戸板康二『グリーン車の子供』(講談社文庫) | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

戸板康二『グリーン車の子供』(講談社文庫)



戸板 康二
グリーン車の子供』(講談社文庫)

日本推理作家協会賞の表題作をはじめ、10本の中村雅楽ものを収めた一冊。ところが驚いたことに昭和35年から昭和57年までの作品が収録され、この一冊で雅楽ものの変容を読み取ることができる。それは一言でいえば、「日常の謎」化への進展といえるだろう。

たとえば、冒頭に収められた初期作品「滝に誘う女」。いきなり女が謎の毒死を遂げる。「日常」にそうそう毒殺があるわけもなく、これを「日常の謎」というのは無理があるだろう。「美少年の死」も、美少年殺害を犯した人間の心理を追う一編となっている。

しかし「隣家の消息」では劇評でこき下ろされ失踪した俳優の行方をめぐる一編であり、昭和50年代の「グリーン車の子供」になると新幹線でたまたま隣に座った子供が謎の中心。もはや殺人も犯罪も微塵も見られない。ほかにも壊れ続ける縁談の謎や俳優の浮気など、血など一滴も流れないのだ。それでも歴とした探小であるから素晴らしい。はっきりといっておくが、血が流れなくなった雅楽もののほうが完成度が高いのだ。

文章力と緻密な論理、そして人情を絡ませるのが雅楽ものの基本といえるだろうが、後期になると論理が次第に後退し、ただの人情話になってくる感が否めない。それでも本書はまだ探小としての完成度が高い。

世評ほどの作品集とは思わないが、やはり一読して損はない。

滝に誘う女:1960・11『小説新潮』
隣家の消息:1963・4『宝石』
美少年の死:1963・7『宝石』
グリーン車の子供:1975・10『小説宝石』
日本のミミ:1976・136号『別冊文藝春秋』
妹の縁談:1976・夏季号『別冊小説新潮』
お初さんの逮夜:1978・4『小説現代』
梅の小枝:1981・2『小説宝石』
子役の病気:1981・4『小説現代』
二枚目の虫歯:1981・9『小説現代』
神かくし:1982・2『小説現代』
★★★☆☆