昨日はドイツ2日目。

ただ朝から動けるという意味では実質1日目。

今日はとても楽しみにしていたイベントがあり、そこに参加してきました。

それがフラウエン教会で行われる復活祭の日のミサ。

https://www.frauenkirche-dresden.de/

 

私はクリスチャンではないのですが、今回の旅は「ドイツの歴史と文化に触れる旅」なので、地元の敬虔な信者のみなさまに混じって参列してきました。

 

4月3日金曜日はイエス・キリストの埋葬を記憶する日。

4月5日日曜日はイエス・キリストの復活を祈念するキリスト教の祝日。

4月6日月曜日はイースターマンデーで、復活祭の翌日の国民の祝日です。

今日月曜日は、家族との時間に使われる祝日です。

 

日曜日の11時からフラウエン教会でミサがあると教えていただき、念のため朝の9時半過ぎくらいに教会周辺に出かけてみました。

 

ドレスデンのフラウエン教会周辺の賑やかな街並み

 

しかし教会の扉はどこも閉まっていて中に入れません。

おかしいなあと周辺をうろついてから10時ごろに戻ってみると、扉の前に30人くらいの行列ができていました。

そこがもしかしたら行列かもしれないと並んでみると、前にいた地元のおじいさんが

「11時から始まるんだけど、今日はイースターだからすごくたくさんの参列者が来るので、これからずらーっと行列ができるよ。もし出るなら今から並んでいたほうがいい」

と教えてくれて、その列に並んでみました。

 

するとそれから5分もしないうちに、どんどん人が増えて、こんな感じに。

 

ドレスデン、フラウエン教会前の行列

 

列はもう200メートル先までつながっていました。

やはりここ、フラウエン教会でのミサに参列するというのは、地元市民にとっても貴重な機会なのでしょう。

さらに月に一度の礼拝には誰でも参加できますが、このイースターの日は特別な機会なので広くドレスデン中から集まっているようでした。

 

その後、前にいたおじいさんからフラウエン教会の歴史や、教会前にいる絵を描くアーティスト、毎日、教会の前に来ている白いペイントをして鐘にあわせていろいろな動きをするアーティスト(?)たちにまつわる話を聞きながら、ドレスデンの歴史について学びました。

 

フラウエン教会内部のパイプオルガンと礼拝の様子

 

中はこんな感じ。

5階くらいまで席があるのですが、上まで人ですべて埋まり、ミサが始まりました。

 

小さな楽団が中にいて、そのバイオリンの音色から式典が始まり、やがて説教、讃美歌、パイプオルガン、聖歌隊の歌など。

私も一緒に讃美歌を。

フラウエン教会のアンゲリカ・ベンケ牧師とヨハネス・ウルフ=ウーステン氏の弾くパイプオルガンが心地よく、寝ることもなく、最後まで、楽しむ(?)ことができました。

 

時間にしておよそ1時間20分。

行列で待って入るまでに1時間半以上ありましたから、実質3時間程度。

それでも市民のみなさんは、イライラすることもなく、秩序正しく列に並び、お互いに譲り合って教会の中で過ごされているのが印象的でした。

 

よく、日本人は礼儀正しい、律儀、順番を守る、すれ違う時に相手を優先する、雨の日に傘をさしていたら「江戸しぐさ」で傘を半分傾けて歩く・・・みたいなことがいろいろ言われてきましたが、今もできているかと言うと、わりとできていないことが多いなあと感じます。

しかしこちらで思うのは、ドイツ人こそ、とても礼儀正しく、コミュニケーション能力も持ち合わせていて、相手に対する礼を尽くす国民のように思います。

 

この礼拝が終わった後も、ちょっと目が合うと「日本人でしょう。顔つきですぐわかる」と知らないおじさんに英語で声をかけられました。

基本、ドイツの方はドイツ語メインですが、ふだんの会話は英語も通じますので、この人はドイツ語が通じないなあと思うと、話せる人は英語で話しかけてくれます。

こうしたところの気遣いなどもドイツ人はこまやかだなあと思うところです。

 

神へ感謝するということが日常になっているキリスト教の西欧諸国。

「西欧社会を理解しようと思うなら、聖書の世界を理解しなければ、決して理解することはできないよ」

マーケティング論の教授でありながら、ペンネームで聖書の世界を解き明かしていた恩師、故 肥田日出生先生のことを思い出していました。

 

今の米国のトランプ政権も、ある意味、聖書の世界を知らないと分からないことだらけ。

米国が聖書、そしてキリスト教という宗教とどう向き合って、あるいは使って国を作ってきたか。

ヨーロッパと米国、そしてイスラムの中東地域とも、また、まったく異なります。

 

ミサに参加している間、今の戦争状態が早く収まることだけをひたすら私なりに祈っていました。

米国以外、誰のためにもならないこの戦争が終わり、世界中の人が普通に暮らせる世界を取り戻してほしいと痛切に感じています。

いつも通りの普通の生活がどれだけ貴重なことなのか。あらためて感じた復活祭でした。

 

今日も「普通」に感謝していけるいける!!