Sat, September 01, 2012

戊辰、維新はわれらが祖父の時代:東京日日新聞社会部編『戊辰物語』(岩波文庫)

テーマ:ノンフィクション


1928=昭和3年に『東京日日新聞』で連載されたもの。維新前後を生きてきた人物たちの回想を編集した一編である。あわせて西南戦争前後の回顧録である「五十年前」(1926=大正15年連載)と、主として新撰組についての証言を集めた「維新前後」も収められている。

乱歩だったか、昭和前半期くらいは明治時代の本などいくらでもあったと書いているが、本書を読んで気付かされるのは、同様に1868年における革命を経験をした人間がまだまだ存在したという事実である。明治、大正、昭和と区切ってしまうと各時代がずいぶんと違ったもののように思えるが、年数だけを見ればたかだか60年。ちょうどいま、われわれの曽祖父、祖父が敗戦前後を回想するようなものだろう。

敗戦前後については、それなりに市井のひとびとの証言が色々と出回っているのだが、さすがに明治維新前後となるとなかなかそういったものも見当たらない。正確にいえば口語体の東京弁で書かれたその類のものだが、とにもかくにも本書のような回顧録が貴重であることに変わりはない。

重要なのは『東京日日新聞』である以上、証言者が江戸中心になるということ、そして彼らにとって維新とは、どこか彼岸のものでしかなかったということだろう。

今と違って電信電話のない時代、京都に何が起きようと、江戸は依然として江戸の春であった」(27頁)

逆に「電信電話」の普及のおかげで、西南戦争が地方的反乱で済んだと喝破したのは山路愛山だが、それは措くとして、「戊辰物語」がどちらかといえば敗北した側の地域の人間による回想であることは頭にいれておいてもよいだろう。

しかし解説の佐藤忠男も注意をうながしているが、回想を繰りひろげるひとびとは金子堅太郎尾佐竹猛[タケキ]高村光雲といったように無名の諸氏というわけではないのだ。したがって厳密には市井からは乖離しているともいえようが、それで本書の楽しみが減じることはない。

もちろん歴史的な逸話、たとえばかの有名な依田学海と近藤勇、土方歳三の会話などもよいのだが、ネットで閲覧できる画像を前にしながら読み進めるとおもしろいものがいくつかある。

たとえばこんな写真がある。

灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし
灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし
灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

いうまでもなくから幕末から明治初頭(1863-1884)に活躍したフェリーチェ・ベアトやその弟子日下部金兵衛スティルフリードなどによる写真だが(当然、白黒のそれに彩色。またただの裸写真に刺青を描き加えたものもあったらしい)、刺青の「伝統」云々というひとたちにはたまらない画像だろう。実際にこういった写真を掲げて「誇り」云々とかまびすしいサイトや雑誌記事を見かけたひともいるとは思うが、これらを見ながら次の回想を読むのも一興である。

この時分の若い者はもう、からだ一ぱいにほりものをするというような事はなかった、普通に着物を着ているのではちょっとわからないようにほった。
 顎下の胸のところや、手の首までほるのは野暮で、高いものを取りおろそうという時に腕のものがチラリと見えたり、羽織でも着た時には、『ほりもの』のほの字も見えず、いざとなって素ッ裸にでもなった時、何かこう凝った入墨のあるという方が粋だといっていた。(中略)
 全身くりからもんもんは『がえん』といって折助に多い。下帯から胸の辺へ一反位の新しい白木綿を巻いただけで威張って歩く
」(79-80頁)

なるほど、いわれてみるとみな「粋」になるように彫っているのだろうか。なお、これらは絵葉書などにして売られたので、「オリエンタリズム」を強調するためにわざわざもろ肌で撮ったと考えるのが妥当である。それどころか「御用」なる札をもって走る幕府による「継飛脚」は撮影期にはすでに廃止され、残るは民間業者のみであった。

ちなみに明治5年の改正増補郵便規則発布の頃から、通信事業をめぐり政府と在来の町飛脚が価格競争など抗争を繰りひろげたとかで(石井研堂『明治事物起原[5]』)、上記の写真撮影時期はおそらくそんな時期のものなのだが、邪推すれば刺青というよりも飛脚のアピール、最後の顕示であったかもしれない。


また悪趣味をそそられるこんな文章も見受けられる。

大審院判事尾佐竹猛氏の所蔵するものに、横浜の質屋の番頭が、三人の強盗を手引きして主人を殺したことが発覚し、捕えられて、その番頭が真中で磔になっており、強盗は三つ首を並べて晒されている暗闇坂お仕置場のものがある。
 同じく尾佐竹氏の手にある明治五年に横浜ポルトガル人ダローザなるものが撮影した晒し首の写真には、平然とその首台に肱をかけて洋服に下駄をはき、チョン髷の男と外に卑しげな四人が撮っているが、その表情の野蛮無智なる有様は、よく当時のこの種刑罰施行関係者の素質を忍ばしめ、一見戦慄嘔吐を催す
」(205頁)

さすがに法制史を専攻した尾佐竹猛だけあって、晒し首だ獄門だというとよく目にする人物なのだが、ここで挙げられている画像というものがどうも見つからない。参考までにかの有名な壮吉の磔を提示しておくが、この壮吉の磔自体、撮影場所に暗闇坂や長野だのと諸説あり謎の写真である。名和弓雄『拷問刑罰史』(雄山閣)の説明がもっともそれっぽいのだが、手元にないのでよそのブログから重引しておく。

強盗の手引きをして、主人を殺害したため磔にかけられた十七才の質屋の小僧が、磔台の上で無惨な屍体となって写されているが、大変に珍しい写真である。この写真の発見者は、法学博士、岡田朝太郎氏で、牛込神楽坂の毘沙門天様の縁日の屋台を、ひやかして散歩中、古本見世で偶然発見し、驚きかつ喜び、一円五十銭というのをいろいろ押問答の末三十五銭で買いとったものであるというが、大正中期の三十五銭はなかなか高価な値段である。
 写真は半紙折大のもので、裏に妙な英語が書いてあった。Year of Serpent(蛇の年)とあるので、磔の廃止された明治六年以前の巳年(蛇年)である、弘化二年、安政四年、明治二年の史実を調べていくうちに、やっと横浜戸部監獄で、明治二年、くらやみ坂刑場で執行された処刑をダローサ氏が撮影したものとわかり、同類六名の斬首に使用した刀、磔に使用された非人槍、晒場の戒具が戸部監獄に保管してあったのを発見したので、刑事資料として、帝大法学部列品室に移管してもらい引きとったと聞かされた
」(「筆不精の雑彙」http://bokukoui.exblog.jp/3989213/)


※アメブロの検閲に引っかかっため、画像は削除しました。


後者の「刑罰施行関係者の素質」云々という画像は、探索してもまったく見当たらないのだが、名和の重引にも登場する「ポルトガル人ダローザ」のほうは、東京にてポルトガル人による演劇興行権を得ようと東京運上所(税関)に書簡を出すなどしている人物である(倉田喜弘編『芸能 (日本近代思想大系18)』)。しかしそれよりも1863年5月から1865年にかけて発行されていた“The Japan Commercial News”の編集発行人として有名といえる。

幕末期に出現した外字新聞が在留外人に向けて発行されたのはいうまでもないが、治外法権の特権から政治批判を自由に展開し幕府の政策にも影響を与えていた。もちろん幕府をはじめ日本人がそれらを読むには翻訳を介さねばならない。その際、記事の取捨選択、翻訳を行ったのは洋書調所で、柳川春三や箕作麟祥らによって翻訳されたダ・ローザの“The Japan Commercial News”がその嚆矢である。

その後も後藤猛太郎に雇われるなど明治史に微妙に顔を出す人物なのではあるが、さすがに『戊辰物語』でそのあたりに触れられることはない。

さてずいぶんと余話に空間を割いたが、本書はこのように登場する逸話をネットや他文献と組み合わせ、色々と楽しむことができるのだ。近年、明治期の資料の公開はとどまるところを知らず、もはやネットがあれば明治史はある程度勉強できてしまう。勉強のみならず、歴史好きならば色々と遊べることは必定なのだが、そのための取っ掛かりとして、本書のようなあやふやな回顧や証言で占められた一編を用いるのもなかなか乙なものである。研究書のようにしっかりとしていない。それが本書の最大の魅力というと、まあ言い過ぎだろうが。

★★★★☆
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