◇編集会議 2023  12/8 四谷の事務所にて

 

宗教は人類にとって必要か否か?

 

那=那智タケシ(無我研代表・作家)

高=高橋ヒロヤス(弁護士・翻訳家)

土=土橋数子(ライター)

 

●国がなくても3000年間滅びなかったユダヤの原理

 

 那 最近、アート系ユーチューバーの動画を見ていて、何でユダヤ人があそこまでイスラエルにこだわるのか、っていう動画を1年くらい前にアップしていたのがあったんですけど、それが面白かったんです。

 土 アート系ユーチューバー?

 那 美術家で向こうで勉強してきたことのある人らしいんですけど、意外と博学で、キリスト教美術関連の話から、そっち系のことも語ったりしている。

 土 そうなんですね。

 那 僕もそんなに詳しくなかったし、たいして調べてもなかったんだけど、その動画で、はっとするところがあったんです。結局さ、あそこ(イスラエル)にかつてユダヤ王国があったと言うじゃないですか?

 土 ええ。

 那 でも、それって、本当にあったのはまず3000年前だと。それが滅びて・・・普通、まぁ、国が滅びたらその宗教も滅びたりしちゃうわけだけど、ユダヤ人というのはある種、特殊な人たちだから、またダビデ王やソロモン王が支配していたよう地上の王国が、楽園が訪れるんだ、と。ユダヤ教を信じていればね。

 土 うん。

 那 それで1000年くらい経ったら一瞬できた、と。でも、それはアレキサンダー大王が築いたギリシャ王国が衰えてきて、少しあの地域の支配が緩くなった時期があった、と。それで、間隙を縫うようにしてユダヤ王国を作った。ただ、強大なギリシャ王国に勝てたのは、当時、台頭してきたローマ帝国の後ろ盾があったからなんです。でも、あっという間に内紛が起きて一代で潰れちゃった。その王朝を倒したのが同じユダヤ人である聖書にも出て来るヘロデ王です。その後、すぐにローマ帝国の支配化になって、滅ぼされはしなかったけれど、王国とは名ばかりで自治区のようなものになってしまった。つまり、ヘロデ王というのは実際は独立国の王様ではなくて、あくまでローマ帝国内のユダヤ人が住む自治区の支配者に過ぎないんですね。

 土 うん。

 那 しかも、3000年前のユダヤ王国というのは、今のイスラエルと同じくらいの小さな地域を約300年間だけ支配していたに過ぎなかった。あの地域はもっと広大な範囲をシリアの巨大帝国が何千年も支配していたり、エジプトが支配していたり、決してユダヤ固有の土地というわけではなくて、大国が千年単位で支配したり滅ぼされたりしていた激戦区なんですね。ユダヤ王国はその中でも小さな地域をたった300年だけ国を作っていたに過ぎない。にもかかわらず、「本来はそこは自分たちの土地なんだ」と言い張っているのがユダヤ人ということなんです。つまり、そこにあるのは信仰であって、理屈ではないんです。

 高 うん。

 那 それでも、ユダヤ人という民族は3000年間滅びなかった。国がなくても、信仰を持ち続けることでユダヤ人であり続けて、旧約聖書に書いてある通りにあの土地に地上の楽園たる自分たちの国を作ることを信じて、実際に作ったんだから粘り勝ちだった、という話をしていて・・・ちょっと、もうメンタルが違うんだな、と感じたんですね。

 高 うん。

 那 正当な理屈とかではないんですね。神に選ばれた民族である自分たちが住む地上の楽園の実現を完全に信じて、それで滅びなかった人たちなんだから、普通のメンタリティじゃないということですね。

 土 じゃあ、ネタニヤフがその最右翼ということなんですか?

 那 だからイスラエルが右傾化したというのは、最初はニュートラルな首相(イツハク・ラビン)がいたでしょ? ノーベル平和賞もらった人。暗殺されちゃったけどね。パレスチナと共存して仲良くやっていこう、とか。でも、そういう現代的な価値観を持ったトップというのは、本質的にユダヤ人の根底にある遺伝子的なものが受け付けないのかもしれないね。

 土 うん。

 

●平等な民主主義と相容れない選民思想

 

 那 その3000年間の宿願とかルサンチマンとか・・・やっぱり自分たちだけの国を作るんだっていう気持ちが民族の血の中に根強く残っているんだと思う。それじゃ、なんで2000年前、そこにイエス・キリストが出てきたかと言ったら、その楽園の実現が絶望的になっていた時代だからなんです。古代ユダヤ王国から1000年間待ってようやく国が出来たと思ったら一代で潰れてしまって、ローマ帝国の自治区のようなものになってしまった。しかも、当時、最先端の文化・文明を持っていたローマ帝国というのは今の時代の民主主義に近いような非常に現代的な価値観を持った人々で、多様性を受け入れて、あまり差別もしない。非常に寛容な人たちだったわけです。

 土 うん。

 那 多様な文化や宗教も受け入れて、自治区にしたりして、まぁ、ユダヤ教も信じていていいよ、くらいのノリの今風の物質主義的な価値観の人たちだった、と。それでユダヤ人はどう思ったかと言うと、「ここで俺たちも共存して、一緒に楽しく生きていこう」とはならなかった。なぜなら、彼らは選民思想の持主だからです。

 高 うん。

 那 古代ローマ帝国が凄すぎて、逆に「俺たちは神に選ばれた最高の民族で、ダビデ王の頃のような地上の楽園を作るために生きているのに、これってもう、俺たちの夢はなくなっちゃったんじゃないの?」という終末思想になってしまった。自治区の中で異邦人と共存して生ぬるく生きていく、というのができなかったんです。

 土 うん。

 那 彼らはそこでは特別ではないじゃないですか? 民主主義的だから。ローマ帝国は何で栄えたかって言ったら、文化や宗教の多様性を認めたからなんですね。あんたらの宗教もあっていいよ、そういう風習もあっていいよ、お金送ってくれるなら仲良くやっていこうよ、という緩さがあそこまででかく、豊かになった原因なんだろうけど、その緩さがユダヤ人には耐えられなかった。

 土 うん。

 那 で、どうなったかと言うと、「これ、もう俺たちだけの地上の楽園とか無理じゃね?」ってなった時に、キリストというのは何を言ったかと言うと、論理をすり替えた、と。ユダヤ人というのはあくまで地上の楽園、つまり選ばれた自分たちだけの最高の国ができることを信じて生きている民族なんですね。でも、キリストは「いや、この世は無理だから、聖書に書いてある楽園はあの世だから」と言ったんですね。

 土 はい。

 那 この世では楽園の実現は無理だと感じていたから、あの世の話にした。「信じていれば、あの世で生まれ変わったら天国という楽園に行けるよ」と論理をすり替えた。逆に言うと、そこまで追い詰められていた。ローマ帝国の中の自治区になって、何となくローマ人と交流して生きていたら、たぶんユダヤ人というのは分散して、同化して、消えていってしまったと思うんですね。

 高 うん。

 那 その民主主義的で、享楽主義的な文化の中に。「別に神とかそんな堅苦しいこと言わなくていいじゃん? もっと酒飲んで、女遊びでもして楽しくやろうぜ」みたいな。

 高 (笑)

 那 で、ちょっとギリシア哲学とか語っちゃったりして、深いことは論議したりしていけばいいじゃん、とか。ヘレニズム文化だからさ。

 土 うん。

 那 「哲学とか語っちゃえばいいじゃん。別にそんなに信じて俺たちだけ特別とか、特別な国とかこだわらなくていいじゃん。俺たちは仲間なんだから、普通に一緒に生きて行こうぜ」っていう雰囲気が古代ローマにはあったと思うんですね。特にヘブライズムが欧州に浸透するキリスト教以前はヘレニズム文化と享楽主義の混淆みたいな風土でしたから、そっちに流された人もいたと思うんですけど。

 土 うん。

 那 今、残っているユダヤ人や、特にイスラエルに住んでいるシオニズムの流れで来た人たちっていうのは、あの世の楽園を信じるキリスト教にもなびかずにユダヤ教を頑なに信じて、「あそこに俺たちの国を作るんだ」という信仰のある人たちがあそこに行って住んでいるわけだから、メンタリティがまったく違う。

 高 うん。

 那 もちろん、アメリカや欧州に住んでいるユダヤ人の中には、その地域の価値観や文化に溶け込んで、ユダヤ教の原理主義的な部分から離れている若者なんかも多いんだろうけど、あそこに住んでいる人たちというのは、根底に特別な選民思想があると思うんです。多かれ少なかれ、ね。

 土 うん。

 那 あそこに確固とした自分たちの国を作るという強固な信念があって集まっているわけだから、元から住んでいたパレスチナの人々追い出してでも自分たち国の基盤を強固なものにしたい。3000年の夢の結晶を手放すわけないし、妥協するわけない、というのが彼らの歴史から見えてくるんです。国がなかった自分たちが3000年間、どれだけ差別され、苦労し、耐え忍んできたか、という気持ちもあるでしょうからね。

 

●相容れることがないユダヤの理論とイスラムの理論

 

 那 大国の側で生きて来た小さな国の人々なんかは、「自分たちはすごいんだ」というプライドやメンタリティがなかったらやってられないし、滅ぼされてしまう、というところがあるんですね。ユダヤ人なんか何千年も国がなかったわけだから、「超特別な俺たち」というメンタルがないと生き残れない。その彼らが3000年越しの悲願を達成した。そうしたらもう、民主主義的な発想とか、差別とか、現代のポリコレとか、まったく関係ないって話なんです。それがユダヤの原理というのは踏まえておかなくてはならなくて、その根っこにある歴史の部分を解説してくれていて、確かにな、と思ったんです。

 土 うん。

 那 その一方でパレスチナのイスラム側の原理というのもあって。

 土 そうですね。

 那 コーランには、軍隊として自国に駐留している異邦人は殺していい、と書いてあって、原理主義を信じている同士だと必然的に殺し合いになって、戦争になってしまう。悲しいことに、聖典をまともに信じれば信じるほど異邦人と殺し合うことになってしまう、という宗教なんです。でも、今回の話はイスラエルがあまりにやり過ぎているように感じますよね。

 土 イスラエルはあの首相がちょっとおかしいのでは?

 那 あの首相の前からおかしいでしょ? 右傾化していった。

 高 ネタニヤフが、国内の反対運動とかでね、政権自体が危険な状態だったからそれを上手くすり替えたというか。

 土 ああ……

 高 不満をすり替えた。

 土 引きずり降ろされそうになって。

 高 そうそう、引きずり降ろされそうになって。事前に知っていた(テロを)という話もありますけどね。

 土 ええ。

 高 警告されていたのに無視した、とかね。

 那 確かに、そういう政治的な扇動の側面でこうなってしまったというのもあるとは思いますけど、やっぱり、それで乗っかってしまう、ということは、さっき言った選民思想や排外主義的なものが民族の遺伝子に組み込まれていた、ということが大きいんじゃないですか?

 土 遺伝子に組み込まれているのか、血ってあるじゃないですか? いわゆる。

 那 集合無意識的なもの?

 土 やっぱり語り継ぐ物語がないと・・・科学の目で見たらですよ、語り継ぐ物語がユダヤ教の教会の中で最右翼のような人たちがいて、それがずっとないと・・・たとえば日本に養子に出されたとして、遺伝子的にはそうでも物語がないと・・・どうなんでしょうね?

 高 だから、アイデンティティの拠り所がね、旧約聖書っていうものすごいものがあるから、そこにやっぱり・・・

 那 あれがよくできているんですよね、面白いしさ。

 高 アイヌの人だってユーカラとかね、それぞれの民族にそういのがあるわけで、日本にも古事記とか。ユダヤ人にとってはすごいアイデンティティになっている。ただイスラム教徒にもコーランがあるからね。

 土 そうですね。

 那 ただ、ユダヤ人っていうのはちょっと特殊で、普通は国が滅びたら、その宗教もなくなったり、ほとんど力を失うんですよね。ゾロアスター教だってそうだったし、基本、負けた方の神は悪魔になって、勝った方の神話の中に同化されていく。キリスト教はそうやって世界中に広まっていったわけです。でも、ユダヤ教は消えなかった。

 高 同化されないよね。

 那 旧約聖書として尊重されて残った。そこに何かのリアリティがあるんでしょうね。

 高 キリスト教も結局旧約聖書の中から出てきちゃってるし、イスラムだってその伝統だから。

 那 ユダヤ人からしたら、「旧約」という言い方も許せないでしょうけどね。何古くしてるんだって。結局、契約が果たせなかったからキリストが「あの世で楽園行けるから大丈夫だよ」と言って、新約になった。でも、あれも元々はユダヤ人を救うための宗教ですものね。

 高 そうそう。裏切ったユダという弟子はさ、まさにキリストが救世主だと思っていて、だから彼は「地上天国を作ってくれる」と信じていた、と。

 土 うん。

 高 でも、キリストが「地上の王ではない」と言ったから、彼は裏切られた、と思って。

 那 だから当時の状況からしたら、あまりにも凄すぎた文明を持ったローマ帝国というものがある中で、小さな自治区をもらって、しかも、けっこう弾圧もされないで、それなりに税金払えば信仰も自由に許されていて、「みんなで生きていこうぜ、兄弟」みたいなノリのローマ人もいて、「あれ、俺らやばい?」と。「逆にやばくない?」みたいな状況だったと思う。弾圧されたら一致団結していくこともできるけど、そっちに流されていく人もいる中で、やっぱりキリストというのは本当の意味でユダヤ人を救おうとしていたんでしょうね? 「信じればあの世で天国に行けるんだから、神の信仰を失ってはだめだ」みたいな。だから、根っこは民族宗教ですよね。

 土 でも、ユダヤ教の独特な格好をした人たちが、すごいネタニヤフの反対デモをやってましたけどね。

 高 うん。

 那 たぶん、あのやり方があまりに過激すぎて気にくわなかったからだと思うんですけど、あそこにいるってことは、根っこは違うんですよ。我々とはまるで違うと思う。

 土 でも、とにかく攻撃をやめるよう、戦争反対のデモをやっていたんですよね。

 高 まだ人質がいるからね。

 土 まぁ、そうですね。ちょっと前なんで今はどうかわからないですけど、さすがにこうなってしまったら国際社会で誰も味方しないし。

 那 味方しないし、これからずっと逆に言うと、ユダヤ人というだけでテロリズムの危機にさらされているような……それでもOKというのが3000年の歴史なんだ、と言われたら、そういう人たちなんだって……

 

●日本人とユダヤ人は似ている?

 

 那 ユダヤ人というのはものすごいプライドが高い人たちだ、とよく聞きますけど、ユダヤ教にとって神は「言葉」だから、その言葉を受けた我々が一番偉い、という気持ちがあると思うんですね。それが今の問題とかにももろにつながっている。ただイスラムはイスラムでね、今まではむしろイスラム教の原理主義の危険性が欧米からずっと言われていて、アメリカ側もイラクに大量破壊兵器があるとか言って攻め入って「なかった」とかメチャクチャなんだけど(笑)

 土 病院の地下にあるとか。

 那 でも、やっぱり原理主義というのは根っこは同じ気がするんです。今の民主主義的な発想とか人道主義的な発想とは全然相容れないものがあるというのはわかっておいた方がいいかなって。

 土 お金に対しても、インドで両替商に行った時に――田舎では途中、途中で両替商があるんですよ――日本人は両替の枚数か何かに対して信用されているんですけど、「ユダヤ人は信用ならない」とか言って。その信用ならないというのは、ずるをするとかそういうことではなくて、お金に対する感覚が一般的なものではない、と言うか。どういう風に信用ならないか忘れちゃったんですけど。

 那 まぁ、こういうこと言うと「反ユダヤか」とか言われちゃう時代だからね。

 土 そういうわけでなくて、特別に個性が強いというのが世界各国で、いろんな場面で言われている。

 那 根っこに選民思想がありますからね。それが今回のことで如実になったというか。

 土 すごい選民思想を持っている民族は他にもいますけどね。アジアにも。

 高 まぁ、日本人だっているけどね(笑)

 土 日本人のそういう最右翼って、日本会議なんでしょ?

 高 まぁ、そうでしょうね。保守党みたいな。まぁ、今の右翼はアメリカに骨抜きにされた右翼だからだめだけど、戦前の右翼なんて相当やばいでしょ? 何だってイデオロギーに凝り固まっている人たちはやばいんですよね。根が深い。それが歴史的なものを背負っていれば背負っているほど根が深い。

 那 そのアイデンティティがなければユダヤ人が消えていたという自覚があったら・・・まぁ、ユダヤ人というのはユダヤ教を信じている人だからイコールね。どこかに住んでいる人ではない。だからそのアイデンティティを捨てろ、とは言えないわけですよね。そのアイデンティティを人道主義とか今の民主主義と融合させろ、という折衷案?が唯一、解決作なんだろうけど、それこそ、古代ローマの人たちに囲まれていた時代と同じで、まぁ、別に信じていてもいいけど、一緒に飲みに行こうぜ、俺たち、同じ人間で、同じ価値を持つ仲間じゃないか、境界線なんていらないじゃんってやったら、俺らが俺らでなくなっちゃう、という恐怖感を持っている限り、本質的にわかり合うことが難しい。

 土 そうですよね。

 那 もちろん、イスラエルという国ができたことで、そのアイデンティティも変容していくのかもしれないし、今回のことで、これからの若いユダヤ人がどういう考え方をしていくのかわかりませんけど、根っこにある3000年の歴史は思ったより根深い、ということですね。だから、今回のようなことになって、改めてみんな驚いている。特に島国で海に守られて生きてきた我々日本人とは根が違い過ぎて、理解しがたいし、許容しがたい話ではあるのだけれど。

 高 でも、日本とユダヤって何か似たようなところもある気がするけど(笑)

 那 似ているところはあるのかもしれないけど、民族的な危機感という意味では、元寇くらいでしょ? だって。アメリカに負けたのはともかく。

 高 まぁ、外との関係という意味では全然違うからね。

 那 やっぱり一神教って、そういうやるかやられるかの歴史があって、自分たちが特別じゃないと戦えない、というのがあるから。

 土 うん。

 高 イスラエルでも兵隊に取られている人たちがトラウマを抱えたりとか、本当は嫌なんだけど、という運動もやっていたけど、本当にああいうものを推し進めている人間はどれくらいいるかっていうね。まぁ、政権にいる連中はそうなんだろうけどね。

 土 ユダヤは通信とか諜報機関がすごいんですねって。

 那 モサドは世界最高峰の諜報機関があるって聞くね。今回のテロのことも知らないはずがない、と言われているくらいの。

 土 そうなんです。ママ友の那さんがロシア系イスラエル人で、イスラエル大使館で働いていたんですけど、子供が小さい時よく一緒に遊んでいたんですね。クリスマスも、クリスマスツリーは普通はユダヤ教だからやらないんだけど飾ってあって、しばらく子供が英語とか教えてもらっていたんです。その人が、諜報機関にいた人は、どんなIT起業にも就職できるって言ってましたね……

 

●宗教がなくなれば平和になるかどうか?

 

 土 でも、恐いですね。

 高 宗教なんてろくなもんじゃないよ。

 那 この間、「永遠の都ローマ展」に行ったんですよ、上野のね。もう終わっちゃったけど。紀元前の古代ギリシア時代のものから、一世紀くらいの彫刻もあったんですけど、最初はヘレニズム、ギリシア文化の明朗な表現なんです。何て言うのかな・・・変に悲壮感もないし、人間って美しいよね、肉体ってすごいよね、という。その純度って特別で、キリスト以前のものって非常に貴重なんですよね。

 高 うん。

 那 だから、未だにサモトラケのニケとかが国宝にされている。ロダンとかも、ギリシア時代の彫刻というのがどれだけすごいか力説しているんです。今の人は絶対作れないものを作っていた。でも、それってキリスト教以前なんですよね。

 土 うん。

 那 ヘブライズムが入る前の表現だから、非常に何か人間賛歌というか、明晰な力があるんですよ。ただある時から、コンスタンティヌス帝の時代からキリスト教が国教になって、紀元300年くらい?(325年)、そこからヘブライズムが入ってきて、キリスト教文化が入ってきて、ちょっと質が変わってくるんですよね。

 土 うん。

 那 良きにつけ悪しきにつけ融合して、ルネサンスくらいで花開くんだけど、そこからまた人間中心主義的な方向へと行くわけです。でも、そのヘレニズムとヘブライズムの組み合わせって、学問から、科学、芸術、音楽とか、全部その組み合わせによってすごい西欧文化ができたのも事実で、宗教性というものが人間の精神を地上や個我から解き放つような、次元を高めるようなものであるのは事実なわけで、その歴史のプロセスと表現を見てゆくと、西欧文化の偉大さというのはやっぱり、すごい肌で感じたわけです。

 土 うん。

 那 でも、その根っこには、人をゆがめてしまう、精神を逆に偏屈にしてしまうという部分も確かにあって。

 高 うん。

 那 その問題に対して、よくまぁ、日本人の中には「宗教なんてなくなれば全部解決して平和になるんだ」という論調があって、昨今の状況を見ていると確かにそんな気がするけど、何か違うんじゃないかなって。タタール人みたいになっちゃって、結局、力だけのルールがまかり通る世界に逆戻りしちゃうんじゃないかなって。

 土 どうなんでしょうね? そういうルールとか制御でコントロールする側面も宗教にはあるから。

 那 やっぱり何億とかになっちゃったらモラルというものが……

 高 まぁ、組織としての面だよね。必要悪というかさ。神様の下にみんなをおとなしくさせる、というかさ。

 那 コントロールしやすいからローマ帝国もキリスト教を国教にした側面もあるかもしれないし。

 高 コントロールするためのものじゃない? ドストエフスキーの異端審問じゃないけどさ、あくまで宗教って個人的なものだと思うから、それを社会のルールとして当てはめたとたんに全然違うものになっちゃう気がするよね。

 那 まぁ、難しいところがあって、何らかの宗教がないと何千万という人はたぶんまとまらなくて、国にはならない。法律も守らない気がする。それこそ、この間のネアンデルタール人がなぜ滅びたか?じゃないけど、200人くらいまでは1人のカリスマでまとまるけど、それ以上になると神話とか神とかが必要で。

 土 そうですよね。

 那 それによってまとまって、人は規律正しく動けて、戦争も強くなっちゃう。

 高 共同幻想を持つ、というね。共産主義だって宗教はないと言うけど、個人崇拝はあるわけだから、宗教と変わらないよね(笑)

 土 ああ……

 高 そういうものがないと人間は生きていけない、という悲しいところですよね。

 那 人間が自然界の猿から人間になれたというのは神話があったからなんですよね。

 土 うん。

 那 ネアンデルタール人にも最終的に勝って、現生人類が生き残ったというのは、そこの違いだ、と。それまではハイエナが去った後に、骨しか残っていない屍から骨髄をすすって生きていたような地味な、猿よりも少し知能が高い程度の生き物だった。そういう似たような人類が何百種類もいる中の一つだった。その中の一種類に過ぎなかった現生人類が神話を持つことで強くなって、唯一生き残った。その理屈は理に叶っているというか、たぶんそうなんだろうな、と思ったんです。

 土 ええ。

 那 ありもしないものを信じる力? フィクションですよね。

 高 うん。

 那 でも、それって他の生き物にはない力だった。ネアンデルタール人は人類よりも力が強かったし、頭も良かった。身体が大きいだけではなく、脳も大きかったんです。一対一では当然勝てない。でも、彼らに勝てるようになったのは共同幻想でまとまって戦えることができるようになったからだ、と。

 土 脳のどこがそんな風になったんでしょうね?

 那 それはわからないですけど、でも、それは単なるフィクションですまないんじゃないか、と思うところもありますけどね。何か動物的なものから解き放たれて、目に見えないものを感受していく力とか、そういうものが発達していって、それを種にして神話というものを作った。

 高 うん。

 那 本当にありはしないもの、ではなくて、それが神秘体験なのか何なのかわからないですけど、自然を超えて超自然のものを感じるようになった。シャーマンとか、そういう人がいて、そこから話を尾ひれはひれ付けて神話を作ったり、聖書を作ったりした。何かの進化のプロセスではあると思うんですよね。

 土 宇宙だって、死後の世界だって何もわからないわけなので、何か本当のことと言ったら変かもしれないですけど、何かがあって、それをヒントに創作していったのかもしれない。

 高 人間を超えたものというか、そういうものが最終的な心の拠り所になる。

 那 それこそ、ラカンの象徴界と言うか、人間を超えたものこそがモラルになる。イワン・カラマーゾフの理論で言えば、「神がなければ何でも許されちゃう」と。善悪だけでは、人道主義だけでは人間というのは絶対に善というものは為し得ない、と彼は言ったわけですよね。まぁ、19世紀のロシアだからキリスト教がなければという話だけれど、でも、それって何か的を射ているところがあると思うんです。やっぱり人間って人間以上のものがあって初めて、逆に言うと人間になれると言うか、獣ではなくなる。

 土 うん。

 那 単なる力の理論とか、平等の理論だけで上手くやっていけるほど賢くはない。動物よりもちょっと上の賢い生き物として、この地上でみんなで手を繋いで上手くやっていこうぜ、というのは無理だと思うんですよね。まぁ、昔の数百人単体の部族がちょこちょこあって、自然の中で共生しているレベルだったらそれでいいのかもしれないですけど。だから、何かの進化のプロセスとして、そういう変化があったと思いたいですけどね、宗教性ってものが。

 土 うん。

 那 芸術だって、バッハの音楽だって、キリスト教がなかったら生まれていないわけだし、原始人の笛みたいのも味があっていいのかもしれないけど、美術にしても音楽にしても、科学にしても、古代ギリシア時代に培われた明晰な理論とか、キリスト教的な宗教性とか、そういうものを融合させて、積み上げてここまで来ているわけで、もちろん、ポジティブな側面もあるわけですよね。

 土 うん。

 那 ただ、ネガティブな側面を超えれてないし、むしろ今、それに直面して、どうしたものかと途方に暮れている、という状況ですよね、全人類が。さて、そこでどうするか、という話ですが、もちろん簡単な話ではないし、長くなるので、また次回以降の課題にしたいと思います。

 

(MUGA第149号掲載)

 


★無我表現研究会発行・無料メルマガ「MUGA」登録・解除フォーム(毎月15日配信)↓
MUGA

(現在、セキュリティの関係でGメールは登録が難しくなっているようです。他のメルアドで登録をお願いします)