健康は細胞から!
細胞からの若返り ヘルスコーチ 山中眞理子
「あの時、何かできたかもしれない」
もし、そう思ったことがある方へ。
認知症はある日突然ではなく、20年も前から静かに進行していると言われています。
だから、“まだ何も困っていない今”こそが、実は始めどきなのです。
脳はとてもエネルギーを使う臓器ですが、現代の私たちは、
そのエネルギー供給(=血糖コントロール)を無意識のうちに乱してしまいがちです。
高血糖・低血糖を繰り返す食生活
睡眠不足
運動不足
ストレス
…。
これらは誰かのせいではなく、忙しさや社会の仕組みの中で、つい後回しになってしまうことばかりです。
でもそれが続くと、脳は「エネルギー不足」に陥り、やがて細胞の働きが落ちてしまいます。
けれどもほんの少し、意識を変えるだけでも、未来を変えられる可能性があります。
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もしご家族に認知症の方がいらっしゃるなら、体質的にリスクが高いかもしれません。
でも、それは「防ぐすべがない」ということではありません。
だからこそ、「できることがある」と知っていただきたいのです。
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これから、7回に分けて認知症発症の原因と言われているものとその対策法をご紹介してゆきますね。
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私のストーリー
幼少時代~学生時代
私は1947年生まれです。
戦後2年目の夏です。
幼少時からとっても細くてひ弱でした。
よく蕁麻疹になっていましたし、学校の入学試験の日に風邪を引いて両親が希望する学校に行かれない。など親を困らせていました。
そんなでしたので小学校に入ってもお給食が食べられないでいました。
中学に入って2キロほど離れた学校に自転車で通うようになってからはだいぶ丈夫になりましたが体育の授業はたいていさぼっていました。バレーボールやバスケットなどのボールゲームが大嫌いだったからです。テニスは少ししましたが、全くセンスがないのは明らかでした。
勉強も好きなことしかしなくて、成績のことなどはあまり気になりませんでした。
とても神経質で内向的でかなりわがままな困った子供時代でした。
学校から帰ると音楽を聴いたり本を読んだりしていました。
高校を卒業すると美術史に興味を持つようになり、イタリアに憧れるようになりました。
それで、イギリスかアメリカに留学させたいと思っていた親は猛反対しましたが、結局許してイタリア留学が叶いました。
憧れのイタリアでの生活は想像以上の変化をもたらしてくれました。
第1に変わったのが、神経質で内向的でははいけない、という点です。社交性を身につけなければ誰も相手にしてくれないし、それでは面白くない、ということに気づいた点です。
第2に変わったのは勉強を好きになったことです。新しいことを学ぶのはとっても楽しいし刺激的だということ。それから、多少、いやでも面倒でも学んだことは何かの役に立つ、と分かったことです。
世界各地のお友達が沢山できて楽しかったです。






