100年前の童謡「飯山町」に詠われた島木赤彦の〜「店の軒端に大根干すし」の大根は今も〜
島木赤彦童謡歌碑 「飯山町」 揮毫塩出英雄画伯
 
童謡 飯山町
            島木 赤彦
町の街道に
木の葉が散って
人の通りの
少ないころは
 
高い木立に
小鳥が鳴くし
店の軒端に
大根干すし
 
もんぺ姿の
山なか娘
綿を仕入れに
懐手して来るし
 
信州信濃の
飯山町は
行って見なされ
よい所
 
島木赤彦の童謡「飯山町」が出来てから100年〜100年前、島木赤彦が飯山へ来たのは11月でした〜
この「飯山町」は、アララギ派の歌人島木赤彦の童謡です。
100年前に、飯山に初めて来た時の作品です。
残念ながら曲はありません。
島木赤彦は、〜1876年(明治9年)12月16日生〜1926年(大正15年)3月27日没〜は、日本の短歌の本流の一つ「アララギ」の編集に生涯をかけたアララギ派歌人です。
長く信州教育に大きな影響を与えた教育者でもあります。
島木赤彦は、長野師範時代からの生涯の無二の親友、清水勤治(飯山小学校校長・飯山町長などを歴任)の招きにより、飯山で6回「万葉集」の講演に来られています。
初めて飯山へ来られたのは、1918年(大正7年)11月1日。
飯山鉄道の「豊野〜飯山間」が開業したのは、1921年(大正10年)10月20日。
島木赤彦は、鉄道が開通していない飯山へ馬車で来られたのです。
この時の作品を、「飯山町一」、「飯山町二」、「夜旅宿小集」、「恵端禅師の墓」と、「童謡 飯山町」として短歌誌アララギに発表しました。
その後、「飯山町一」、「飯山町二」、「夜旅宿小集」、「恵端禅師の墓」は、島木赤彦歌集『氷魚』に、「童謡飯山町」は、第三赤彦童謡集に収録しました。
数ある赤彦の童謡の中で、特定の町を冠したものは、この「飯山町」だけだと言います。そして〜
信州信濃の
飯山町は
行って見なされ
よい所
と詠われたのです。
飯山の宝物の一つです。
なお、この童謡「飯山町」の歌碑は、この童謡「飯山町」の舞台となっている愛宕町仏壇通りにある飯山の工芸品の「展示試作館」前に、平成5年に建立されました。
この歌碑の揮毫は、日本美術院常務理事をされていた日本画家塩出英雄画伯です。