書けるときに書いておかなくちゃ。
自分語りです、すみません。
けど、このまま私の考え方の大元を示さないままブログ書いても仕方ないなと思って。
最近の私の息抜きは専らスタバ

甘いものは苦手なので、基本ドリップコーヒーしか頼みませんが…
朝お姉ちゃんを幼稚園に送っていき、
ウトウトしているМをベビーカーに乗せて、スタバでぼへ~っと座っているのがリラックスタイム。
基本私はネガティブな人間でした。
学生時代に理想と現実のギャップに苦しみ、神経症患って服薬した履歴もあります。
それを乗り越えることが出来た自信が今の私に繋がっています。
神経症を克服してからМの事があるまで、基本明るく生きてきました。
何とかなるやろーって、ネガティブとは正反対の考えになることの方が多かったです。
今付き合いのある周りの人も、私の事を明るくて面白い人だと言ってくれる事が多いです。
ボケとツッコミを日常に生きてきた人間だということもあるからかもしれません。
でも、Мの出産では何ともなりませんでした。
Мは私が妊娠中に無理をしたから早産になって、
しかも脳に酸素がいかなくて血流が悪化しPVLになった、私のせいだと今も思います。
しんどいなーって思ったのに、「二人目妊娠した人はみんな乗り越えてるから」って、
あれもこれもと頑張り過ぎていたと思います。
旦那にも実母にも助けは求めましたし、妊婦健診でも「お腹が張るんです」と訴えましたが、
1人目の出産が安泰過ぎて心配されていませんでした。
PVLの告知を受けてしばらくは現実を直視することなんて全然できなかったし、
ネガティブになって、胸が張り裂けるというよりは締め付けられて死ぬんちゃうかと思うレベルで苦しかったです。
いっそ本当に母子ともに事故で死んでしまえば楽なのにと思ったり。
重要なのは「死にたい」のではなくて不慮の事故で死ねればいいなーってとこ。
積極性はない。つまり本心は死にたいなんて思っていなくて、
それほどまでに現実を、今を、未来を変えたいと思っているというところ。
今でもふとした瞬間にネガティブモード発現してます。
そんな時は無理してポジティブに戻そうとは思いません。
無理することが、後でどんな反動となって返ってくるか、よく知っているから。
そのうち無理しなくてもポジティブに捉えられる日が来るのも知っているから。
無理をするのは子供達に見せる笑顔だけです。
それよりもしんどいんだったら、少しくらい子供二の次で自分の時間作ろう、と思います。
今よりもほんのちょっと気持ちが楽になれば、その少しの余裕を子供に回せる。
それが、私にはコーヒー飲んでボケ~~~っとしてる時間ってこと。
Мの機嫌によっては、それが朝なのか昼なのか、深夜なのかの差はあるけど…
前向きに前向きにって唱えすぎて、余計にしんどくなることだってある。
しんどい気持ちも認めてあげなくちゃ。
これが多分レスパイトとかの考え方になっているんだろうなぁと想像するんですが…。
コーヒー飲んでも、Мは今のМのままで、突然発達が進むことはないけど。
飲まずにイライラしてても、МはМのままなんだったら…
私がコーヒー飲むたびにМが退化するとかじゃないなら(笑)
コーヒー飲んで泣いても、それは自分にとって有意義な時間なんじゃないかなぁと思う訳です。
二人目も健常児を産んでいたら、きっと気付けなかった世界。
自分がいかにぬるま湯に浸かってきたか。
周りからも「当然健常児が生まれている」体で話題を振られる世界。
30代も半ばにして、ようやく知ることができた。
(先日初めて小学生男子にオバチャンて呼ばれました
)
知識はあっても他人事として捉えていた昨年までの自分がバカだったとは思わないけど、
今の私は昨年よりも視野は広がったし、これからも自分の知らなかった業界と付き合うことになるんでしょう。
これからもМの事で色々ショックを受ける出来事はあるだろうし、泣くこともあるでしょう。
祖父母や親戚、親しい知人へのカミングアウトもありますもん…。
でも喜べることだってあるはず。
今日も、コーヒー片手に乗り切ります。
いつか今日の出来事を笑える苦労話として思い出に出来る日まで。
自分語りです、すみません。
けど、このまま私の考え方の大元を示さないままブログ書いても仕方ないなと思って。
最近の私の息抜きは専らスタバ


甘いものは苦手なので、基本ドリップコーヒーしか頼みませんが…
朝お姉ちゃんを幼稚園に送っていき、
ウトウトしているМをベビーカーに乗せて、スタバでぼへ~っと座っているのがリラックスタイム。
基本私はネガティブな人間でした。
学生時代に理想と現実のギャップに苦しみ、神経症患って服薬した履歴もあります。
それを乗り越えることが出来た自信が今の私に繋がっています。
神経症を克服してからМの事があるまで、基本明るく生きてきました。
何とかなるやろーって、ネガティブとは正反対の考えになることの方が多かったです。
今付き合いのある周りの人も、私の事を明るくて面白い人だと言ってくれる事が多いです。
ボケとツッコミを日常に生きてきた人間だということもあるからかもしれません。
でも、Мの出産では何ともなりませんでした。
Мは私が妊娠中に無理をしたから早産になって、
しかも脳に酸素がいかなくて血流が悪化しPVLになった、私のせいだと今も思います。
しんどいなーって思ったのに、「二人目妊娠した人はみんな乗り越えてるから」って、
あれもこれもと頑張り過ぎていたと思います。
旦那にも実母にも助けは求めましたし、妊婦健診でも「お腹が張るんです」と訴えましたが、
1人目の出産が安泰過ぎて心配されていませんでした。
PVLの告知を受けてしばらくは現実を直視することなんて全然できなかったし、
ネガティブになって、胸が張り裂けるというよりは締め付けられて死ぬんちゃうかと思うレベルで苦しかったです。
いっそ本当に母子ともに事故で死んでしまえば楽なのにと思ったり。
重要なのは「死にたい」のではなくて不慮の事故で死ねればいいなーってとこ。
積極性はない。つまり本心は死にたいなんて思っていなくて、
それほどまでに現実を、今を、未来を変えたいと思っているというところ。
今でもふとした瞬間にネガティブモード発現してます。
そんな時は無理してポジティブに戻そうとは思いません。
無理することが、後でどんな反動となって返ってくるか、よく知っているから。
そのうち無理しなくてもポジティブに捉えられる日が来るのも知っているから。
無理をするのは子供達に見せる笑顔だけです。
それよりもしんどいんだったら、少しくらい子供二の次で自分の時間作ろう、と思います。
今よりもほんのちょっと気持ちが楽になれば、その少しの余裕を子供に回せる。
それが、私にはコーヒー飲んでボケ~~~っとしてる時間ってこと。
Мの機嫌によっては、それが朝なのか昼なのか、深夜なのかの差はあるけど…
前向きに前向きにって唱えすぎて、余計にしんどくなることだってある。
しんどい気持ちも認めてあげなくちゃ。
これが多分レスパイトとかの考え方になっているんだろうなぁと想像するんですが…。
コーヒー飲んでも、Мは今のМのままで、突然発達が進むことはないけど。
飲まずにイライラしてても、МはМのままなんだったら…
私がコーヒー飲むたびにМが退化するとかじゃないなら(笑)
コーヒー飲んで泣いても、それは自分にとって有意義な時間なんじゃないかなぁと思う訳です。
二人目も健常児を産んでいたら、きっと気付けなかった世界。
自分がいかにぬるま湯に浸かってきたか。
周りからも「当然健常児が生まれている」体で話題を振られる世界。
30代も半ばにして、ようやく知ることができた。
(先日初めて小学生男子にオバチャンて呼ばれました
)知識はあっても他人事として捉えていた昨年までの自分がバカだったとは思わないけど、
今の私は昨年よりも視野は広がったし、これからも自分の知らなかった業界と付き合うことになるんでしょう。
これからもМの事で色々ショックを受ける出来事はあるだろうし、泣くこともあるでしょう。
祖父母や親戚、親しい知人へのカミングアウトもありますもん…。
でも喜べることだってあるはず。
今日も、コーヒー片手に乗り切ります。
いつか今日の出来事を笑える苦労話として思い出に出来る日まで。