連城三紀彦『暗色コメディ』(文春文庫) | 灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし

連城三紀彦『暗色コメディ』(文春文庫)



連城 三紀彦
暗色コメディ』

「もう一人の自分を目撃してしまった主婦。自分を轢き殺したはずのトラックが消滅した画家。妻に、あんたは一週間前に死んだと告げられた葬儀屋。知らぬ間に妻が別人にすり替わっていた外科医」。

自分が自分であることがいかに不安定であるかを読者に叩きつけるような、4つの事件を1つに収斂させるその力量よりも、その過程での登場人物たちの狂気の没入の描写こそ特筆すべきものだ。端的にいって、これは本格の文体ではない。

その異様な雰囲気の造形自体が、実はひとつの装置であるところに『幻影城』出身の探小作家であることをうかがわせうるのだが、それにしても中途の普通じゃなさは特筆に価する。

ロジックと心理の綾のバランスが微妙でこれがもう少し崩れたら、ほとんど異常心理を延々と描写し続ける危ない小説と化していただろう。これはやはり、ただごとではない。しかし彼の本領は、論理と心理が渾然一体となって美を奏でる「花葬」シリーズにこそある。

初版:1982年4月 CBS・ソニー出版
★★★☆☆