「組織はトップで99%決まる」。

 

舩井幸雄が何度も何度も伝えてきたメッセージです。

どんな組織であっても、その組織が目的や目標を達成するか否かは、すべてその組織のトップで決まるのだという話は、私たちも何度も経験してきていることです。

 

五輪の開会式を本日に控える中、五輪は今までにないほどのさまざまなアクシデントと混乱に見舞われています。

なぜこのような問題ばかりが浮き上がっているのか。

もちろん、五輪反対が世の中の大勢の中、開かれることになったことで、反対派がさまざまな意見を言っている という部分はあるでしょう。

しかしそれ以上に、問題を抱えすぎているというのも事実です。

 

ESG投資の目線で今のTOKYO2020 を見たら、誰も投資をしないかもしれません。

環境への取り組みはしているものの、社会とガバナンスの面が圧倒的にできていないからです。

特にガバナンスの問題は大きい。

もともと国立競技場の設計デザインが決まったところからひっくり返りました。

エンブレムが盗作問題でひっくり返りました。

JOC会長が辞めることになりました。

そして今年になって組織委員会のトップが辞めることになりました。

 

その後、でてきた辞任や解任問題。

これらはすべてチェック体制の問題ではありますが、チェック体制が整っていなかったということはすべて、トップのマネジメントの問題です。

 

このような時には五輪のそもそもの原点に立ち返る必要があります。

 

「スポーツを通じて国籍や文化の違いを越え、平和な世界を実現する」

 

これが近代五輪の父と言われる、クーベルタン男爵の理念です。

 

(写真 クーベルタン男爵 TOKYO2020教育プログラムより)

(以下、TOKYO2020教育プログラムより一部抜粋)

1863年、パリで生まれたクーベルタンは、古代ギリシャ・ローマ文明に興味を抱く少年でした。その後、クーベルタンは、イギリスの中等教育に興味をもち、20歳のときにイギリスのパブリックスクールを訪問しました。このとき、スポーツが青少年の教育に重要な役割を果たしていることを知り、深い感銘を覚えました。
人の成長には肉体と精神の調和が重要だと考えた彼は、やがて、オリンピックを復活させてスポーツによる教育を確立しようと志すようになりました。

(以上ここまで抜粋)

 

スポーツが青少年の教育に重要な役割を果たす。

そして肉体と精神の調和をはかる。

これがオリンピックを復活させたクーベルタン男爵の思いなのです。

今回の五輪で、この思いを忠実に再現できていると言えるでしょうか。

次から次へとでてくる問題ばかり見ていたら、子どもたちの夢と希望も打ち砕くことにつながってしまいます。

競技に命をかけて臨む選手たちと、オリンピックの組織マネジメントの問題はここからは別で論じる必要があると私は思います。

 

 

そこでまずは五輪の組織上の問題についてです。

今回の五輪は本来は「コンパクトな五輪大会」を目指していたはずです。

当初は復興五輪を掲げていたこともあり、できるだけスマートに、華美な大会にはせず、事業費も見直しを徹底して行い、できるだけ最小限の人とコストで企画運営していくはずでした。

結果的にそれはどうなったか。

 

1兆6440億円です。

 

当初予算より2000億円以上増額しています。

コロナ対策などで900億円近くが上乗せされたり、延期に伴う支出増で経費がかさんでいるのはわかりますが、過去の五輪夏季大会史上、もっともお金のかかる大会になっているというのはどうなのか。

 

企業で予算から「2000億変わりました」と言えるのか ということです。

有り得ない予算オーバーです。

このような財政的なコントロールができていない時点でガバナンスはまったくきいていないことがわかります。

これはまちがいなくトップの責任です。

コロナで延期、コロナ対策費用はトップの問題というよりやむを得ないことだと思いますが、そもそもの1兆円を超えるような予算になってしまったことはトップの責任です。

つまり、コンパクトを掲げて、質素な五輪を貫くことができていればコロナ関連費用が上乗せされたとしてもトータル費用はもっと抑えられたはずと思うのです。

 

このように予算がオーバーしてしまった理由は何なのか。

それは、そもそもの定義にとらわれて、コントロールできないほどの領域にまで五輪の対象を広げ過ぎたこともあるのではと思います。

 

環境に配慮をする。

多様性を尊重する。

政治的な関与の割合。

経済活動にもつなげていく。

選手たちがベストパフォーマンを発揮できる環境をつくっていく。

五輪を行うための箱ものづくり。

そこにコロナ対策を前提として行う過去例がない開催方法の検討。

 

考えなければならないこと。対処しなければならないこと。

そのための企画、準備、リスクヘッジ。

代替策の検討。

実行オペレーションの工程表。

役割分担。

それぞれの進捗確認。修正フォロー業務。

 

考えただけでぞっとします。

これだけの大きなものをコントロールできるトップっているのだろうか。

誰ならできるのだろうか。

そもそもトップでまわせる人はいないのではないか。

そんな感じもしてしまいます。

 

そもそもコントロールできないほどの肥大化してしまっていたからこそ、それをコンパクトにしてコントロールできるようにしようとしていたのではないか。

そんな風にも思います。

 

一方ですでにオリンピックの試合は始まっています。

サッカーもソフトボールも真剣勝負。

選手たちは命懸けで戦っています。

そこから得られるものはやはり大きい。

私は今回のTOKYO2020の選手たちは全力で応援します。

選手たちからもらえるエネルギーや感動はどのような大会でも必ずありますし、選手には今の状況の中でどこまでのパフォーマンスを発揮できるかというところにも大変な興味があるからです。

この選手たちの姿に勇気をもらえる子どもたちも世界中にたくさんいることでしょう。

スポーツの価値はやはり大きいことに変わりはないのです。

 

 

組織論から見た五輪からは反面教師として学びます。

問題点は挙げればさらにでてくるでしょうが、このようなことを繰り返さないためにはどうしたらいいか。組織論としての課題を整理しながら見ていきたいと思います。

スポーツとしての五輪からは、トップアスリートのスキルと覚悟を学びます。

 

いずれにしても開催を途中でやめることはもうないでしょうから、あらためて五輪のトップは誰なのかを確認し、最後まできちんと進められることを祈ります。

 

今日もトップの責任を考えていけるいける!!