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人類は何処へ向かう

人生後半戦に向けて考えるいろいろ

先日のネットニュースによると、
20代独身者のうち、
男性の過半数、女性の約半数が
彼氏や彼女がいない現状であるという。

そのうち、一度も異性と高裁したことがない割合も
相当数いるらしい。


個を尊重する世の中になると、
まあそうなるよね。


ただでさえ、
個人主義に偏りかけた世の中で、
老若男女問わず
おひとりさまは市民権を得た。

加えて、
コロナ禍で、
食事会や飲み会を禁止され、
職場の歓送迎会もままならない中、
合コンは壊滅状態。

どこの誰ともわからない人と交流関係を広げることは
もはや時代錯誤になってしまった。


一方で、自分の趣味に没頭し、
仮想空間の中で
コアな一部分だけで繋がることで
精神的な充足を得ることが
一部の人だけの特権ではなくなってきた。


面倒なことを避ける傾向はますます強くなり、
現実社会での人との繋がりは、
徐々に形骸的なものになりつつある。


そんな人付き合いが横行していく中で

それでも比較的常識的で健全な人たちが

パートナーを見つけたとして、


果たしてその常識的な人達は
常識的であるがゆえに、
こどもを持つという無責任な選択が
できなくなってしまうのではないか。


今の世の中、
こどもを産むメリットよりも
デメリットの方が大きい。


自分のやりたいことを削ってまで
子育てすることに魅力を感じられないのも無理はない。


出産費用を上乗せするとか
待機児童を減らすべく保育園を増やすとか
学費を無料にするとか
医療費を無料にするとか

もちろんやってもらえるのはありがたい。
経済的負担が減るのに越したことはない。


でも、違うんだ。

そうじゃない。

そこじゃない。


子育ての大変さって、そこじゃない。



小さいうちは手がかかる。

目も離せない。

家事と育児だけでも大変で、
仕事もしていれば、
常に時間に追われる日々。



だけど、過ぎ去って思う。

その時期の、
かわいかったあの頃は
もう戻ってこないことを。


やがて子どもは成長し、
手がかからなくなったと思うのも束の間、
成長すれば、したなりに
その時々の問題を持ってくる。


しつけ、わがまま、
友達とのトラブルから、
犯罪への巻き込まれ、
いじめ、不登校、
成績不振、反抗期、引きこもり…


書き出してみると
ありきたりな問題にまとまってしまうが、
当事者にとってはそのひとつひとつが
この世の全ての不幸を背負わされたかのような
絶望的に追い込まれた状況。

それらのことが成長に伴って
手を変え品を変え、
何度も何度も襲いかかってくる。



子ともの人生を請け負う。

それが親であり、子育てであり、
自分の人生の相当な割合を持っていかれる。


それはかけがえのない、

何にも代え難い、

親を経験した人にだけ与えられる苦行。


女性が他にやりたいことかあるならば、
子育てに人生の大半を割かれることを
今の世の中、よしとは思わないだろう。


男性も子育てに参加させたり、
女性の社会参加を呼びかけたり、

個々への対策としては有効なのものもあるだろう。


だけど、

そもそも


生物的に

種(しゅ)を残そうという意識がなければ、

個人としての選択を重視する以上は

こどもが増えることはないのではないか。



これは


文明社会の運命なのだろうと思う。


政治的に黙ってみているという選択肢がないのは
わからないでもないが、

抗うことでどれだけの効果が得られるのかは
疑問しか残らない。


こどもを増やしたいのなら、

家庭にお金と余暇を与え、
こどもを持つことを選択の余地なく
できるだけ当たり前に。


勉強ができなくても生きていける世の中に。


人はなんでも自由に選べる状況だと
逆に何を選んでいいかわからなくなってしまい、
選択肢を与えられたほうが選びやすくなるという。


全員に自由を与えられた世の中は逆に窮屈で、
みんなが同じ方向を向いていて
同じような生活をしていたかつての暮らしのほうが、
大多数の普通の人達にとっては
暮らしやすかったのではないか。


幸せがなにかわからなくなってきた世の中で
普通に子を産み、育て、老いていく、
人間の営みに立ちかえることに、
もう少し重きを置いてもいいのではないだろうか。