電波バトル17、原子力発電のエネルギー収支 | mugla日記
2010-03-31 00:47:02

電波バトル17、原子力発電のエネルギー収支

テーマ:電波バトル
石油が使えなくなった時のような極端な場合ではなく、今の日本のエネルギー問題として、石油への依存度を下げる意味でも原子力発電は必要、との主張がありますが、間違いです。原子力発電によって石油の消費は減りません。

フランスでは発電量の約80%を原子力でまかなうほど、積極的に原子力発電を推進してきましたが、国民一人当たり石油消費量はイギリスやドイツよりも多く、これは、石油がガソリン、軽油、灯油、重油、工業製品の原材料等、幅広く利用され、それらは原油から一定の割合で連産品として生産されるため、ガソリンや軽油の消費を減らさずに発電用の重油のみを節約しても無意味であることを示しています。

では、石油の節約ということに限らず、エネルギー問題として考えた場合、果たして原子力発電は有効なのかどうかを判断するために、原子力発電によって産み出されるエネルギーと原子力発電をするために消費されるエネルギーのバランス、すなわち原子力発電のエネルギー収支を考えてみます。

原子力発電の燃料となるウランは、カナダやカザフスタンやオーストラリアやナミビア等のウラン鉱山で採掘され、ウラン精錬工場で精錬され、さらに転換工場で加工され、日本に輸入され、そしてまた、濃縮工場、再転換工場での加工を経て燃料ペレットに形成され、被覆管に封入され、束ねられて燃料集合体となり、原子力発電所へ運ばれ、発電のための燃料となります。これらのプロセスでは、輸送や各工場での加工工程で、大量のエネルギーが消費されます。

さらに、原子力発電所の建設、原子炉や蒸気発生器やタービン、各種のパイプ、ポンプ、バルブ類、計器類やコントロール設備等の製造や運搬、据え付け、濃縮工場や再転換工場の建設、それらの工場で使用する薬品や機械装置の製造や運搬、それらのための原材料や建設資材等の製造や運搬、またさらに、使用済み燃料、放射性廃棄物の搬出、運搬、処理、保管、寿命が尽きた原子力発電所の解体、処分等々、あらゆる場面で大量のエネルギーを消費することによって原子力発電は成り立っています。

これらの原子力発電をするために消費されるエネルギーが原子力発電によって産み出されるエネルギーよりも多ければ、原子力発電は単なる資源の無駄遣いで、原子力発電をやめることによって石油等の資源を節約できることになります。

この点について、原子力発電を推進する立場の人は、原子力発電が産み出すエネルギーは原子力発電が消費するエネルギーよりも大きく、有効なエネルギーである、と主張し、原子力発電に反対の立場の人は、原子力発電は産み出すエネルギーよりも消費するエネルギーの方が大きく、資源の無駄遣いである、と主張します。

原子力発電が産み出すエネルギーについては、推進派と反対派の間で意見が食い違う余地はなく、推進派と反対派で意見が食い違うのは、原子力発電をするために消費されるエネルギーです。

この意見の食い違いが生じる理由の一つには、二重の設備投資の問題があります。これは、2007年の新潟中越沖地震時の柏崎刈羽原子力発電所や、1991年の美浜2号原発の蒸気発生器細管破断事故後のように、原子力発電所は地震や事故などのトラブルが発生した場合に、同地域もしくは同型の、複数の原子力発電所が一斉に長期間にわたって停止することがあるので、そのような場合に備えて火力発電所や水力発電所を用意しておかなければならない、という問題です。

原子力発電に反対の立場の人の本には、原子力発電所を全部止めても電力不足にはならない、という話がよく出てきますが、それは、はじめから原子力発電所が止まっても大丈夫なように火力発電所や水力発電所が用意されている、という話なのです。

火力発電や水力発電では、このような無駄な二重投資は必要無く、設備投資の面において、原子力発電は極めて大きな無駄が生じる発電方法だと言えます。

ヨーロッパ諸国のように近隣諸国と電力の輸出入ができる場合は、このような無駄な二重投資はわずかで済むかもしれませんが、日本で原子力発電をしようとすると、大変大きな、無駄な二重投資が必要になってしまうのです。原子力発電のエネルギー収支を考える場合は、この二重投資のために浪費されるエネルギーも考慮しなければなりません。また、日本の場合は地震への備えも必要で、これも原子力発電のエネルギー収支を悪化させる要因です。

さらに、エネルギー収支の話とは少し違いますが、電力の需要は昼夜や季節によって大きく変動しますが、需要変動への対応をするには原子力発電では限界があり、おそらく日本では原子力発電は増やせたとしても電力の半分くらいまでだと思います。フランスが電力の約80%も原子力を導入することができているのは、近隣諸国との電力の輸出入による調整が可能だからだと思います。

もうひとつ、原子力発電のエネルギー収支が推進派と反対派で大きく食い違う点は、使用済み核燃料、その他の放射性廃棄物の処理、寿命が尽きた原子力発電所の解体や廃炉に関して発生するエネルギーの消費をどう考えるか、です。

原子力発電をすれば、必ず使用済み核燃料、その他の放射性廃棄物が発生します。もし、放射能汚染を気にせず放射性廃棄物を捨ててよいのであれば、放射性廃棄物処理のために消費されるエネルギーが不要となるので、原子力発電のエネルギー収支は改善します。しかし、現実には、それはできません。

日本で普通に見られる100万キロワット級の原子力発電所を一年間運転すると、約30億~40億キュリー、広島原爆による放射能の約千倍、人間一人の許容量の約二千兆倍に相当する放射性物質ができると言われています。

このうちのいくらかは、どうしても気体として大気中に放出されたり、排水中に溶け込み海に流出したりしているようですが、言うまでもなく、出来る限り、本当ならば完全に、害にならないように厳密に処理、管理しなければなりません。

少量の放射性物質であれば、厳密に管理して放射線照射等によって無毒化することも理論的には可能で、そのための研究も行われていますが、現実には膨大な量の放射性廃棄物が発生しているので、厳密な管理も無毒化も不可能で、日本全国の原子力発電所から発生した使用済み核燃料は青森県の六ヶ所村に集められ、再処理工場で処理され、その際にクリプトン85、トリチウム、ヨウ素129、セシウム137、プルトニウム240等の放射性物質が大気中や海洋中へ放出され、処理された使用済み核燃料の一部はふたたび原子力発電用の燃料となり、残りは放射性廃棄物として、高レベルと低レベルに分けて、最終的には地中に埋める方針で保管される、とのことです(今はまだ六ヶ所村の再処理工場が本操業前なので、使用済み核燃料は各地の原子力発電所付近で保管されたり、フランスやイギリスの再処理工場へ送られたりしています)。

しかし、高レベル放射性廃棄物は、30年~50年の冷却の後、数千年~数万年の保管が必要で、その間ずっと、地中深くで老朽化した容器から漏れだす高レベル放射性廃棄物への対応を続けなければならず、普通に考えれば、そもそも数千年~数万年の保管など不可能で、原子力発電をしている世界中のすべての国で、高レベル放射性廃棄物の埋設地が確保できずに深刻な問題となっています。

このような状況にある放射性廃棄物の処理、保管に関して、必要とされるエネルギー消費量を計算して、原子力発電のエネルギー収支を算定することなど不可能かつ無意味かと思いますが、もし、あえて計算したら、非常に大きなマイナスにしかならないと思います。

このように考えてくると、原子力発電のエネルギー収支というものは、あまり計算する意味は無く、原子力発電をすることによって発生する放射性物質が大気中や海洋へと放出され、あるいは埋設された地中から地下水や河川、地表へと拡散することを許容するかどうか、という問題になると思います。

それは、原子力発電所の誘致に積極的だった福井県敦賀市の高木市長の1983年の有名な発言、「原発は金になる」、「五十年、百年後に生まれる子供がみんな障害者でも心配する時代でない」という言葉に象徴される「原子力発電」というモノをどのように受け止めるか、という問題になるかと思います。

muglaさんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

コメント

[コメントする]

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス