●「天声人語」
●(天声人語)
廃炉の担い手と安全

(10/22)

 「私、ついこの間(あいだ)までとっても幸せでした」と始まる、ある妻の証言が胸を突く。

今年のノーベル文学賞を受けるベラルーシの作家、スベトラーナ・アレクシエービッチさんの

『チェルノブイリの祈り』(松本妙子訳)を読んでみた。

▼夫は高所作業組立工だった。

身長は2メートル近く体重90キロ。

「だれがこんな男を殺せて?」。

だが原発事故の半年後に現場へ行き被曝(ひばく)する。

発病し、45歳で亡くなった。

「私から夫を奪ったのはだれなんですか?」。

この妻をはじめ、多くの人々が語る生身の真実に読後感は重い。

▼書中で、作者は「自分自身へのインタビュー」も試みる。

「チェルノブイリ後、私たちが住んでいるのは別の世界です。

前の世界はなくなりました。

でも人はこのことを考えたがらない」

「人々は忘れたがっています、もう過去のことだと自分を納得させて」。

▼そして「私は未来のことを書き記している」と結ぶ。

福島原発事故の十数年前の執筆と知れば洞察の深さに驚かされる。

▼その福島では廃炉への難作業が続く。

一昨日は白血病になった男性が労災と認定された。

事故後の作業による被曝では初という。

事故から4年半、メルトダウンの始末もつかない苦闘を、

「誰か」の仕事として私たちは忘れていないか。

▼政府は

原発再稼働へ

舵(かじ)を切り、

事故の風化ばかりが

堂々と早い。


状況も国情も違うが、

冒頭の妻のような嘆きを、

廃炉の担い手や家族に言わせてはなるまい。

人間を軽んじない安全の徹底は、

何よりも必須である。

(10/22 05:00)




●朝日新聞社説
●(社説)
被曝労災 救済漏れを出すな

(10/22)

 東京電力福島第一原発で、2011年の事故後に

放射線被曝(ひばく)を伴う作業に従事し白血病になった41歳の男性が、

初めて労災と認定された。

 男性は福島第一で働いた12年10月~13年12月に約16ミリシーベルト、

その直前に九州電力玄海原発で約4ミリ被曝しており、

白血病の労災認定基準の一つ「年5ミリ以上」を超えていた。

 福島第一では毎日多くの人々が

被曝しながら

働いている。

作業環境は、通常の原発と全く違う。

被曝リスクを厳密に管理した上で、

白血病などを発症した人は手厚く救済すべきだ。

 事故は終わっていない。

何十年かかるか見通せない廃炉作業が終わるまで、

被曝労災という形でも人的被害が続いていくことを覚えておきたい。

 最も大事なことは、正確な被曝記録に基づくリスク管理だ。

 東電によると、事故から今年8月末までに働いた約4万5千人のうち

約2万1千人が累積で5ミリを超えている。

作業員の被曝限度は

年間50ミリ、
5年間で100ミリなので、

今後限度近くまで被曝する人が増えるだろう。

 あろうことか

福島第一では事故後、

被曝線量を実際より少なく記録するため、

線量計を着けなかったり、

鉛のカバーで覆ったり

といった不正が横行した。

 作業員の健康を傷つけかねない

言語道断の行為だ。

再発防止には雇い主だけでなく、

廃炉を進める東電や国も責任がある。

 線量を記録する放射線管理手帳の扱いも見直しが必要だ。

 作業員が預けた手帳を会社が返さなかったり、

記録が抜けていたりといった訴えがある。

 海外では国が一元管理している所もある。

検討に値しよう。

作業員が被曝状況をいつでも確かめられ、

不審に思えば相談できる仕組みも用意すべきだ。

 厚生労働省は被曝労災に関する情報の

公表に消極的だった。

個人情報には配慮するにしても工夫して周知を図りたい。

 現行の労災制度は

外傷を念頭に作られているため、

後になって発症することが

多く因果関係の立証も

難しい白血病やがんなどに適用すると無理が生じる。

 例えば発症そのものが離職後になることが少なくない。

症状に気づいたときには

会社がなくなっている例もありうる。

 離職後も健康診断などで作業員の健康管理を助けたり、

雇い主の協力なしでも労災申請が容易にできるようにしたり、

根本的な見直しが必要ではないか。

 被曝でリスクのある作業に携わった作業員の不安にこたえるためにも、

せめて労災認定では積極的に補償・救済したい。

(10/22 05:00)