夢を見た

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夢を見た。
眠ろうとすると起こされる夢。
たいちゃんが数時間ごとに起きるので目が覚めてしまう。
それは事実で、夢ではない。
けれども、何度かそれをやってるうちに、こんどは夢の中で「たいちゃんに起こされる夢」を見るようになり、それが夢なのか現実なのかわからなくなり、
次第に、次々と違う人がやってきて僕が眠ろうとすると起こすようになり、たまりかねた僕は真夜中の部屋を出て駅のベンチで寝ようとしたのだけれど(なぜかフランスはパリ駅のベンチ)浮浪者に「起きろ」と言われて目が覚めて(目が覚めた夢を見て)、
「オレぁどーしたらいいねん!」と叫んで拳で床を叩いたところで目が覚めた。
拳が痛かった。
家族がみんな目を覚ましてた。
どこまでが、夢?

「育児ノイローゼ」というのも頷けるね。
これは、小説を書いている時に近い。
夢の中で小説の続きを模索してて、極端に眠りが浅くなって、夢だか現実だかわからなくなるヤツ。

とりあえず「耳栓」は効かなくなりました。
音の「大きい、小さい」の問題ではないんだね。
どんなに小さくても自分の子供の泣き声は心に突き刺さってきて目が覚める。
あ~、眠い。

   *   *   *

たいちゃん(息子)が、人類として、生まれて初めて「手」を使いました!
人類が、自分の意志で最初に手にするもの。
それは「道具」ではなく、「火」でもなく、「自分の体」ですらなく、
「オッパイ」でした。
たいちゃん、オッパイ、わしづかみ。
乳首がソフトボールくらいの大きさに見えます。



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人間の初期設定

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まいどまいど子供のことですまないね。
そのほかにはオレ、ほれ、仕事と執筆とゴルフしかしてないからさ。
あ、あと『フーテンの寅さん』も見ているな。
(奥様のお父様もDVDに焼いている)

   *   *   *

その2、なんだけど、
生まれたばかりの子供を観察していると、
しかもそれが自分の子供であったりすると、
それが「なんにもできない存在」であるがゆえに、

人間というものの「初期設定」が、わかる。

それはまるで新しいOSを積んだ全く新品のニューモデルのパソコンの梱包を解いて、ただ電源プラグを繋いで立ち上げてみた時のような感動だ。
まだアプリケーションは、ほとんど入っていないデフォルトの状態だ。
「言葉」というLANケーブルも使えないので、コミュニケーションとしては原始の状態。
人間の、素、の状態。
人間の持つOSの、デフォルト設定と、機能拡張の可能性が、よく見える。

たいちゃんの場合で言うならば、
彼の持つOSは、「ほ乳類」というLINAXベースの「人類」というOSが基本で、それを僕とオクサマの遺伝子がカスタマイズしているという、3点構造だ。
まだなーんにも、できない。デフォルトでインストールされているものだけの存在がHDの中に無垢で残されている。

それを観察している。

   *   *   *

そしてわかったことは、
たとえば人間の「表現」について。

人間の表現は、喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、などが基本とされているけれど、
人間というものの初期設定で許されている「表現」は、
「不快感」だけですね。
そして不快感が長く続くことを予期することによって持たされる「不安」とか「哀しみ」というものが、生後1ヶ月以内に芽生えてきているような気がする。

「楽しみ」や「喜び」の表現は、まだ備わっていない。
それは人間のデフォルトの表現ではないのだ。
(まだ目覚めていないだけなのだろうけれど)

たしかにオムツをかえてあげたり、ミルクをやって腹いっぱいになったり、風呂に入れてやったりすると、泣きやむし、「嬉しいんだな」という感じは伝わる。
でも、それは「表現」ではない。
むしろ、人間が本当に楽になったり、キモチよかったりした時には、いっさいの表現活動を放棄して「放心状態になる」というのが、素の状態なんだな、と、息子を見ていて、そう思う。
彼はキモチがいいと、すべての動作を放棄して、眼を宙に泳がせて、「イッた」状態になる。SEXと同じだ。
「笑い」というのは、もっと高度な表現形態なのだろう。
だから人間以外の動物は笑わないのだろう。

そういや、このあいだ700枚の原稿を書き上げて、それを郵便局に出しに行ってスタンプを押してもらったあと、郵便局前の雨の降る路上で濡れながら、僕は10分ほど「放心」していたっけ。
「笑い」は、その10分の後、腹の底からマグマのように込み上げてきた。







 

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知能とは何か?

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鼻と口


このあいだね、自宅の庭をじっと眺めていたら、小さなトカゲがいたのよさ。
あたたかくてポカポカした陽気でさ、トカゲも体温が上がったせいか、どこかノンビリしていてさ、あまり動かず、観葉植物の葉の上でじっとしていてさ、
「あ、たいちゃん(息子)って、これくらいの知能しかないんだよな」と思った。
そしたら、そのトカゲ、隣の葉っぱまでジャンプしたんだよ。
「あ、たいちゃん、トカゲ以下じゃん!」って思った。

日はかわり、ゴルフの日。
午前中、アウトコースを回りおえてクラブハウスに戻ってきた僕の目の前に、それはそれは立派なカマキリがいたのよさ。
んで、あまり動かないので、カマのあたりをツンツンと触ると、ようやく反応したのよさ。
「あ、たいちゃん、カマキリ程度の知能?」
と思って、それから三時間後、夕暮れのクラブハウスに戻ってきてみると、そのカマキリ、バラバラになった昆虫の残骸をむさぼり食っておりました。
自分で餌とって、食ったのね。
「あ、たいちゃん、カマキリ以下じゃん!」て思った。

人間の子供というものは、どうしてこうまでもひ弱で、無防備で、「なんにもできない存在」として生まれてくるのだろう。
目もまだよく見えてない。反応もあまりない。動けない。紫外線に弱くて外にも出られない。ゲップすら、背中を叩いてやらないとできない。寝返りさえもうてない。
できることといえば、ただ、眠ること。ウンチをすること。小便すること。オナラをすること。オッパイに吸い付いて乳を飲むこと。不快感をあらわにすること。ただ、その六つの行動だけ。

人間の子供というものは、どうしてこうまでもひ弱で、無防備で、「なんにもできない存在」として生まれてくるのだろう? 不思議でならない。
どうしてこれほど「なんにもできない存在」として生まれてくる人類が、この地球上の動物の中でいちばん繁殖できたのだろう。

そりゃ、もちろん大脳が発達していて、「産みっぱなし」よりも「大事に育てる」ほうが効率がよかったからなんだろうけど、
では、猿はどうなんだろう? どのへんの知能の猿から「庇護する」ようになるのだろう?
鹿とかさ、生まれて数時間後にもう、歩くじゃない。
「親から庇護される」ようになってから、人類の子供はどんどん「なにもできない存在化」してきたのだとしたら、クロマニオン人とかネアンデルタール人とかの子供は、今より少しは歩いたりするのが早かったのかな?

というか、知能って、なんだろう?
知性って、なんだろう?
「行動範囲(場所のことではなくて)」と「知能」が一緒とはもちろん言えないけど、見た目ではほとんどカマキリやトカゲと一緒のこと(それ以下)しかできない我が子が、人類として、どう行動の領域を広げてゆくのか、不思議で、興味深くて、たまらない。
というわけで、「知能の発達と進化」という意味で、僕は生まれてはじめて「人類の研究」をしていることになる。

これまでは、「もはやそこにあるもの」として、分類的、自意識の反射的な存在として、人間を観察し続けてきた。
今は、「どうやって人間になるのか」という、基本構造からの、観察のし直しだ。
車にしろコンピューターにしろ、設計、組み立ての行程を知らないと、やはり本当のことを知らないような気がする。(その意味で言えば、子供を産んで育てた女性がいちばん「人間」を知っているような気がする)
ウ~ン。子供ができると、目からウロコがこぼれっぱなしですよ。

とりあえず、最近わかったこと。
その1
母親は、我が子(息子)に相対する時、もはや何かに「取り憑かれて」いる。
これは、間違いない。彼女自身もそう言っているし、傍目でもよくわかる。
「彼女の自我」以外の何者かが息子を愛おしがり、全力で庇護し、奉仕する。
それは、遺伝子の仕業か?

その2、は、長くなるので、また明日。

   *   *   *

カンケーないけど、「AV女優のフェラ・ヌード・パンチラ・無修正画像」というトラックバック、毎度毎度ありがとうございますね。(でも昨日は来てないな…と思うとちと寂しい)
SEXというのも、.........アレだね。
LOVEとかムードとかイメージとかロマンとか快感とか妄想とかと絡めて今まで考えてきたけど、やっぱただの生殖行動ですな。
絡みのあるエロ画像とか見てると、動物の交尾のようだ。
それを言っちゃ、オシマイか。


 

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キンモクセイが咲いているのかな。
いい匂いがする。
たいちゃんに嗅がせてみたいな。
「いいもの」はみんな経験させてあげたいな。
いい女?
勝手に探せ。

奥様は今、実家にいるんだけど、そこに帰って(?)行く途中、ずっとiPodを聴いてて、ちょうど息子の目の前まで来たところでキャロル・キングの『THE CARNEGIE HALL CONCERT-JUNE 18, 1971』 というライブアルバムの『Child of Mine』という名曲が流れてきたので、少しだけ音を落としてヘッドホンで聴かせてみた。(たいちゃん初ヘッドホン)

………どうだ?

おおっ! ウットリと聴いている。
どうやらウチの子はキャロル・キングが好きなようだ。
風呂上がりの時のような顔になっている。(風呂上がりもトリップします)
そうか、そうか。うん。

   *   *   *

しかし昨日は夜中にたいちゃん、吐き戻しをいたしましてね、
それを見て奥様オロオロ。
赤ん坊の「健康BOOK」みたいな奴を熟読しているので、これは○○○○ナントカ症(ぜんぶ漢字)ではないか? そうなのではないか? いや、きっとそうに違いない。最悪の場合は手術と書いてある。おお、我が子よ。鳴呼、我が子よ、ああ! かわいそうなたいちゃん・・・よよよよ

と言って、我が子を前にペタリと床に座り込んで、じっと目を逸らさず泣いている。
「あの・・・でもこれ、4000人にひとりの稀な症状だって書いてあるけど・・・」
「うるちゃ~い! アンタはその経過をなんにも知らないからそう言えるのよ! ああ、たいちゃん。かわいそうなたいちゃん。手術だなんて・・・うううううう」
と言って、泣いている。
げに恐ろしき母性愛。

これほどまでに強い愛情やら魂の同調性やら共有性やらというものを、いまだかつて僕は見たこともない。(自分も母親からこんなふうにされていたのか?)
世界一強いものは、エメリヤーエンコ・ヒョードルではなく、ミルコ・クロコップでもなく、絶頂期のモハメド・アリでもなく、朝青龍でもなく、ブッシュ大統領でもなく、JSFステルス戦闘機F-35でもなく、大陸間弾道ミサイルでもなく、それを迎撃するミサイル防衛システムでもなく、どこそこの神様でも、覚醒した救世主ネオ(マトリックス)でもなく、もちろん水戸黄門ご一行でもあずみでもウルトラマンティガでもなく、それは母親の愛だろう。
それが、今、目の前にいる!
母親が子を思う気持ちより強いものは、この世には、ないね。
原稿を仕上げる直前の作家の気持ちもかなり強いが、負けてるな、こりゃ。

しかしですね、ウチの奥様(デリ子)は、なんと6万人にひとりの発症率しかない病気のことまで気にしてしまうのだ。(「家庭の医学」を読んでると自分が病気だと思えてしまうのと同じですね)

子供を生んで、育てるということは、すごいことだらけだよ。
テキトーな旦那さんでさえ、そう思うんだから、女性だったら人生と世界と宇宙とがガラリと変わるだろうね。
これを経験しないテは、ないよ。経験してみて、初めてわかることだらけ。

たとえばさ、「日本という国から一歩も外に出たことのない人」よりも「海外をよく知っている人」のほうが、「偉い」とは(まったく)思わないけどさ、
でも(それとは別の話として)外の世界を知らないと、かなりたくさんの「すごいこと」を、一生知らずに、考えることもなく、気付くこともなく、人の話を聴いてわかることも、誰かと語り合えることもなく、終えてしまうじゃない。

それに近い。いや、もっとスゴイかも。
子供を作ってみないと、この世界の仕組みについて、気づかなかったことだらけ。
海外に行ったこともないのに、「世界について」語っていたようなものだったのかもよ。
それで本とか書いてたんだもんな。
まだまだ知ることだらけだろうけどな。

子供作ってみ。
経験せずに死ねるか、ってなもんよ。
 

本が出る

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本が出る。
2月3日に本が出る。
小説だよ。
いまそれのラストシーンを書いている。
あんなに苦痛だった執筆が、なんでゴールが見えてくると、こんなにも楽しいんだろ。つい休み返上で書いてしまうわ。
まるで神様のご褒美みたいにスラスラ書ける。(それでもつらいけどね)

* * *

性欲は、
実を言うと、奥さんが妊娠している間は、「まったく」湧いてこない。
まるでインポテンツのように湧いてこない。(しかも執筆なんていう本能の背信行為なんかしてるとさらに皆無)
やはりSEXというのは男にとって「妊娠させるため」の本能なんだなあ、と思うことしきり。

ハラがへこんで「もいちど妊娠できる体」に戻りつつある奥様の体はそりゃもう、ヨダレものよ。
年子を持つパパの気持ちがわかるわあ。
オッパイは相変わらず占領されてるけどね。