叔母が嫁入りしてから数年後、母が結婚することとなりました。

 

父と母の出会いは高校の部活で父が一つ上の先輩でした。

高校生当時は特に何もなく、社会人になってから東京で偶然出会ったようです。

携帯電話すらない当時を考えるとなかなかロマンスのあるお話し。笑

 

 

 

そしてここからが問題の根幹にあたる内容。

冒頭でお話ししたように吉岡家は長女の叔母が嫁入りしました。

一家を築いた自負を持つ祖父としては吉岡の姓を継いでほしいところ。

となると次女、つまりは僕の母の結婚相手に希望を託すしかありません。

 

僕の父は津田家の三男。上の兄弟2人はそのまま津田の姓で結婚していました。

なので父はいわゆる家徳だったり跡取り問題とは基本的には無縁でした。

そんなこともあってか父方の津田家の祖父母も婿入りすることには特に問題はなかったようです。

吉岡家の祖父母もホッとしたようでした。

 

 

 

しかし問題のネックは父の仕事。

父は地方公務員で、当時から数年後に開催される冬季長野オリンピック関連の仕事に従事していました。

写真元

 

仕事柄、国内外の関係事務所と様々なやりとりをしていたと思います。

「名前は記号でしかない」とは時々言われます。

 

たかが記号、されど記号。

 

国を越えるとき、その記号はとても重要な意味合いを持つと僕は思います。

そんな仕事をしている最中、名字が変われば幾度となく事情を説明しなければならないと思います。

4年に1度の世界を代表するスポーツイベントの企画運営を円滑に行う上ではただのノイズでしかないと思います。

 

 

加えて25年近く前は今ほど多様性のある世の中ではなく。

父の仕事場の人々の中には

 

「男が婿入りするとはなんたることか。あいつは軟弱者だ。」

 

婿入りした人に陰で揶揄する人がいたようです。

 

 

 

これに加えて当時は夫婦別姓の制度が推し進められる気運がありました。

夫婦別姓については今も時々議論されますね。

当時の両親は数年後には法案が通り運用されると思っていたようです。

 

 

 

このような理由で僕の両親は夫婦別姓制度に希望を託しながら

母は”津田”に姓を変えて結婚しました。

 

婿入りを期待していた吉岡家には

「仕事が落ち着いたら姓を”吉岡”にする」という条件で渋々納得させたようでした。

 
これが後に様々な確執を生んでいくことになります。
 
 
今回はここまで。なかなかの長文になりましたね。
お付き合いいただきありがとうございました。