2006-01-19 23:41:19

小説 『銀河ヒッチハイク・ガイド』

テーマ:SF小説
ダグラス・アダムス, 安原 和見
銀河ヒッチハイク・ガイド

 

 

 SFの全盛期を支えたアイザック・アジモフロバート・A・ハインラインの本格的なSFが忘れられ死に体になって久しい。アニメやゲームの世界がSFの代名詞になってしまった。時間的にも空間的にも壮大なスケールを誇っていたSFの世界は、雑誌や画面の中に画一化され、もはやSFと言うのさえ憚れるほどにドンドン小さくなって、いつ消え去ってもおかしくない。
 
 明るい未来を空想させてくれるのがSFだった。希望に満ちあふれ、未来はバラ色だった。人類に不可能はなく、行く手を遮るものはなかった。人間が銀河中にウィルスのように蔓延するはずだった。限りなく神の存在に近づくことができていた。
 
 夢を語っていたSFがいつの頃からか警告を発信する手段になってしまった。地球は破滅に向かっていると誰も彼もが声高く叫ぶ。かつての恐竜のように、地球を跋扈している人類の時代は終焉を迎えつつあると訴える。衰退の速度は速まるばかりだ。人類の未来は急降下し、夢は人々を苦しめるものでしかない。
 
 なぜ未来は暗闇なのか。なぜ明かりをつけようとしないのか。ひとつのパターンに縛られることはない。もっと多用な未来を思い描け。豊かな発想こそが必要なのであり、悲嘆に明け暮れることは自分で自分の首を絞めるのと同じなのだ。決してアニメやゲームの世界の延長線上に未来があるのではない。涙を流すロボットだけが未来の姿ではない。
 
 突飛な創造力を受け入れるだけの器が一番問われるべきだと思う。自分からはみ出す発想を拒否するのではなく、試されているのだと気持ちを引き締めて欲しい。SFに決まったパターンがあるわけではない。

 

 そう、試されているのだ。

 

 既成概念で語ってはいけない。馬鹿馬鹿しいのではなく、飛びすぎているだけなのだ。それでも拒絶反応を起こす自分を肯定するのか?


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 銀河ヒッチハイク・ガイドの大まかな成り立ち


1978年3月、BBCのラジオドラマが初出。カルト的人気を得る。
1979年 The Hitchhiker's Guide to the Galaxy (小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』)、刊行。
1980年 The Restaurant at the End of the Universe (小説『宇宙の果てのレストラン』)、刊行。
1981年、テレビのミニ・シリーズとして放送される。
1982年 Life, the Universe and Everything (小説『宇宙クリケット大戦争』)、刊行。
以下、3部作の4作目、5作目として以下の続編が出版されているが邦訳されていない。
So Long, and Thanks for All the Fish
Mostly Harmless

 

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小説のあらすじ

 

ダグラス・アダムス, 安原 和見
銀河ヒッチハイク・ガイド

 

小説「銀河ヒッチハイク・ガイド」

 

 アーサー・デントは地球がヴォゴン人によって破壊される直前に、宇宙人だったフォード・プリーフェクトとヴォゴン人の宇宙船にヒッチハイクする。二人はそこから宇宙に放り出されるが、<黄金の心>号に拾われる。最新鋭の不可能性ドライブを搭載した<黄金の心>号にはこの宇宙船を盗んだ宇宙帝国大統領のゼイフォード・ビーブルブロックス、彼にナンパされた地球人女性トリリアン、鬱ロボットのマーヴィンが乗船していた。

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 ゼイフォードが探していた伝説の惑星マグラシアに偶然到着する<黄金の心>号を狙った熱核ミサイルは不可能性ドライブでペチュニアの鉢とマッコウクジラに変身する。
 ゼイフォードたちはアーサー・デントとマーヴィンを残してマグラシアの探索に出かけるが捕らえられる。
 アーサー・デントはマグラシア人のスラーティバートファーストと出会い、マグラシアの中心部にあるハイパースペースの惑星製造工場を見学する。
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 超知性汎次元生物が人生の意味を解明するために建造したスーパーコンピューターのディープ・ソートは750万年間計算して「42」と答えた。そして、答えの意味がわかるには『究極の問い』を計算しなければならないという。その計算のためにディープ・ソートは「無限にして精妙な複雑さを備え、有機生物そのものが演算基盤を構成する」最高のコンピューターを設計した。コンピューターの名前は『地球』。しかし、1千万年後、答えの出る5分前に地球はヴォゴン人に破壊された。
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 ネズミの姿の超知性汎次元生物はアーサー・デントの脳からその答えを導き出そうとするが、ゼイフォードを追ってきた宇宙警察に邪魔される。マーヴィンが警察船のコンピュータを自殺させてアーサー・デントたちは<黄金の心>号で逃げる。

 

 

ダグラス・アダムス, 安原 和見
宇宙の果てのレストラン

 

 
小説「宇宙の果てのレストラン」

 

 地球と地球に属するすべてを抹殺するためにヴォゴン人が<黄金の心>号を捕獲しようとしていた時、<黄金の心>号のコンピューターはアーサー・デントの要求したミルク・ティの分析で手一杯で、防御することも逃げ出すこともできなかった。ゼイフォードの祖父の幽霊に助けられて、ゼイフォードとマーヴィンは『銀河ヒッチハイク・ガイド』ビルに飛ばされる。
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 しかし、そこでもゼイフォードは追われて、ついにビルごと帝国政府に拉致されて、ゼイフォードはフロッグスター星系惑星Cにある人格を完全に破壊する事象渦絶対透視機に入れられるが、ゼイフォードに変化はない。透視機から出てゼイフォードはザーニウーブと会い、今までは人工宇宙だったと聞かされる。他のメンバーを乗せた<黄金の心>号はゼイフォードの上着のポケットに入っていた。ゼイフォードは怒ってザーニウーブを叩きのめして、<黄金の心>号に「いちばん手近で食事のできるところへ連れて行け」と命じる。
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 全員が気を失い、気が付くと宇宙の果てのレストラン<ミリウェイズ>にいた。元々彼らがいた場所には遙か未来にレストランが作られた。それが宇宙の果てのレストランで、<黄金の心>号の不可能性ドライブは命令通り一番手近なレストランに一歩も動かずに時間を飛び越えて到着した。食べられたがっている牛の肉を食べて、宇宙の終焉の少し前に駐車場に降りると、時間旅行をしなかったマーヴィンが5760億3579年間そこで待っていた。
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 真っ黒な宇宙船を盗むが、それはロック・バンド<ディザスター・エリア>のイベント用の宇宙船でクライマックスに太陽にダイブするように自動操縦装置がセットされていた。唯一残されたテレポート機でダイブ寸前にマーヴィンを残して全員が脱出する。
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 アーサー・デントとフォードは1500万人が冷凍睡眠している巨大な移民船にテレポートした。人口過密に悩んだ惑星から役立たずが「惑星の最後が近い」と騙されて移民船に放り出され、しかもその宇宙船は銀河の辺境の星に墜落するようにセットされていた。
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 ゼイフォードとトリリアンはザーニウーブのいる<黄金の心>号のブリッジに実体化する。ゼイフォードが宇宙帝国大統領になって<黄金の心>号を盗んだのには、ある真の目的があった。しかも、その目的を誰にも悟られないように、ゼイフォードは自分で自分の記憶を消し去っていた。ゼイフォードは完全に忘れていたが、祖父やザーニウーブと計画した真の目的とは、広大な無可能性フィールドに守られている真の宇宙の支配者に会い、代わりに成り上がることだった。宇宙の支配者と会見するが、ゼイフォードとトリリアンはザーニウーヴを残して立ち去る。ゼイフォードは宇宙の支配者になる気が失せていた。
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 移民船はある惑星に墜落した。アーサー・デントとフォードは惑星を探検していた。そこは200万年前の地球だった。宇宙からの突然の来訪者の出現で、地球に育った原住民の穴居人たちは滅びてゆく。墜落した移民船の生き残りが新たな地球の主人になってしまった。地球のプログラムが書き換えられてしまったのだ。
 アーサー・デントは袋からでたらめにスクラブルの文字を取り出すことで、脳波パターンに刻印された答え『究極の問い』を導き出す。得られた答えは「6かける9」。答えの「42」にはならない。地球というコンピュータに誤謬があったのだ。 

 

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ジェネオン エンタテインメント
銀河ヒッチハイク・ガイド

 

テレビのミニ・シリーズ

 

 発売されたDVDには6話が収録されている。そのうち、4話までは小説「銀河ヒッチハイク・ガイド」にほぼ沿っているが、ラストでコンピュータが爆発して直接「宇宙の果てのレストラン」に飛ばされる。残りの2話は小説「宇宙の果てのレストラン」からで、レストランを出てからはアーサー・デントたちの経験する地球人誕生秘話が主に語られる。ゼイフォードが経験する冒険譚はほとんど出てこない。

 

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ダグラス・アダムス, 風見 潤
宇宙クリケット大戦争

  

小説「宇宙クリケット大戦争」

 

 200万年前の地球でアーサー・デントは洞窟を住処に一人暮らしを満喫していた。フォードは地球をくまなく散策していた。
 数年後、時空連続対の反流(エディ)が発生し、二人は突然現れたソファと一緒に1980年代のロンドンのクリケット場に出現する。そこへ11体の白いロボットが現れ人々を殺してクリケットの三柱門の灰を入れたトロフィーを盗んでいく。
 スラーティバートファーストが現れ、宇宙の危機だからと二人に助けを頼む。
 奇跡的にマットレスの星に生還していたマーヴィンは義足を白いロボットたちに奪いさられる。
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 銀河の古代、暗黒星雲の闇の中のクリキット星人は夜空に星はなく、外に宇宙があるのを知らなかった。ある時偶然<宇宙船タイタニック号>が空から落ちてきて、他にも世界があることを知る。クリキット星人は墜落した宇宙船から技術を盗んでアッと言う間に1年で自分たちの宇宙船を完成させるとすぐさま宇宙のすべての生命体を抹殺する戦争を始めた。『何百何千という巨大なクリキットの戦艦が超空間からとびだして、何百何千という世界を攻撃』して、『絶対的な目標-クリキットならざるすべての物の破壊-に向かって途方もない速度で邁進した。』
 それでもとにかく銀河系は勝利して、惑星クリキットを永久に緩時間包囲膜に包み込み、三柱門の鍵をかけた。
 しかし、すべて破壊されたはずのクリキットの戦艦一隻が突然現れて鍵を盗もうとした。小競り合いの末、鍵と戦艦は分解され、時空連続体のなかに噴きとばされた。
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 かなりの時間が流れ、やがて戦艦が現実化して、その11体のロボットが分解された鍵の欠けらを集め始めた。
 アーサー・デントたちの努力も虚しく、『強さと力をあらわす鋼鉄の柱(あるいはマーヴィンの脚)、繁栄をあらわす黄金の横木(あるいは<黄金の心>号の無限不可能性駆動装置の心臓部)、科学と理性をあらわすアクリル樹脂の柱(あるいはアーガブソンの正義のしゃく)、銀の横木(あるいは”シリアスな映画のなかでまったく無意味にクソッツという言葉をつかったで賞のロリィ牌)、そして自然の精神性をあらわす灰から再構成された木の柱(イギリス・クリケットの死を意味する燃えた柱の灰)』は揃い、三柱門の鍵が再生された。

 クリキットは緩時間包囲膜から解放された。銀河の古い歴史を学んだトリリアンはアーサー・デントを引き連れてクリキットの支配者と対峙する。クリキットのロボットたちはマーヴィンが麻痺させていた。
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 200億年前。銀河がまだ若くてピチピチしていた時代。戦い好きのアーマーフィーンドという種族がいた。かれらはハクターと呼ばれる巨大コンピュータに"究極兵器"の設計を命じた。その爆弾は『全宇宙をひとつの超空間的超新星と化す』ことができた。しかし、実際にアーマーフィーンドがそれを使っても爆弾は爆発しなかった。ハクターは『爆弾を破裂させて生じる結果よりも破裂させないことで起ると想像される結果のほうがマシであると考え、それゆえ勝手に爆弾の設計に小さな欠陥をいれることにし』たのだった。アーマーフィーンドは納得せず、コンピュータをこなごなに砕いてしまった。
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 トリリアンはクリキットを裏で操っているのは粉々に砕かれたハクターだと見破る。ハクターはのどかな田園風景の広がるクリキットを養育し、無意味な憎悪を植え付け、"究極爆弾"を製造するように仕向けた。ハクターは『自分の機能をまっとうしようとし』た。そして、復讐したかった。『粉々にされ、何十億年ものあいだ、ほとんど動くこともできずに放置された。宇宙を消してしまいたかった』。
 ハクターはトリリアンにより重荷が解かれ消えていった。最後の爆弾がアーサー・デントに内緒で託されていたが、アーサー・デントは見破って遠くに投げ捨てる。
 アーサー・デントは牧歌的な田園世界に戻ったクリキットで楽しく暮らす。

 

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 小説「宇宙クリケット大戦争」はこれまでの作品以上に登場人物や小さな挿話の枝葉が多くて物語はとてもわかりにくい。



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2005-06-10 14:52:36

ドゥームズデイ・ブック

テーマ:SF小説
コニー ウィリス, Connie Willis, 大森 望
ドゥームズデイ・ブック〈上〉

 

コニー ウィリス, Connie Willis, 大森 望
ドゥームズデイ・ブック〈下〉

 

 


 タイムトラベルものの大長編SFです。今回は現代と中世のイギリスが舞台で、現代は未知のインフルエンザで、中世はペストの大流行で登場人物がバッタバッタと死んでいきます。主人公は最後まで亡くなりませんでしたが。
 
 この著者の作品を初めて読んだのは、『犬は勘定に入れません…あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』でした。その圧倒的な筆力に驚かされ、足跡を逆に辿る形で、『航路』、『リメイク』、『ドゥームズデイ・ブック』と読み進んだのですが、構成力のしたたかさには舌を巻くばかりです。

 
 読んだ順番がちょうど好きな作品の序列になります。そして、後になるほど耐えられなさが増加します。もし、逆に読んでいたら、恐らく、『犬は勘定に入れません』まで行き着かなかったでしょう。
 

 『ドゥームズデイ・ブック』のような残酷さの連続を耐えてまで読書したいとは思いません。次回作は9.11のテロ事件を扱うらしいので、これと似たような作品になるんでしょう。
 
 取りあえず、『犬は勘定に入れません』という愛読書に巡り会えたことに感謝します。

 

2003年 早川書房 コニー ウィリス, Connie Willis 著, 大森 望 訳

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2005-05-26 23:52:01

リメイク

テーマ:SF小説
コニー ウィリス, Connie Willis, 大森 望
リメイク

 

 

 近未来が舞台のSF。映画はすべて過去の映像を基にCGで作られるようになっていた。映像技師のトムはあちらこちらと映像を張り合わせ、ダンサー志望のアリスはいつか生身で踊る映画に出たいと一人で練習している。顔を張り合わせることはあっても生身の人間が登場する映画は製作されていないのに、無理を承知で、それでもアリスは踊り続けていた。
 
 この小説が下敷きにしているのは『カサブランカ』。
 手が届きそうで笑みだけ残して去っていくアリスはFred Astaireが亡くなった1987年生まれ。トムはいつも髪が輝いているアリスを追い求めるが、彼女のためにアリスを映像の世界に留め置く。一言声をかければ抱きしめることができるのに、彼女のためだからと黙って見守り続ける。あの映画のように行ってしまうアリスを手助けしたりする。ひたすら追い続けるだけ。
 戻ってこないとは知りながらも、架空のハッピーエンドで再会できるシーンを思い描くが、できることはアリスの姿を目に焼き付けることだけ。
 
 光ファイバーループとか、タイムトラベルとか反物質領域なんてのが出てきますが、それらはSFという調味料のひとつです。真の主役はハリウッドのミュージカル映画。小説が出版されたの1995年ですが、登場する映画はFred Astaireが中心の古い映画ばかりです。映画を知らなければ小説の面白さが半減するだけに余程の映画通でない限り意味不明な場面の連続で退屈するでしょう。大の映画好きの作者の私的な楽しみのための小説です、かも。
 よくわからないシーンが多いゆえに、繰り返しの多い作風はいつも以上に苦痛でした。
 
 
コニー・ウィリス著、 大森 望訳 早川書房刊

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2005-05-17 17:49:41

航路

テーマ:SF小説
コニー ウィリス, Connie Willis, 大森 望
航路〈上〉

 

コニー ウィリス, Connie Willis, 大森 望
航路〈下〉

 

 

 分厚い文庫が上下二巻、400字詰原稿用紙で2060枚だそうです。中身は三部に分かれていて第二部の最後で重要人物が死んじゃいます。余りもの驚きに第三部を夜更かしして一日で読み切りました。生き返らせてくれと願いながら読み進んだんですが、奇跡は起こりませんでした。生きるも死ぬも作者次第なのだからどうにでもなったものを、作者はこの小説のテーマ故にささやかな読者の望みを絶ち切りました。ラストに希望は残りますが、作者の鉄の意志がヒシヒシと伝わります。
 
 かなりメッセージ色の強い作品です。臨死体験を描きつつ科学的な解明を試みています。その信奉者からは確実に反論されてしまうような挑戦的な濃い内容です。それなのに有無を言わせない長大な小説として描ききってしまう作者のストーリー構成力は凄いの一言としか言い表しようがありません。二重三重に張り巡らされた伏線と驚きの展開には文句のつけようがなく、謎解きに持って回った語り口や隠し立てはないですし、謎の突起さと矛盾の多さに腹が立つこともありません。混迷する世界を描きながらすべてが計算し尽くされています。地面を這い回る蟻も重要な宇宙の一構成員であるように、一語一句はすべて重要な意味を持ち、積み重ねられることで壮大な世界が形作られます。
 
 登場人物達は隣接された二つの総合病院とひとつの看護学校が統合された大病院に勤務しています。建物の中は複雑怪奇な構造で内部をすべて知るものはごくわずかです。深まる謎と解き明かされる謎を追い求めながらあちらこちらとシナプスのように人々は行き交い、脳の内部を隠喩する複雑な構造の病院を彷徨います。

 
 自明の理なのに思い出せない事柄と行き違いになり出会うことのない二人。すべてが提示され分かりきっているのに、いざというときに見当たらない連絡通路。そこにあるのに手の届かない黄色いロープで通行止めされた階段。試行錯誤はエンエンと繰り返され、エレベーターを上に下にと乗り継いでも遠のく目的地。欠落した記憶はいつも邪魔者によって阻止され、閉ざされている情報はいつも閉まっているカフェテリア。知識の泉と魔法のポケット。不気味に扉が並ぶ廊下はいつも行き止まり。迷子。みんな迷子。
 

 解決のための糸口はどこからでも素早くどこへでも行けるようにすること。人を助けるためには誰も何処でも滞ってはいけません。立ち止まらないように。新しく建て直すことが出来ないのなら、自分ですべてを結ぶ直通ルートを見つけ出さなければ。知ることでやっと出来ることは多いから。多大な犠牲に報いるためには。
 
 
 地球上の大災害のいくつかは記録され細部にまで言及されています。残された生存者の貴重な体験談はどこまでが真実なのでしょうか。辻褄を合わせるために知らず知らずに作話されてしまった部分もあるでしょう。
 そして、生き返った人が持ち帰ったメッセージはなんのためにどこから発信され、誰に宛てられていたのか。
 
 
 奥深いテーマではあるんですが、それでも悲しい物語を読み進むのはつらいものです。魔法の薬は見え隠れしているのについに最後まで戸棚から取り出されませんでした。感動の大傑作であることは確かなんだけど、心痛むことも、また事実です。

 
 
コニー・ウィリス著、 大森 望訳 ソニー・マガジンズ刊
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2005-04-26 22:21:51

犬は勘定に入れません…あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎

テーマ:SF小説
コニー・ウィリス, 大森 望
犬は勘定に入れません…あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎

 

 

 その時の彼女はびしょ濡れだった。タイム・トラベルの時代差ぼけで一時的な惚れ症を患っていた主人公の僕は彼女を水の精ナイアスと思い込んでしまう。勘違いとわかっているのにどうしようもなくナイアスが美しく見えてしまう。だから、ナイアスの描写になるとその部分だけ誉め言葉の連続になる。ナイアスの立ち居振る舞いすべてがこの世の者とは思えないぐらいに優雅で美しい。実は、ナイアスことキンドル、ビクトリア朝時代ではヴェリティも物語半ばで主人公に対して同じ症状だったと朦朧とした意識で告白する。二人の絆はいよいよ強まり、クライマックスでは互いに全幅の信頼を置いて、手と手を取り合って窮地を脱するのであった。

 なのですが、二人の恋愛はこの小説の本筋ではありません。傍流でしかなく、この小説はSFでありミステリであり、決して単なる恋愛小説ではありません。殺人事件は起こらないのですが、謎が謎を呼び二人は迷宮へと誘い込まれます。歴史の一大事だからロマンスなど二の次なのです。二人が知らず知らずに招いた時間軸の乱れを修復することが何よりも急務です。悪くすればナチスが勝利を収め、僕の現在、2057年が180度変わってしまいます。すべては二人の活躍にかかっているのです。
 だから、二人で仲良く謎を解きます。本当に最後の最後まで羨ましいぐらいに仲の良い二人が大活躍します。

 鳥株とは何か?
 さんざん出てくるのにその正体は中盤になってやっと明かされます。それでも実物を見ないことにはいつまでも正体不明のままでしょう。

 令嬢の結婚相手のMr.Cとは?
 読み返すと、あらゆる所にヒントが隠されていました。それでもわからないことが円満解決に不可欠な絶対条件なのでした。

 ヴェリティが溺れている猫を偶然助けてしまったことから始まる物語は、冒頭ののんびりしたボートによる川下りから一転して、タイムトラベルものなので必然的に、時間と空間を飛び回りながら慌ただしく結末へと転がり込んでいきます。
 愛くるしいブルドッグは残念ながら何もしゃべりません。

 偶然と思っていたことのすべてが偶然ではなく、たとえ5分のずれでも歴史的必然であったことがラストで証されます。長大な物語はすべて丹念に織り込まれたタペストリーでした。何枚ものタペストリーが重ね合わされているのに、すべてが一本の糸でそれこそ時空を超えて繋がっていたのです。その構成の見事さはまさに脱帽です。そこまで作者の罠にはまっていたとは読み終えるまで気が付きませんでした。

 タイムトラベルものはどうしても物語に無理が生じ、矛盾やパラドックスだらけで、叩けば叩くほど埃が出てきます。最近のハリウッド映画のタイムトラベルものはほころびを繕いもしないで平然としています。物語を突っ込んで語るのはタブーであり、映画を楽しむためには見て見ない振りをしなければいけません。片目を薄く開けていてもいけません。ださくない人は映像を話題にしても良いですが、物語を語ってはいけません。イケメンか美人女優を観賞するにとどめましょう。
 しかし、この小説はそんな齟齬を物語の枠組みにしっかり組み込んでいます。のんびりと川下りをしている風を装いながら、作者はストーリー展開に穴があったら教えてくれと逆に問いかけてきます。マルクスが亡くなって5年後の世界を舞台に唯物史観とそれまでの歴史学との論議を描きながら、人為的な歴史上のターニングポイントを随所に置いて歴史のイフを弄びます。タイムトラベルものが陥る自己矛盾もパラドックスもなんのその、すべてはカオスだからと素っ気ない顔をして、ちゃんとあらゆるものを巻き込んで消失点に向けて収束していきます。

 しかも、更にその裏があったとは・・。

二人は二人でひとつの駒だったとは・・。

 去年の暮れからずっと読んでいます。最初は一気呵成に読破したのですが、それから何度も読み直しています。次に読みたい本をすでに何冊か買い込んであるのですが、まだ他の本に移ることができません。読み終わってもまた読み始めたくなります。ヴィクトリア朝時代にどっぷりと浸かっていてその世界を忘れることがまだ出来ません。題名の元になった『ボートの三人男』は読みましたが、他の本を読んでも今の状況ではとても違う世界に入り込めそうにありません。海の底深くにダイビングしていますので当分は地上に戻れないと思います。
 本の装丁が崩れかけていますが、気に入ったひとつのおもちゃをボロボロになってもいつまでも手から離さない幼子のように、この小説の呪縛から解き放たれるその日までこの小説を読み続けたいと思っています。

コニー・ウィリス著、 大森 望訳 早川書房刊

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