どうも、Erenこと、森です。

 

今回は、脱サラを目指す人が『取り入れるべきライフスタイル』について

紹介したいと思います。

 

サラリーマンという生き方に慣れていると

たとえ脱サラをしても、

その後どう生きていけばいいか、わからないはず

 

 

脱サラの準備をする上でのヒントになれば幸いです。

 

 

↓↓

 

 

多くの人が脱サラができない理由の一つに、

『経済的な問題』があります。

 

それは単に、「当面は生活ができるお金があればOK」
というものではなくて、
『今後も自分でお金を稼ぎ続ける力がある』ということを指します。


そもそもとして、お金を稼ぐこととは
「誰かの役に立つ」
という能動的な行為の対価なので、


サラリーマンのような「指示待ち」が染み付いている人には
かなりハードルが高いことなんですね。

 

 

脱サラをするためには、

「指示待ち」という習慣を乗り越える必要がある。

 

 

 

これまで受けてきたであろう義務教育や

高校、大学までの教育、

さらにはサラリーマンとしての生き方は、

 

与えられた枠の中で生きることが正解だったし、

言われたことをやれば、なんとかなる世界でした。

 

 

そういう世界を生きてきた人が脱サラをすれば、

確かに自由は増えますが、

 

自由を謳歌する以上に、

 

どうやってお金を稼いでいけばいいか、

どうやって人の役に立つ生き方ができるか、

 

と戸惑う場面のほうが多いはずです。

 

 

だって、そういう生き方に慣れていないので。苦笑

 

 

それほどまでに、サラリーマンには、

「指示待ち」という習慣が根付いているものです。

 

 

脱サラをしたいんなら、

当然「指示待ち」の生き方から、

主体的な生き方にシフトしていく必要があります

 

 

 

じゃ、どうシフトしていくのか...?

という話ですが、

 

 

「与えられた枠」に抗ってみる、というのは、

重要な視点の一つだと思います。

 

「抗う」って完全に主体的な行動ですから。

 

 

 

僕の場合の話になりますが、

 

 

僕の会社では

「副業禁止。」という規則があります。

 

 

その理由としては、

「業務に支障をきたすおそれがある。」

ということが考えられますが、

 

 

自分の余暇の過ごし方について、

会社に干渉される筋合いはないわけです。笑

 

 

だったら、「副業禁止」の枠に抗って、

副業やっちゃおう、と。笑

 

 

副業を始めた当初は、

会社で働いて帰ってきた後に、また自宅で仕事を始める

という生活に慣れませんでしたが、

 

いつの間にか、それが「当たり前」になりました。

 

 

自分で新しい知識、スキルを身につけることは

楽しかったですし、

 

「誰に言われたわけでもなく始めた仕事」の

成果が出始めたときは、会社員では得られない

「充実感」を感じられました。

 

 

今では、僕は会社員の2〜3倍の収入を副業から得つつ、

このブログを通して「自分の人生を生きる」手伝いも視野に入れて

生きることができています。

 

 

会社の枠に抗ってみる、というところからスタートしましたが、

「指示待ち」の人生は抜け出せてる実感があります

 

 

冒頭でも触れましたが、

主体的な生き方にシフトすることと

お金を稼ぐことは、かなりリンクしています。

 

なので、主体的な行動をどれだけ増やせるか、

が脱サラを加速させるポイントです。

 

 

ここで以前書いた記事に対するコメントがあったので、

紹介したいと思います↓↓

 

 

-----ここから-----

 

私は今、娘と二人暮らしです(母娘)。
私は法人を一人で経営。
娘は、自分で個人事業主として忙しく働いています。
二人とも集団生活が向いていません。

経済的にもこれしかないと思っています。

今は自分のやりたいようにマイペースで仕事をすることで、

自己実現と他で働くよりもずっと多くの収入を得ています。

時にはお客様から感謝の言葉を頂けることもあり、とても励みになっています。

自立にはリスクや責任が伴いますが、それすら楽しんでいます。

 

-----ここまで-----

 

 

素晴らしいですね。

 

コメントを書いてくださったゆりかもめさんは、

コーチングとして活動されている方ですが、

 

なぜ、自分のやりたいように仕事をすることで、

「他で働くよりもずっと多くの収入を得る」

ことができているのでしょうか?

 

 

次回はお金を稼ぐこと」について

書いていきますので、

その理由もきっと分かるかと思います。

 

楽しみにしていてください^_^

 

 

ではでは、

 

「与えられた枠」の中でただ過ごすのではなく、

枠からはみ出す、枠に抗う生き方を

ぜひ取り入れていきましょう

 

 

 

PS.

 

最近、1LDKの物件に引っ越しました。

 

東京住まいのサラリーマンなので、

ぶっちゃけてしまえば、結構家賃は高いです。笑

 

サラリーマンとして貰う給料の約半分が

家賃に消えています^^;

 

 

しかし、個人的には引っ越したことには満足していて、

会社という枠から少し開放された気分を味わっているんです。

 

 

というのも、これまでは会社が用意する、

いわゆる「社宅」に住んでいました。

 

 

都内で駅から徒歩5分の物件で「1万円」という

かなりの格安で住居が提供されたことは

非常に有難かったのですが、

 

それと引き換えに、

 

仕事が終わった後も、

「会社が提供する家に住んでいる」という事実が付きまとい、

とても窮屈に感じていました。

(部屋も狭かったので、物理的にも窮屈。笑)

 

 

今では自分でお金を稼ぐ力を身につけることができたので、

その「社宅」からは開放され、

広い物件に住むことができています。

 

 

今回の記事とは直接は関係ないですが、

脱サラに向けて一歩一歩進めていますよ

という小さな報告でした。


 

それでは、また。

 

いいね、コメントもよろしくです^^

どうも、Erenこと、森です。

 

今回は、僕が思う『脱サラしたほうがいい人』について紹介したいと思います。

 

 

というのも、友人と近況を話す中で

『今、脱サラについてブログを書いてるよ。』と紹介したところ、

興味を持ってくれたようであれこれ話をしていました。

 

一通り話したあと、

友人は納得しつつも、少し難しい顔をして、

 

「じゃあさ、サラリーマンはみんな会社をやめたほうがいい

って思ってるってこと?」

 

と質問してきました。

 

 

僕としては、

 

サラリーマンを辞めたほうがいい人もいるし、

そうではない人もいる。

 

と思っているのですが、

今回はそう思う「理由」について書いていきたいと思います。

 

(今年はアリストテレスの本を読んでいるので、

その内容も使っていきたいと思います。)

 

↓↓

 

 

アリストテレスによれば、

人間の生活には、大きく3つのパターンがあると言われています。

 

 

1つ目は、「快楽を求める生活」

最も低俗な人は、人生を『快楽』のために生きている、と説明しています。

(↑アリストテレスの言葉ですよ。苦笑)

 

 

要するに、快楽主義者ってことですね。

 

 

誰であっても、ある程度は何かしらの「快楽」を求めているはずなので、

『快楽』は人生における目的だ

というのも、一見正しいように見えます。

 

が、

このロジックだと、

 

「麻薬中毒者」という生活すら正しいことになってしまう。

 

これには、言葉で説明はできなくとも、

どこか違和感を覚える人が多いはず。

 

 

客観的に見れば、

快楽を生むものに対する奴隷生活、という印象を受けますが、

多くの人がこの生活に憧れているのも事実です。

 

 

2つ目の生活は、

『名誉を求める生活』です。

 

名誉は、お金をたくさん持っている「状態」や知識がある「状態」を必要とするので、

人から認められる「状態」のために生きている、とも言えます。

 

 

しかし、一度その「状態」を手にしてしまうと

人によっては怠惰な生活を送ってしまうことも有り得ます。

 

この意味で究極的な生活には程遠い、

というのがアリストテレスの見解です。

 

 

3つ目の生活が、

『幸福を求める生活』です。

 

自分に固有の能力、才能を発揮し、

その活動すら幸福に感じる人。

 

 

例えば、一流のアスリートが『自分の限界を更新すること』に

幸福を感じていたとすれば、

それをとことん追い求める生活。

 

 

「自分が追求したいものを追求する活動」自体も幸福で楽しいですし、

結果的に、素晴らしい記録を残す様子を見る人もを楽しませることができます。

(マズローの言う『自己超越』の状態です。)

 

...

 

以上がアリストテレスのいう、

人間の生活の3パターンです。

 

 

これらは、部分的には誰もが全てに当てはまるような生活を送っていますが、

人によって、それを占める割合は異なります。

 

 

で。

 

サラリーマンを辞めるべき人を

この3つの生活を使って説明すると、

 

 

『名誉を追う生活』『幸福を追う生活』

どちらかを強く実現したい人は、

サラリーマンを辞めるべき

 

 

だと思います。

 

 

なぜなら、この2つの生活には、

他の人に対する益を生む活動が伴うからです。

 

 

このような人たちは、サラリーマンとして生きるより

 

自分でデザインした生き方を採用したほうが

自分のためにも、他の人のためになります

 

 

つまりは、

サラリーマンじゃないほうが輝ける人だということです。

 

 

このような人がサラリーマンで居続けることは、

『社会的な損失』と考えるべきでしょう。

 

 

一方で、サラリーマンのほうが向いている人がいます。

 

 

それは、3つの生活のうち、『快楽を求める生活』が強い人で、

このような人には「主体性がない」という特徴があります

 

どこかで快楽を得られていれば、

他のことはなんでもいいからです。

 

自分を楽しませてくれるものに囲まれて、

動く必要がなければ動かない人たち。

 

 

このような人たちが起業を目指すことは、

まずもってないと思いますが、

ぜひ、サラリーマンのままでいてほしいですね...笑

 

 

こんな文章をここまで読み進めているだけで、

『名誉を求める生活』『幸福を求める生活』が強い可能性は大なので(笑)

 

 

「自分はサラリーマンじゃないほうが輝ける!」

 

という思いがある人は、

ぜひ、一緒に自分の人生をデザインする生き方を目指していきましょう。

 

 

あ、そういえば、

冒頭で登場した友人に言われたのですが、

 

「(サラリーマンを辞める生き方に)

興味はあるし、そうしたいけど、

結局何から始めたらいいのかわからない。」

 

というのが正直なところのようです。

 

 

なので、僕が考える『脱サラに必要な力』

『実際に取り組んでいること』についても

今後は書いていきたいと思います。

 

 

PS.

現在、更新頻度は決して高いとは言えないですが、

「コメント」や「いいね」なんかがあると記事を書く上で大変励みになります。笑

 

ぜひ、そちらもよろしくです(^^)

「脱サラ」のすゝめ

テーマ:

どうも、Erenこと、森です。

 

今年は、1年をかけてある一冊の本を読むことにしています。

 

それは、アリストテレスという哲学者が書いた、

「ニコマコス倫理学」

 

(たぶん、ほとんどの人はその名前すら聞いたことないと思いますが。苦笑)

 

 

今回は、その本の中で出てきた人類すべての人に関係する話、

『人間の幸福』について紹介していきたいと思います。

 

 

この『幸福』について知ったら、

サラリーマンでずっと生きていくことのキツさが

きっと理解できるはずです。

 

 

アリストテレスの語る『幸福』について考えるため、

まずは少しだけ、僕のサラリーマン生活を紹介します↓↓

 

 

-------ここから-------

 

 

僕は今看護師をしていますが、

そもそも看護師を目指そうとした理由は、

 

 

『自分がやりたいことを見つけたときに、

仕事をやめて、それに取り組むことができるもの。

 

かつ、それに失敗したら、また復帰できる仕事があるもの』

 

 

という謎の理由からでした。苦笑

 

まぁ、単純に、

自分が何をしたいのかが分からなかったのです。

 

 

そんな思いで看護師として働き始めたのですが、

実際に、働いてみると意外なことに

『結構楽しい!』という感覚で仕事をしていました。

 

 

というのも、

 

人の役に立てる仕事だし、

自分のペースで働ける部分が多いし、

人間関係に悩むこともなかったので、ストレスもほぼ無し。

 

 

実際、「ストレスが無かった」ために、

休みの日も存分に楽しむことができていました。

 

 

しかし、徐々にではあるのですが、

そのような状態は長くは続かず、仕事に対して「ある違和感」を覚え始めました。

 

 

少なくとも僕の職場では、看護師の業務のうち、

『毎日繰り返すような作業』がかなり多いんです。

 

一日の流れがほぼ同じで、

『作業』のような仕事が多いことに

あるときから意識が向き始めました。

 

 

入社2年目を迎え、後輩ができると

当然、自分と同じように仕事をこなせるように成長するわけで、

ますますその違和感は強くなりました。

 

『あれ、この仕事って、

別にオレじゃなくてもいいんじゃね?...』

 

 

この違和感が募りに募って、

いつしかストレスに感じるようになりました。

 

 

そして、今ではストレスを通り越し、

『脱サラ準備中。』

という状況にまで至っているのです。笑

 

 

-------ここまで-------

 

 

まぁ、当たり前といえば当たり前なんですが、

 

会社(病院)が必要としているのは、

「僕個人」ではなくて、

提供する医療全体の一部を仕事として担ってくれる「誰か」です。

 

『僕じゃなくてもいい』というのは、当然です。

 

 

で。

 

 

アリストテレスによれば、『幸福』とは、

『人間の卓越性(状態)に即した魂の活動だと言われています。

(もっと色々言ってますが。。)

 

 

あなた個人の才能、能力、魂を考えた上で、

それらを最大限活用するような究極的な活動こそが

『幸福』であるということです。

 

 

仕事って、人生のうちで大半を費やすものなので、

この活動にこそ本来『幸福』を求めるべきだと思いますが、

 

会社がそのような『究極的な活動』をあなたに提案することは

あり得ないと思います。

 

 

つまり、アリストテレスに言わせれば、

サラリーマンは少なくとも、仕事においては『幸福』にはなれないということです。(;_;)

 

 

もし、仮にそれができていたとすれば、

それが『天職』と呼ばれるものになるんだと思いますが、

そんな人ごく僅かです。

 

 

僕の場合で言えば、

どんなに人に役に立っている実感があっても、

どんなにストレスがなくても『幸福』にはなれなかったのは、

 

看護師が、

「僕自身を発揮するような活動」ではなかった、いうわけですね。

 

 

人が幸福を目指すべき理由は、

自分が『幸福』になって嬉しいのはもちろんですが、

周りの人の為でもあります。

 

 

『自分の持てる最高なものを提供する活動』と、

『サラリーマンの仕事を通した活動』

どっちが人のためになるのか、って話ですね。

 

 

素朴に、自分の『幸福(最高の活動)』の条件を満たす会社を探すより、

そういう場を作るほうが可能性は高いように思います。

 

 

そして、できるか、はともかく、

そのような活動を目指すべきだ、と個人的には思っています。

 

 

このブログでは、

 

『会社に依存せず、

幸福を目指せる自力を身に着けていきましょう!』

 

というコンセプトで情報を発信していきます。

 

 

ですので、発信する情報を通して、

みなさんの何らかの力になれれば幸いです(^^)

 

以上、『脱サラのすゝめ』でした。

 

 

それでは、また。