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チョン・ジヒョン(全智賢)演じる「彼女」には名前がない。韓国語の「猟奇」はヨプキと発音するらしい。だから、ヨプキの彼女、と呼ぶ。韓国人の男には評判が悪い。「コピ マショ!(コーヒー飲め!)」と男に言うような女が好きか?と逆に問い返される。「俺の彼女だったら絶対殴る」。

韓国人の男は想像以上にマッチョだ。この映画の中でも「ヨプキの彼女」のお父さんが、一家で力を握っている描写がある。母親がいろいろ言いたくても、父親を差し置いてキョヌに話しかけたりすることはない。目上の人の前でたばこを吸うこともはばかる国柄だ。儒教の礼節が生きている。親を大事にし目上を立てる。男はメンツを重んじる。

そのような国で、「ヨプキの彼女」は受けた!!あのキャラクターはいままで見たことがない。韓国語の「パンマル(ため口)」を使って男に命じる可愛い女の子!俺にとっては最高のキャラクタだ。

韓国の妖精!チョン・ジヒョン。この人の姿の美しさに惹かれる。韓国人が好む前髪をたらさない髪型。手足が長く抜群のスタイル。整形が当たり前の韓国芸能界で整形をしていない女優ということでも有名だ。

韓国では勿論、香港、上海でこの映画は大人気だったという。韓国の女子に絶大な人気を博し、今でもチョン・ジヒョンはテレビのCMクイーンだ。

相手役のテ・ヒョンも優しく面白いキャラで女子に人気がある。韓国人の女子大生に聞いたら、テ・ヒョンが一番好き♪と目を輝かせていた。

韓国の社会では女子が「ヨプキ」に振る舞うことは絶対のタブーだ。だから大胆で痛快な「ヨプキの彼女」に支持が集まったのだ。

この作品は爽やかなラブ・コメディだ。奔放で大胆な可愛い女の子に振り回されるお人よしの男子。なぜ「彼女」が「ヨプキ」な行動をとるのか解らない。何かか苦しんでいることが解るけれどその行動は予測できず突拍子もない。

その行動の全部が俺の心を揺り動かす。あんな子に振り回されてふらふらになってみたい。

なかなか二人の関係は進まない。そこがまたいい。売春婦ではない、きちんとした女子高校生に薦めることができる。淡い恋愛の陶酔感が過不足なく描かれる。二人は手を握りあうこともしない。唯一抱き合う二人。「ヨプキな彼女」は「誰が抱きついていいって言った!」とパンチを浴びせる。殴られてこの上なく嬉しそうな顔のキョヌ♪泣き笑いが押し寄せてくる素晴らしい場面だ。

この映画が大好きだ。劇場で三回見て、中国語版のVCD、韓国版のDVD、日本版のDVDまで持っている。サウンド・トラックのCDがまたいい。I bleave.のバラードが最高。聞いて口ずさんでは泣いています。感傷に浸りたいときにぴったり。

俺の韓流は「ヨプキ」です。

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まったくこの前見たゾンビ映画のような状況がいまも起こっているのだ。改めて思う。俺にとって、映画と事件事故報道に差はない。どちらも現実の一面を映し出し、娯楽として消費する。たとえ、下品なゾンビ映画ですら、これほどリアルに現実を捉えていることに感慨を覚える。

この映画を見たことは記事にすまい、と思っていた。だってかっこ悪いんだもん。悪趣味なゾンビ映画なんか見るの?って思われないかな、って。でも、今度のは、ジョージ・A・ロメロ監督の、悪趣味にも念が入った作品だと言うことで、見たんです、はい。前作の「ドーン・オブ・ザ・デッド」もDVDで見ました。悪趣味です。

夏休みに行ったのだが、混んでいる。この手の映画は人気があるようだ。子供のカップル(高校生ぐらい?)が多い。子供は悪趣味なのか?あ、俺が悪趣味か・・・。いや、俺が子供じみているのか。。。とにかくすまん。

なぜ記事にしたかというと、ハリケーン・カトリーナだ。今回の作品はゾンビたちがわずかばかり知性をつけて、人間たちを襲撃する映画なのだ。テロリストも出てくる。「亡国のイージス」のように、ゾンビ退治の要塞のような車を、寝返った傭兵が乗っ取り、街を破壊することを引き替えに金を要求したりする。現代の恐怖をさまざまに扱っている。要所要所にうわっ!!とゾンビが出てきて、ばんばん撃ち殺す。シューティング・ゲイムと同じよ、という台詞も出てくる。ゾンビが街になだれ込んでくる映像はすごかった。怖いよ、まったく。

さまざまな寓意を読み取ることも出来る。低所得貧困層、黒人やヒスパニックなどの被差別層が白人を襲う暗喩だ、とかなんとか。

漠然とした社会不安を表現しているとか何とか。蘊蓄もこじつけることは出来よう。

それらすべてを打ち砕いて、現実のハリケーン被害と、人間のあさましさに驚いている。再三、俺の記事に「ゾンビ」と書いた理由はそこにある。

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「恋」に落ちることはいつだってある。「恋」に何か下心があるのではなく、はっと気が付くと「恋」に落ちている。年齢や状況にかかわらず。

ビル・マーレイ演じるしょぼくれた中年男。なじめない奇妙な町、東京に来て、途方に暮れる。同じ東京のホテルでよく見かける若い女。スカーレット・ヨハンソンが儚げに演じている。結婚二年目で夫の仕事について来たが、ほったらかされてばかり。孤独感にさいなまれている。
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少しづつ交流が生まれ、いつしかお互いを意識する。この、ぞわぞわする感じが巧妙に描かれている。俺も男だから、スカーレットが気になって、だんだん意識していく心理が手に取るようにわかる。
     
絶対にスカーレットに手を出してはいけない。抑制する心。エレベータの中の距離。ほんの少しの接触。おやすみ、と言って、ドアを閉める気持ち。同じベッドで横になっても、触れないようにする配慮。(でもちょっと触るけど)。手の届くところにある「智恵の木の実」を手に取ることは許されない。

本当に「恋」してしまうと、すごく苦しいものだ。それが、若者たちの祝福された関係なら問題はない。片思いであったり、避けるべき関係であったりすると苦しみは増す。
 
そのことがよくわかっているので、自制するのが大人だ。安っぽい90分サスペンスのように、恋に狂い、すべてを破壊し尽くす物語もあるだろう。世間の痴話げんか、怨みによる殺人、不倫の末の家庭崩壊など、自制心を欠いたくだらない物語は掃いて捨てるほどある。

その際どいところを、どのようにやり過ごすかが見事だった。別れがたい。でも離れなくてはならない。言い残したこと、未練が残る落ち着かない気持ち。ぞわぞわしっぱなしだ。切ない気持ちがわいてくる。どうしたらいいのかわからない。理性ははっきり「さよなら」を告げている。

映画を見てください。

最後の場面で、主人公の二人が味わう「これでよかったのだ」という思いが、見ている側にも涌いてきます。ほろ苦いけれど満足です。これでよかった。俺は納得した。これでいいのだ。俺もこうしよう♪
     
俺のよく知っている東京の風景が背景だ。外国人が味わう日本のカルチャー・ギャップねたも面白い。外国人にとっては、爆笑のコメディだ。仕事で外国人を連れて東京を歩くが、彼らの見る東京はこんな感じなのだろう。地下鉄の表参道のホームにスカーレットが立っているなんて!ヨドバシカメラの前を歩く二人とか!!シュールな感じがします。

ホテルのロビーでお別れする場面でエレベータが閉まるところ、凝った映像で素敵でした。

エンド・ロールの最後に、いかにもアメリカ男が好みそうな、skinny asian girl の笑顔が出るのがご愛敬。ステレオタイプだなあ!

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なぜ見たのかは聞かないでくれ。

気持ち悪かった。不潔なのと、グロテスクなのとで嫌になる。恐怖の場面も日本のホラーを見ているので、少しも驚かない。声をひそめておいて、いきなり大声で「犯人はお前だ!!!」とやるネタがあるでしょう。あんな感じで読めちゃうんですよ。高校生女子が5人ぐらいで見に来ていたが、だれも一言も悲鳴を上げなかった。いいサンプルだと思って観察していたのですが。。

ホラーとして語ってもしょうがないので、映画から見えるイギリス社会のあれこれを書き留める。

地下鉄ホームに取り残された主人公の女性が恐ろしい目にあう話。最初の敵が、仕事の仲間でコカインを常用するような男。イギリスでは合法なんだ。そいつが、主人公を地下鉄の駅で待ちかまえていてレイプしようとする。頭悪いよ、まったく。スーツ着て、コカインをきめながらだよ。そんな社会なのかよ。

地下鉄のチケットを買うのがめんどくさい。高額紙幣で買えない機械があって紙幣両替機に行け、とか言われる。で、そーゆー場所には乞食がいて、半日パスを売りつけたりする。もちろん終電近くだし、得か損かは値段によるのだが、めんどくさければそれを買ってしまえばいい。

ここで主人公のサラリーマン階層の行動を見る。1.5ポンド、という言い値を20ポンドで買うのだ。この女、何かというと財布を出して、相手を動かそうとする。そのチケットを買おうとした別の女は、負け惜しみに、違法よ、とか言う。負け惜しみを言うところが、イギリス女性、という感じがする。それも、違法だ、という言いぐさが。

地下鉄駅構内のちょっとしたスペースにホームレスが住んでいる。ぴっぷぴっぷしゃべるスコットランド訛りだ。なるほどね。下層階級はスコティッシュなんだ。その男に、50ポンド出すから、警備員室に連れて行け、と命じる主人公。金ですよ。ホームについて、さっきのレイプ男を線路から引き上げてもらうために、もう50ポンド払うわ、だって。すごいね。こんなに金を貧乏人にくれてやる映画ははじめて見た。

最後に、助かった主人公、地下鉄のホームに、泥まみれ、ぼろぼろの格好でへたり込んでいる。始発電車に乗る通勤客の足が見え、仕立ての良さそうなスーツの男が近寄ってくる。「May I help you?」じゃないんだよ。手に何枚か入れたコインを女の脇にすっと置いていくだけ。格好いい!乞食に金をやるマナーを見たよ。日本もそのうち、イギリスのようなすさんだ社会になるだろう。そのとき、ホームレスに格好よく金を置く仕草を見た。

この映画で殺されるのは、汚い下水道の現場作業員の白人、その仕事に就いたばかりの前科者黒人、スコッティッシュ・ホームレス二人、コカイン・レイプ野郎(白人サラリーマン)、電車の運転士、駅のどうしようもない警備担当者、おそらく元医師。

主人公の白人はドイツ系と言っていた。こんなところで。。。ご退屈さま。

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香椎由宇がかわいそうだ。こんなくだらない企画に、客寄せ、金集めのために入れ込まれて、身の丈に合わない「女子高生」を演じさせられる愚劣。香椎由宇の 女子高生姿なんか見たくない。日本人のロリコン志向を嫌悪する。香椎由宇にはきちんとした大人の役を与えるべきだ。香椎由宇の資質を生かせるクリエイター が日本には一人もいないのか?暗澹たる気持ちになる。
        リンダ
ゴミだらけの部室。無責任で身勝手なガキども。汚らしいバンド崩れの大人。音楽への愛情も熱意も感じられない。薄汚れた校舎。抜けの悪いくすんだ映像。悪趣味なギャグ。若者や音楽業界に媚びた最悪の映画だ。

監督がどうのこうのと蘊蓄を語るのが嫌いだ。しかしこの作品は監督の資質を考えずにはいられない。出来損ないポルノ映画を撮った監督の、出来損ない「青春映画まがい」がこれだ。見るも無惨!

監督の興味はどこにあるのか。「ブルーハーツ」の歌にだって、何の思い入れも感じられない。どこにでもいる高校生のつまらない日常をだらだら描く。モラルの話ではない。雑然として、だらしない、幼稚で、きまぐれな、見るに値しない日常をことさら描く。出演者がなにより楽しそうではない。わざとそうしているのだろうが、ふてくされた顔ばかり、意味ありげに映す。鬱陶しい。

俺は何の関心ももてない。身の回りの子供たちのほうがよっぽど生き生きしている。死んで腐った嘘のリアリティに金を払う価値はない。

美しい映像が一つもない。心に迫るエピソードが一つもない。面白い場面が一つもない。音楽の良さを感じる場面がない。バンドの楽しさを感じない。達成感がない。ごみや雑然とした場所ばかり撮る。愛らしい女の子が一人も出てこない。小生意気なわざとらしい不快な幼児が二人も出てくる。心に残る台詞が一つもない。意外な展開が一つもない。懐かしく思う場面が一つもない。爽やかさをすべて殺している。

2時間、苦痛を強いられた。時間の無駄。実際の日常よりも意味を感じない映画を見るなんて最悪の体験だ。

子供に係わる大人の汚らしさも見たくない。バンド崩れの小汚い男が、ゴミだらけの車に乗って出てくる。わざわざ汚物ばかり見せる監督のセンスを嫌悪する。気安く、香椎由宇の肩に触るんじゃねぇ!!!!!

監督自身の、高校時代ってのは、みんなこんなふうにもどかしく、いい加減で、なんか懐かしいもんだ、程度の思い入れで作った演出だろう。卒業アルバムを懐かしんでいるようでよかった、という感想も聞いた。そういう感傷が嫌いだ。どうです、なつかしいよね、とべたべた媚びてくる奴らが大嫌いだ。いいかげん卒業しろ!!!

どうせお前は、いつも真剣に動く他人ばかり見てきたのだろう。当事者になることを徹底して避け、傍観者でいたのだろう。その見てきただけのものを、映画にしたのがこれだ。古くさいNHKのドキュメンタリでも撮ってればいい。自分の思い入れだけの深刻ぶった青春もの。すぐ公民館で車座になって話し合いする、あれだよ。村の青年団の寄り合い。あんたにはそれがお似合いだ。

監督と同じ生き方をしている人は共感するかも知れない。俺はそういう奴らが大嫌いだ。監督は試写を見て泣きそうになったそうだ。気持ち悪い。オナニーじゃん!!!!!最悪の表現で罵っておく。

香椎由宇さんの美貌だけが際立って、「掃きだめに鶴」とはこのことだ、と思った。それ以外、見る価値なし。この駄作を見てしまったことは早く忘れて、香椎由宇さんの次回作に期待したい。

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絶対、見に行く「リンダ リンダ リンダ」

「ローレライ」はついに見ることが出来なかった。残念だ。香椎由宇さまの美貌をスクリーンで見たかった。

美女。音楽もの。俺のツボだ。

予告を見たが、香椎由宇の美貌のスケールが、ちゃちな女子高生姿にはおさまりきれない感じがする。浮き気味。声の落ち着いているところもいい。俺はブルーハーツも好きなので期待したい。

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パトリシア・ハイスミスの小説 The Talented Mr.Ripley の映画化。先行作品として「太陽がいっぱい」がある。アラン・ドロンの美貌とニーノ・ロータの音楽で一世を風靡した。

「太陽がいっぱい」のディッキーはまさしくアホなぼんぼんだ。マット・デイモン主演「リプリー」の、ジュウド・ロウ演じるデッィキーはチャーミング!誰でもディッキーと仲良しになりたいと思う。

そのため、ディッキーがいなくなってからは、映画全体が精彩を欠き、ボーンシリーズでは頭のいいマット・デイモンが愚鈍に見えてしまう。美しいケイト・ブランシェットも出てくる。ゴージャスな配役だ。

俺はパトリシア・ハイスミスの小説が好きで翻訳されたものは全部読んだ。「太陽がいっぱい」と「リプリー」では結末が違っている。原作通りなのは「リプリー」である。

原作通りのあまり、映画としてはつらい展開になっている。見るのが厭わしい犯罪場面が続き、後味が悪い。

小説では、リプリーに感情移入がなされ、緊迫した中で危機を乗り越える。機転で難局を切り抜けることにカタルシスがある。善悪ではなく、置かれた状況を解決していくことに関心が向くのだ。

映画ではリプリーのまわりの人物にもそれぞれ魅力を感じる。小説では描写されない、家具や調度、風景、人物の表情、声、口調のすべてが目に入ってくるため、リプリーの内面に集中できない。

映画と小説の表現の違いを感じて興味深い。

最新作「クローサー」で、ジュウド・ロウは売れない小説家を演じている。実に嫌な男で腹が立つ。かっこよさは変わりませんが。。。
エンドロールは最後まで見るべきだ。この映画の本質がわかる。

最初から、この話は不幸の連続なので席を立つなら今だ、といわれたら絶対に最後まで見る。原作もそのようにうまいフックを使っている。

悪ふざけのような不幸さ加減が面白い。エピソードごとに「怪人」ジム・キャリーが、CGのように動き回るのが見もの。皮肉の効いたブラックなファンタジー。俺はこの作品が大好きだ。

昔懐かしい怪人二十面相と少年探偵団。様々なヒーローものも同じ構造になっている。ショッカーと仮面ライダー、マグマ大使とゴアの関係。

間抜けな、でもちょっと怖い怪人と闘う子供たち。協力することで怪人の悪巧みをことごとく粉砕する。そのたびに、怪人は「今度こそ」と誓う。続く。。。というわけだ。

サキの短編に「話し上手」というのがある。子供に教訓のある話をしようとして失敗する母親を差し置いて、なんの教訓もない出鱈目な話をして子供の興味を引きつける、という短編だ。

大人にとってはもちろん、子供にこそ、立派な主人公が、努力の末幸福になるような話は、もはや何の興味も引かない。自分のいい加減さを責められているようでうるさいからだ。

西欧文化では、厳然と、子供、大人が分けられていることを感じる。俺は日本の甘ったれたガキが大嫌いだ。この映画の子供たちは、子供として活躍するのがいい。大人も子供に阿ることをしない。

作品の最後に「教訓」が押し寄せる。のしかかる災難を、不平も言わず協力して切り抜けてきた子供たちを見ていたからこそ、大人もその「教訓」に胸を打たれ涙を流す。

私は泣きました。
これはひどい作品だ。

黒人が主人公で、大統領を目指そうと言うぐらい出世したのに、結局は幼なじみの麻薬ギャング仲間が頼りになって助かった、というふざけた作品。

ジョン・リスゴー が、狂った復讐者を演じているがこのシナリオではやりがいがないだろう。

たまには、不味いものも食べないと、うまいものがわからない。授業料を払った。

一攫千金を夢見た主人公たちが、いかさまギャンブルで悪党に50万ポンドもの負債を負わされる。しかも数日間で返さなくては命も危険だ。さて、どうやって金を工面するのか。サスペンスのはじまりだ。


銃が好きな悪党の親分と手下、仕事熱心で子煩悩な取り立て屋、残忍な麻薬の売人組織のボス、その下請けでマリファナの栽培をしているぼっちゃんたち、そのマリファナを横取りしようという物騒な隣人たち、スコティッシュ訛りのドジな二人組。


それぞれの登場人物たちの思惑が少しづつ掛け違い、抱腹絶倒の珍場面が展開される。


私のお気に入りは、ドジな二人組。行動もしゃべりも、すごく可笑しい。ジャンキーのグロリアという女の子もここぞというところで笑わせてくれます。引っ越し屋の制服がベージュのコート、というところがイギリスっぽい。


メアリー ポピンズでも、煙突掃除人にお決まりの黒ずくめの衣装がありましたね。人を見かけや身なりだけで判断する社会だということを思わせる。


死体がゴロゴロ出るが、この映画は犯罪サスペンスではない。スラップスティック コメディだ。ヒチコックの「ハリーの災難」のような、人をくったブラックユーモアも含まれている。イギリス人好みなのだろう。


たくさん仕掛けられているギャグのタイミングが良く、哄笑を誘う。大笑いしてすっきりしたい方におすすめです。


この映画が気に入ったら、タランティーノの「Pulp Fiction」や「True Romance」もぜひ見てください。気に入っていただけることを保証します!