『二十歳の原点』高野悦子

読みました。
どーんと心に沁みました
独りであること、未熟であること、それが私の二十歳の原点である。
こんな文頭で始まる高野悦子さんの日記は私がうまく表現できなかった葛藤がほとんどすべて書いてありました。
同じように考え、同じように悩んでいる人がいるのだなと安心しました。
この年代に多い悩み、と大人に相談してもそういわれるが、本当にいるのか?こんなこと考えているひとが。と思っていました。
小学6年生に読んで以来、一番お気に入りであり自分に一番合っていて大切で、ああやっぱり表現できない、でもまあ、なんていうか、一番の本は「どろぼうの神さま」でしたが、それに並んでお気に入りの本になりました。
お気に入りという表現は全く適切ではないけれど。

高野悦子さんは同い年とは思えないくらい文章のセンスがある。
あれだけ一貫して何カ月も同じ口調で同じ雰囲気で書けるのもすごいし、表現も多様でわかりやすくて、読み易くて、博識で・・・。
すごいなあ。
詩も知っている。
私は一時悩んでも次の日にはすぐ忘れている。
友達関係や恋愛関係の悩みなどはそりゃあまあ解決するまで悩むけれど、世の中の不条理に対する悩みとか生に対するエゴだとか、教育問題についてだとかはもって一晩。
すぐに忘れてしまう。
でも高野さんはずっと考え続けられてすごいなあと思う。
でも、だから、自殺してしまったのかなあ、とも思う。
面倒くさがりが悪いところだな、と反省しました。
学生運動、いいなあ。
やりたいなあ。
若いエネルギーと世の中に対する不満を思いっきり発散したい。
同じ思想をもった仲間でわいわい集会して、デモやって、破壊して。
これぞ青春。
やってたら楽しいだろうなあ。
傍から見たら馬鹿だろうなあ。
まあ学生運動は無意味でバカらしくて迷惑だから絶対にやらないけど。左寄りでも右寄りでもないし。
でも学生運動があった時代だからこそ、たくさん考える機会があっただろうな。
否応なしでも環境がそうなる。疑問をもつ。すべてに。
一人ひとりが真剣に考える。
今はどうだろう。
勉強しよう。本を読もう。明日図書館いこうっと!そしてシアンクレールにいってジャズをリクエストして、コーヒー飲んで、朝日ジャーナルを読もう。
帰りにどこかでウィスキーを飲もう。
三杯飲んだら帰宅して、タバコを呑もう。

思った以上に支離滅裂なブログになってしまった(´・ω・`)
チラシの裏に書こうか、ブログに書こうか迷って公共電波に乗せて書いてみました。