私は薄暗いICUの部屋で、
まだ意識のない妻の隣に座り、
生活のこと
を考えていました
働くことすらままならず、
家計は急激に悪化していました
《それは妻が脳卒中の手術を受けて
まだ間もない1月中旬の頃》
私は勤務先の会社に、
妻の状況から当面は働ける状態ではないことを伝え、休みの許可は取り付けていました。
ただ手当(日当、残業、営業手当)類がなくなることにより、その月から収入自体が減ることは分かっていました。
また同時に看護師だった妻の収入も、
手当(夜勤、残業)類がなくなるため、
世帯収入としては妻が倒れた月を境に、
毎月3割ほど手取りが悪化することが見込まれていました。
追い討ちを掛けたのは、
年末12月の高額なカード請求、
治療費や入院費、生活費等々の多額の請求や支出でした。
実に70〜80万が妻の医療費関連だけで吹き飛び、収入は激減するという負のスパイラルに我が家は陥り始めていました。
目の前に迫るその現実に、
私はただ恐怖していました。
破産
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全ては妻の電話から始まった。
『ちょっと死んでくる』と家を出た息子



