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no movie no life

・・・映画を見て思ったことをツラツラと。ネタバレです。

かなり昔に書いたのも。

動機とタイミングさえ合えば、人は人を殺せる。

新聞記者のロウィーナ(ハル・ベリー)は幼なじみが殺された事件を同僚と調べることに決める。容疑者のターゲットは大手広告会社社長、ハリソン(ブルース・ウィリス)。彼の部下として潜入した彼女は、やがて事件の深みにはまっていく・・・


「ラスト7分11秒、あなたは絶対騙される。」確かに驚いたけど、言うほどのことではないんじゃないかな?拍子抜け。これ、どうなんでしょう?


ストーリーとして緻密さに欠ける。インターネットと言う匿名の世界、別人になりすますことは簡単。どうしてそんなにカンタンなんだ?と思うくらい不用心に物語が進む。そしてある時点で、観客側にいた主人公が突如として向こう側に回る。そこでいきなり置いていかれた気持ちになるのを否定はしないけれど。


パーフェクトストレンジャー(完全なる別人)になりすます人間。完全なる犯罪が行われるには、全てのことを想定して計画しなければならない。しかし、想定外のことが起こっているのに、最後のツジツマだけ合わせてるような気がする。


ハル・ベリーの美しさだけが引き立つ。ブルース・ウィリスの役は・・・彼じゃなくても良かったんじゃないか?と思う。残念。


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ラフマニノフに、涙が流れる。


原題「For Horowitz」。 ウクライナのピアニスト、ホロヴィッツを敬愛するジスは、プロピアニストになる夢をあきらめ、ある町でピアノ教室を開き自活しようとする。なかなか生徒が集まらずに苦労するが、いたずら好きな少年キョンミンが、すばらしい音楽的才能に溢れていることを知る。ジヌはキョンミンにピアノを教えこみ、コンクールに出そうとするが・・・


韓国ではかつての日本のように受験戦争が厳しいと聞いたことがある。子どもの将来に期待する親、それに添おうとする子ども・・・そしてそのエリートの道から反れてしまった人間の行き所のない気持ちや劣等感。少し前に観た韓国映画「私たちの幸せな時間」と似ていると思った。

主人公のピアノ教師ジヌは、親に苦労をかけ音楽大学に進んだものの、海外留学できずに国内にとどまり、結局はプロや大学教授になれなかった。それが彼女のその後の人生に棘のように突き刺さっていた。自分は挫折した人間だ。同期の友人は大学教授になっているのに。・・・ジヌは、留学できなかったことを理由にしてみたりする。しかし、自分自身をあるがままに認め、人生を歩もうとするきっかけを与えてくれたのは、キョンミンだった。


ジヌは、当初キョンミンを宣伝材料程度にしか考えていなかった。あくまでも自分の生活のための道具としてしか見ていなかった。ところが、彼の不安定な心に寄り添うことで、ジヌは真に音楽とキョンミンの将来を思い、キョンミンを海外の有名な指導者に託す。彼はここにいてはダメなのだと。


キョンミンもまたジヌとの出会いによって大きく人生を変えた。「のだめカンタービレ」でもあったが、偉大な音楽家には、自分の才能を見出してくれた人をはじめとする、よき理解者に恵まれることが必要なのだろう。逆に言えばそのチャンスを掴むことができるものが、偉大な音楽家の道を歩めるのかもしれない。


全編流れるピアノ曲が心地よい。最初はコメディー路線なのかな?と思ったが、最後の演奏で締めてくれた。涙が溢れたのは、ピアノの素晴らしさとともに、そこに至るまでの厳しい道のりを思ったからだ。そして彼もまたジヌとの出会いを大切に思っていたからだ。


音楽は人の心を救う。音楽に魅せられた人々の、優しい優しいストーリーである。

※今後、「4分間のピアニスト」、「僕のピアノコンチェルト」など音楽作品が続くのが嬉しい。特に「4分間~」は期待大!


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日系のリサ・モリモト監督は語る。あたかも自爆テロのようなカミカゼ特攻隊は、一部の狂信的な兵士たちのことだと思っていたが、どうやら違うようだと。


「進んで話したがる特攻隊員はいない。自分はいつも、死んでいった友人たちにすまないと思いながら生きている。」幸運にも生き残った特攻員たちは、重い口を開く。「生きたかったよ。・・・死にたくはなかったよ」

そうだ。彼らは決して自発的に散っていったのではない。太平洋戦争の末期、危機的状況に陥った日本を救うため、アメリカの侵攻を少しでも遅らせるために組織された。志願するものなどなく、軍によって半ば強制的に実行されたこの作戦は、いつしかひとつの戦術を超えた。「もはや生きるか死ぬかが問題なのではない。問題は、どう死ぬか、なのだ。」命を国にささげる姿が国民の模範とされ、泥沼的にのめりこんで行った。


上官は「死に場所を与えてやる」と叫ぶ。
犬死にだと頭では分かっていても、空しく散っていた若者たち。彼らはどんなに苦しんだだろう。
そしてこれを国民にまで広げようとした日本軍。
藤井中尉の妻は、夫が特攻隊として悔いなく死ねるように、幼い子どもとともに身を投げた。
「全員特攻」・・・士気を高めるためのポスターが、ひどく残酷で空虚に見える。
政府は、もはや勝てもしない戦争の現実を見つめずして、若者たちの命を使い戦争を長引かせた。
「せめて半年戦争が早く終わっていたら」。・・・でも、きっと日本人だけが愚かなのではない。戦争は人間そのものを狂気に陥れる。


「広島の焼け野原を歩いて思った。世の中の矛盾を戦争で解決する以外の方法を、人類の叡智は見出さなくては、地球が滅びると。」


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家庭の用事で山形に帰省していたため、ブログをほっぽっておりました。

コメント、TBいただいた方々ありがとうございます!

ぼちぼち復活しますです。

★9月7日(金)東映試写室にて「ブロガー限定試写会」


「包帯1本巻いて何かが変わったらめっけもんや」


ワラ(石原さとみ)は一風変わった少年ディノ(柳楽優弥)と病院の屋上で出会い、傷ついた場所に包帯を巻くことで自分が少し変わったことに気づく。ワラは友人たちと一緒に「包帯クラブ」を立ち上げるが・・・。


何気なく過ぎる日常の中で手からこぼれてゆく大事なもの、あきらめてしまうこと、知らずに他人を傷つけてしまうこと。遠い外国の空で起こっている飢餓や戦争・・・

大人なら、わかった風な顔をして「自分が傷ついてんじゃないし」と切り捨ててしまうような痛みを、自分のものにすること。包帯はその象徴なんだと思う。

そんなことくらいって思うかも知れないけれど、案外現実の世界は鈍感じゃないと生きていけない世の中になっている。でも、そんな心に寄り添い、高層ビルや電線にさえぎられた向こうにある青空を見つけ出すこともできるはずなのだ。


出て行った父親のことを、ワラはディノに語る。
「自分の子どもって、すごくかわいいと思うらしいじゃん。なのに捨てられた自分は・・・どんだけなんだよと思う」
ディノもまた破天荒な行動の中に隠した傷ついた魂を抱いていた。一生背負っていこうと決めた思いに、押しつぶされようとしながらも。

誰かの行動で、誰かが傷つく。けれど、誰かがいることで力になることもあるんだ。


青年たちの果実のようなさわやかさに、かつての自分、日常の中の幸せを見つけられる映画。


主演二人の意外なキャラが際立ってたかな。石原さとみのイメージが変わった。
音楽の使い方がうまいです。