して押し寄せていた。
まさか、、、自分じゃないよな?と思いながら足を進めようとしたところ、一人の学生から声をかけられる。
「入江さん!! これ・・・」
その言葉を聞いて、すかさずきびすを返し、直樹は学校を後にした。
ぞろぞろと追いかけてくる学生達に振り向き「迷惑だ」と一言で切り捨てる。
まさか振り向いてくれるとは思わなかった学生たちは直樹の冷たい一言に凍りついて動くことが出来なかった。
「オレは誰からももらうつもりはない。どうしても押し付ける気ならば、そこにあるコンビニのゴミ箱へ直行だが、それでも渡したいヤツが居たらお目にかかろうか」
氷のような冷たい直樹の言葉に、誰もチョコレートを渡せる剛の者はいなかった。
去り際に「相原さん、なんでこんな人追いかけているのかしら?」と琴子のことを呟く学生の言葉に、直樹はため息をつきつつ『あいつ、今日来るのか』と琴子のことを考える自分がいることに気付いていなかった。
大学を自主休講し、図書館で論文とレポートの仕上げをする。
ついでに図書館で数冊本を読み、珍しくバレンタインデーにしては有意義な時間を過ごせた。
アルバイトの時間が迫り、本と勉強道具を片付けて図書館を出る。
ドニーズに入ると女性スタッフが今か今かと直樹の入りを待ち構えていた。
スタッフルームで着替えて出たところに「入江さん、コレ受け取って下さい」と一人の女性スタッフからチョコレートを手渡されそうになった。
「いらない」
その女性スタッフを一瞥して、チョコレートを差し出された手を払うようにその横を通り抜ける。
まさかこんな風に断られると思っていなかった女性スタッフは差し出した手を引っ込めることも出来ずに立ち尽くしていた。
その頃、直樹は新しく来た来店客をさばき、客から随時チョコレートを押し付けられて困惑していた。
客なだけにあまり無碍にも出来ない。
「規則なので受け取れません」とひたすら断りを入れ、無心で客をさばくことに集中する。
いつも以上に無表情で機械的に作業する直樹を、まわりは『あいつは本当に人間か?』と噂しながらその様子を遠巻きに眺めていたのだった。
それでも諦め切れない客は、手近なスタッフを捕まえて「さっきの店員さんに渡してください」とチョコレートを預けていく。
数時間後にはスタッフルームにチョコレートと思しき箱の小山が出来上がっていた。
それを預かったスタッフが口々に直樹に伝えると、直樹はマネージャーに近づき何やら相談しているようだった。
直樹はダンボール箱を持ってスタッフルームに入ったかと思うとすぐに出てきた。
手には何も持っていない。
さっきのダンボールはどうしたのだろうか?
気になって数名のスタッフが直樹に気付かれぬようスタッフルームにもぐりこんだところ、、、
『ご自由にお持ち帰り下さい』
とデカデカと書かれたダンボール箱には、さっきのチョコレートの小山がかろうじてダンボールから転げ落ちないバランスで堆く積み上げられていた。
入江は・・・神か!? それとも悪魔か??
絶妙なバランスのチョコレートの山に誰しもが言葉を失ったのだった。。。
この後、入江直樹は松本裕子と帰るらしいとスタッフの間で噂になっていた。
直樹を追いかけて裕子がアルバイトを始めたのは有名な話だった。
直樹が裕子の妹の家庭教師をしているのも割と知られていた。
今日はその金曜日。
あれだけの美男美女がバレンタインデーに一つ屋根の下、なにも起こらない訳が無いと皆が想像してる中、事態は思わぬ展開を迎える。
直樹のストーカーと一部で噂されている相原琴子が、7時過ぎにドニーズに来店したのだ。
この吹雪の中をである。
たまたま会計をしていた直樹が呆れ顔でその様子を眺めてた。
琴子に気付いた裕子が、すぐに琴子を席に案内する。
裕子はオーダーを取ると「他にご注文は」と嫌味たらしく追加を促したが、琴子は「コーヒーだけでいいです!!」とめげずに火花を散らしていた。
こんな天気の中をバレンタインデーだからと自分に会いに来る琴子。
・・・相変わらず、琴子らしい。
直樹は呆れつつも、変わらない琴子の態度をみて、少しホッとしながら別な客のオーダーを取りにいったのだった。
中々帰ろうとしない琴子を見かねてコーヒーのおかわりを注ぎに行く直樹。
「おい、4杯目だぞ」
さっさとコーヒーを注いだが、立ち去り際に一言いいたくなって後ろをむいたままで琴子に声をかけた。
「おまえ顔色が悪いぞ。さっさと帰れよ」
「そ、そんな・・・」
悲しそうに呟く琴子の声を聞きながら、直樹は別の客をさばきに入り口へ足を運んでいった。
「ご注文が決まりましたら、こちらのボタンでお知らせ下さい」
そう告げて水を用意していたら、琴子がヨロヨロと歩いてくる。
“顔色悪いのに・・・何やってるんだ、こいつ”
気になりながらも通り過ぎたとき、琴子が倒れる音を聞いた直樹。
近くのスタッフが「あっお客様」と琴子に声をかけるのが聞こえた瞬間、そのスタッフに直樹は水の乗ったトレーを押し付け琴子に駆け寄った。
「おいっ」
そう声をかけたが、琴子は苦しそうに呻くだけ。
琴子をさっと抱き上げてスタッフルームに向かってスタスタと歩く直樹。
近くにいたスタッフに「マネージャーはどこ?」と聞いてみた。
スタッフルームのソファーに琴子を横たえると、マネージャーが毛布を手にやってきた。
毛布を琴子にかけて脈をみる直樹。
うんうんと呻いているので、呼吸は大丈夫だろう。
コーヒーによる胃痛が原因だろうと判断して、様子を見に来たスタッフに水をくれと一言声をかけた。
琴子を介抱して水を飲ませ、少し顔色が復活してきた。
どう帰そうか直樹が腕を組んで考えていたところ、マネージャーから思わぬことを提案される。
「入江くんの知り合いだろ」
「ええ、まあ」
さっきから介抱している琴子が他人だったら、きっと直樹は無視してたに違いない事をマネージャーは知っていた。
介抱もしているくらい親しい仲なら、直樹にこのあとを任せようと判断しマネージャーは直樹にある提案をした。
「そうか、じゃあ今日はもう上がっていいから、お嬢さん送ってあげなさい」
お店で倒れたなんてトラブル報告を上に出したくないマネージャーは、直樹にその責任を押し付けたのである。
「い、いい!! いいですっ」
そ、そんな・・・と言って慌てる琴子に、優しい顔をしてマネージャーは言葉をかける(注:営業スマイル)
「いや、この雪で、そんな調子で一人でムリですよ」
さっさと帰ってもらわないと店が困るのだ。
「そうしなさい、入江」
そう直樹に呼びかけ、言外に『送れ』と命令をした。
言葉の意味を理解した直樹が不機嫌な声で「・・・はい」と返事を返していた。
さっきまで鉄仮面が張り付いているかのように無表情だった直樹が、生き生きと喧嘩してる様をみてマネージャーは自分の判断が正しいことを確認した。
~二人が帰った後のドニーズにて~
こうしてドニーズの中の嵐の出来事は去り、直樹に去られた松本裕子は呆然とスタッフルームでたたずんでいた。
しかもマネージャーから直樹の伝言を受けてショックを隠せなかった。
『入江はさっきの女性を送っていくので、松本さんに今日の家庭教師のアルバイトはキャンセルして下さいと伝えてくれと伝言を預かった』
せめて直樹の口から聞きたかったと思う裕子に更なる追い討ちが待っていた。
須藤さんが夜中のアルバイトの為に来店し、スタッフルームに居た裕子にプレゼントを渡そうとしてきたのだ。
「今の世の中、女性だけがチョコレートをあげるなんて古い!!」と裕子にプレゼントを渡そうとしたが、にべもなく断られ、さっさと帰られてしまった須藤だった。
追いかけたいが、今はアルバイトの身。
涙を流しながら来客を迎えようとして、マネージャーに裏仕事を言いつけられる須藤の姿を数人のスタッフが目撃していた。