妄想劇場・歌物語 | 流れ雲のブログ

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季節は巡り、花が咲き花が舞い、花が散り花が逝く、
きっといつか、風が吹いて、夢を運んでくる予感…

繰り返しと、積み重ねの、過ぎ去る日々に、
小さな夢と、少しの刺激で、今を楽しく、これからも楽しく…


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1975年にオンエアされたテレビドラマのテーマ
として作られた「時の過ぎゆくままに」は、
大ヒットを記録して沢田研二の代表作になった。 

時の過ぎゆくままに この身をまかせ 男と女が 
漂いながら 堕ちてゆくのも しあわせだよ
と 二人つめたい 体あわせる

TBSの演出家でプロデューサーだった久世光彦が
手がけたドラマ『悪魔のようなあいつ』は、
沢田研二の魅力を最大限に引き立てるべく
企画されたものだ。

当時の久世はテレビドラマのヒットメーカー
として知られていたが、グループ・サウンズの
タイガースからソロになって成功し、時代の
寵児として輝いていた沢田研二に惚れ込んでいた。

そこで飛ぶ鳥を落とす勢いだった人気作詞家の
阿久悠の力を借りて、それまでにないドラマを
作ることにしたのである。

これは昭和50(1975)年の作品である。
同年6月から17週、TBS系で放送された
「悪魔のようなあいつ」の主題歌として作った。

ぼくが沢田研二のために書いた最初の詞でもある。 
こういうドラマ発でない限り、沢田研二との縁も
考え難かったので、もしもこの機会を失していたら、
その後の膨大なヒット曲も出なかったかもしれない。 
そう思うと得難いチャンスであった。

この企画はストーリーテーラーとしての才能を
評価していた阿久悠のもとへ、久世のほうから
持ち込まれたものだ。

新しいドラマを始めることになった久世が、
「企画に加わってよ」と原作を阿久悠に依頼
したのである。

沢田研二のけだるさを秘めた頽廃的な美しさに
魅せられていた二人のあいだで、まず
「色っぽい歌を作りたいね」と意見が一致し、
久世は「時の過ぎゆくままに」というタイトルを決めた。

ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンが
主演したハードボイルド映画、『カサブランカ』の
テーマ曲だった「As time goes by(時が流れようとも)」
からのいただきだ。

あなたはすっかり 疲れてしまい 生きていることさえ 
嫌だと泣いた こわれたピアノで 想い出の歌を
片手で弾いては ため息ついた

阿久悠が書きあげた歌詞をもとにして、6人の
作曲家に曲をつけてもらった。 
荒木一郎、井上大輔、井上尭之、大野克夫、
加瀬邦彦、都倉俊一という、その頃の
ヒットメーカー6人がコンペティションで競い合い、
その中から選ばれたのが大野克夫の曲だった。

沢田研二が扮する可門良という悪魔のような少年は、
時効の迫っていた東京府中市での3億円強奪事件の
真犯人で、セントジョージ孤児院で育った孤児
という設定だ。

可門良は藤竜也が演じる野々村が経営する
「クラブ日蝕」で、淋しげに「時の過ぎゆくままに」
を歌っているクラブ・シンガー。

そして野々村の稚児でありながらも、野々村の
斡旋で一回10万円で体を売る男娼でもある。

しかも末期の脳腫瘍に犯されているために、
時効を迎えずに死んでしまうかもしれない
という恐怖を感じている。

沢田研二の魅力の上に全てが成り立っている
ドラマの主人公を、久世光彦はこのように規定した。

「彼は刃物のように危険で、氷のように酷薄で鋭く、
だからこそ甘美なロマンの国へ入れるライセンスを、
たったひとり許されて持っている美しい青年である」

ドラマの原作は阿久悠、脚本は長谷川和彦、
音楽は井上尭之・大野克夫、さらに漫画化では
絵師の上村一夫を起用し、まさに久世人脈を
総動員したかのような才能が集まった。

しかし同性愛がテーマで、劇中にはベッドシーンや
レイプもあり、テレビドラマとは思えない内容と演出に、
賛否両論が寄せられた。

そしてヒットメーカーの久世光彦にしては、
視聴率的にはさほどの数字が得られない
結果となった。

だが石油危機後に訪れた70年代なかばの
空虚な時代を映し出していたことで、
一部の人たちから熱狂的に受け入れられて、
カルトとして語り継がれていく。

主題歌の「時の過ぎゆくままに」は大ヒットし、
それまでの沢田研二のシングルのなかで
最高の売上げを記録した。

阿久悠は生涯で作詞した曲が5000曲にものぼるが、
「自分の作品で好きなものは?」という質問に対して、
当然ながら「答えを出すのはなかなか難しい」
としつつも、「いつ、どんな場でも、どんな機嫌の
時でも」必ず選んだのは「時の過ぎゆくままに」
だけだった。

久世光彦もまた、こう語っていた。

ぼくにとっては愛着のある作品で、自分のドラマを
一本だけ選ぶとすれば、という質問には、この作品を
挙げているんですね。

そしてテレビドラマ『悪魔のようなあいつ』と、
「時の過ぎゆくままに」という歌の世界が、
視聴者のひとりだった文学少女を刺激し、
作家の中島梓(またの名を栗本薫)が誕生
することにもなった。

推理小説作家としてデビューした中島梓は、
久世からの依頼で1978年に沢田研二主演の
ドラマ『七人の刑事 特別編 悲しきチェイサー』で、
原案と脚本を書いている。

テーマ曲に使われたのは、沢田研二の
ソロ・デビュー作の「君をのせて」だった。 ・・・


 


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葬式代、健康保険から最大7万円返ってくること
知っていますか?

親や家族の最期を看取り、気付いたら四十九日、
という感覚は自然なものだろう。
喪失感が大きい状況で、役所での手続きや
葬儀の手配など、やらなくてはいけないことが
多いからだ。

ただ、加入する健康保険に申請すれば取り戻せる
お金がある。葬儀費用だ。
終活ソーシャルワーカーの吉川美津子氏が説明する。

「故人が自営業などで国民健康保険加入者だった場合、
『葬祭費』が支給されます。
金額は自治体によって異なり、1万~7万円程度。

75歳以上で後期高齢者医療制度に加入して
いた場合は、支払われるお金の幅は3万~7万円
となります」

一方、故人が会社員などで健保組合、ないし
協会けんぽの加入者の場合、一律5万円の
『埋葬料』が支給される。
勤め先によっては、別途数万円の埋葬附加金が
支払われることもある。

「いずれも、葬儀を行なった人であれば、
親族はもちろん、友人・知人でも申請できます。
ただし、健保組合、協会けんぽに友人・知人が
申請した場合、5万円を限度に実際にかかった
費用のみ支払われます」(同前)

手続きに必要なのは、国民健康保険か
後期高齢者医療保険加入者の場合、
故人の保険証や死亡診断書、葬儀費用の領収書、
喪主の印鑑、金融機関の預金通帳、
マイナンバーなどで、市区町村に申請する。

健保組合、協会けんぽの場合、扶養家族が
申請するときは、申請書と死亡を証明する事業主
(勤め先)の書類、証明書、マイナンバーが
必要になる。

それ以外の人が申請するときは、さらに埋葬費用の
領収書と明細書を用意し、加入する健康保険の
窓口に申請する。

「申請期限はいずれも死亡日から2年以内。
これを過ぎると、期間外とされて支給されません」

葬儀費用は安くない。余すことなく取り戻そう。
※週刊ポスト2018年11月30日号・・・


運がいい人も、運が悪い人もいない。
運がいいと思う人と、運が悪いと思う人が
いるだけだ。・・・(中谷彰宏) 



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