「Did you know you have a lump on your right breast?(右のおっぱいにしこりがあるけど気づいてた?)」

2016年9月にJの出身地であるミシガン州で
                 夢の結婚式

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をしてからほんの2ヶ月が経ったある日、Jとのこの会話をきっかけに私は27歳で癌患者となる。

直ぐに触れてみたしこりはパチンコ玉の様な大きさでコリコリと硬い。看護師である私は自分の手に伝わるその感触で、「あ、これはヤバイやつチーン」と何かを感じた。その恐怖心は言葉にできず、その日はただJの腕の中で泣き崩れた。

すぐに近くのクリニックでマンモグラフィーと生検をやっているところを探し予約をいれる。その日が来るまで「なんでもないはず!」と「癌だったらどうしよう。」と自問自答を繰り返し、そしていよいよ検査の日となる。

小さなクリニックではあったが熱心なお医者さんのおかげで、その日の診察終了後にすぐに生検をすることとなり、Jはずっと側で手を繋いでくれていた。
生検の針は思っていたよりも太く何度もバチンバチン!と細胞を取る音が響いた。

検査結果を聞きに改めてクリニックへ訪れ、診察室へ入るとそのお医者さんの顔と空気から良くないニュースであることをなんとなく感じた。

「癌でした。右乳癌。Cancerです。」

Jにもわかるようにお医者さんが言う。その言葉を聞いた瞬間、よくある映画やドラマのシーンのように涙が止まらなかった。

その後の治療は自分自身が働いている病院へと移すことになる。両親からは「乳癌で有名な病院がいいんじゃない?」と心配されたが、病院で働く私は有名で大きな大学病院で何千件もの例の一例になることへの危うさを知っていた。だから通院にストレスにならないこと、件数は少なくても自信のあるお医者さんがいて私の一例を大事に思ってくれる場所がいいと決めていた。

しばらくの間は癌であることを受け入れられない、信じられない時期があり、また街で見かける同じ歳くらいの女の子を見て「なんで私が?」と思うこともたくさんあった。今でも体力や体調に何の心配や不安もなく明後日、来週、1年後の予定を立てられる人たちに嫉妬や焦りを感じることがある。(この感情についてはまた詳しく書きたいと思います。)

Jには普通の新婚生活を送れなくなったこと、将来が見えないこと、もしかしたら子どもを産めなくなるかもしれないことに対して「癌になってごめんね。」と涙する日もあった。そんな時彼は、「It is gonna be ok. You are gonna live with me no matter what.(大丈夫だよ。どんなことがあっても一緒に生きていくんだから。)」と繰り返し言ってくれました。

それが私が結婚式で誓った「病める時も健やかなる時も」ってことだからって..

まさか本当にこんなにも早くその意味を噛み締める時が来るなんて思ってもみませんでした。
こうして私と乳がんの関係が始まりました。

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