「映画の力」EPISODE:
今も忘れられない映画館での経験
大学受験に失敗し、下宿住まいをしながら名古屋の予備校に通うようになった頃、駅近くの映画館で『スケアクロウ』(米’73)を観た。それまでまったくと言っていいほど映画に興味はなかったのだが、こんな世界があるのかと大きな衝撃を受けた。下宿に帰り、受験雑誌を見ていると、大学に映画学科があるのを初めて知った。親の反対を押し切り受験し、合格したが映画のことは何も知らなかった。同級生たちは高校の頃から8ミリを回して映画を撮っていたり、古い映画をよく知っている人たちばかりだった。大学生活では一年間に100本は映画を観ようと決めて実行した。DVDはおろかビデオもあまり普及していなかった頃だ。大学を卒業して映画の世界に行くのか田舎に帰るのか? 微妙な時に『タクシードライバー』(米’96)を観て心が決まった。人生の転機にはいつも映画があったのだ。
助監督を13年やり、なんとか監督になった。常に茨の道だが映画のことを考えている時が一番幸せな気がする。
人は誰でも一人では生きていけない。多くの出会いと別れを経験することで、その人の人生は豊かなものになるはず。それを補ってくれるのが映画だと思っている。人間関係が希薄になった現代社会こそ、映画館で映画を観ることが大切なのだ。
人と関わらなくてもいい。同じ空間で同じ映画を観ている人の息遣いを感じるだけでいい。映画館は人生に必要不可欠なのだ。