悲しいニュースに 驚きと なぜ?って その理由を知りたがるって 人間の不思議

 年齢や その才能や美貌や 功績などに ファンというほどではないけれど

 残念でならないのは 勝手な思いなのかしら

 

 その人の 人生での葛藤など 有名人でなくても 人が見ているのは 一面であって

 その見えている部分 (見たいと思っている) だけで、それは誰もがそうであって

 そもそも その人のすべてを 知るなんてできないのだけれど、

 自分のことだって わかってないこともあるし、自分だって あの頃と今など 

 年齢や環境によって 考え方も価値観も変わってる それが生きるってこと

 なんだとも思うから

 

 ある講演会で、作家の方が話していたことを思い出した。

 故人についてコメントすることについて、

 その人の知っている部分は 私だけのものであって 他の人からは その人が

 どう見えているのかはわからない そして、故人はその内容を見ることも、反論する

 こともできないから、、 コメントを求められても 躊躇するというような内容だったと

 記憶している。

 

 命や 生死のことを簡単に語ることは 控えるべきで慎重に言葉を選ぶべき

 ただ、その人のタラント(神から与えられた才能) と努力の歌声をもっと聞いていたかった

 私の勝手な願いだし、ファンや家族の方の心痛を考えたら軽率なことは言えないけれど。

 

 親の心 子知らず という ことわざがある

 調べると 親の苦労や愛情は通じにくく、子は勝手なふるまいをする の意 と出る。

 自分が親になってみなければ、親の気持ちはわからないということ。という文もあった。

 

 むむむぅぅ。。。

 

 そうだろうか? 親にならないと 親の気持ちは分からない??

 たかが ことわざ されど ことわざ (笑) ← 使い方間違っているかも

 引っかかるのが 面倒くさい私の特徴でしょう 

 

 親の方が 勝手なふるまいをしてる場合もあったり

 親の気持ちが 分かる もしくは 感性が鋭いからこそ 親の思いを先回りして考えてしまう

 だから 苦しい思いをしている 子 だっているのではないでしょうか? と 思ってしまった。

 

 そもそも 親になろうが ならまいが 親も子も 自分以外の人のことを分かるなんて

 なかなか

 思いやったり 感謝したり そういう あたたかい気持ちは大切。

 わかったあげたい と 思う気持ちがなけらば 何もはじまらないのも事実。

 

 子の心 親知らず って言葉もあった

 親はいつまでも 子のことを子どもだと思いがちだが 

 子は日々色々なことを考え 成長している みたいな意味らしい。

 私の解釈だけれど、、これだって 親の思いたいように思ってるってパターンじゃない?

 親は子に 子どものままでいて欲しい 心理があって 子どもの心を汲み取れないのでは?

 そもそも 従順な子どもの幻想から抜けきれないのかも とも 考えられてきて、、

 

 人は ひとりで生まれて ひとりで死んでいく  

 個として 1人の人格 って視点のバランスも必要

 

 ふたり家族の私が偉そうなこと言えないのだけれど、

 家族って 夫婦って それぞれの個が繋がって 作られているものだと思うから

 ○○さんの子 ○○さんの妻 もそうだけど 私はmafu なのだから。 

 

 そして 最後に

 親とか子とか じゃなく  私の心 は 私も知らない (笑)

 知ってるつもり 知ったかぶり 知ろうとしない いや 考えると迷宮入り!?してしまう(笑)