20年前の、あの日。そして今日にありがとう。 | 藤沢あゆみオフィシャルブログ Powered by Ameba

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作家。著書29冊。相談30000件超。ananによる信頼できるカウンセラー20人の1人。NHKEテレハートネットTV出演。2023年4月「バズる!ハマる!売れる!集まる!WEB文章術 プロの仕掛け66」発売9日で増刷、7月18日枚方蔦屋書店で101人講演会開催

あゆみですドキドキ


あの日。

いつものように、14センチヒールに

イケイケスーツ。


プロパーでは買えなくて

梅田のプールスタジオでバーゲンで買った

クレイサスのスーツを着てわたしはうちを出た。




いつものように、阪急電車に乗って

いつものように三宮で降りて

いつものように北野坂を14センチヒールで上がって

北野坂の一番上にある会社に行くつもりだった。


朝めちゃくちゃ揺れて

不安になってマンションの扉を開けると

同じように不安そうな女子が外に出ていて


「これって・・・阪神大震災とか?」

なんて言葉を交わしたのを覚えている。


だけど何もなかったようにそれぞれの部屋に帰り

二度寝して、通勤時間に合わせて目覚め

イケイケスーツを着込む。


駅までの道は

ちょっと見たことのない光景だった。


ヘルメットをして歩いているひとがいた。


みんな、作業服のような服を着て


コンビニの店内は

泥棒でも入ったように商品が散乱し


地面は割れていて


だけど、普通にヒールで駅にいったら

電車は止まっていた。

それでもしばらく待っていた。


「待っていても来ませんよ」


といわれてすごすご帰る。

この時はまだ、何が起こったのかわからなかった。


その時代を知らないのに

戦時中にタイムスリップしてきた現代人のようだと思った。


あの日があって、いまがある。

わたしはきっと、あの日がなければ

作家にはなってないのではないだろうか。


あの日も、普通に会社に行くのだと

疑いもせず向かったその会社を

しばらくして解雇された。


神戸高架下で見つけた大好きなブランド

会社の住所まで突き止め

たまたまデザイナー募集をしているのを見つけ

面接を受けて採用されたばかりだった。


北野町のその会社では

これから業務を縮小するということだった。

会社や社長を責める気にはなれなかった。


三宮から芦屋には

代行バスが出ていた。


代行バスに乗るまでの道を一緒に歩きませんかと

いった男性がいた。


「行きます」

といって、一緒に歩いてみたら彼はマスコミのひとだった。


わたしは間接被災者として、雑誌に取材される。


あれから・・・

職場を失い・・・

いくつも面接を受け

やっとのことで転職し

バイトを掛け持ちしながら仕事して

身体を壊し


女のしあわせに必要なすべてをうしなう。


うしなった、と思った。


もうおしまいと思ったところから道が開ける。


とは、故・春山満氏の本の帯に書いてあった言葉だけど


もうおしまいと思ったところが

この世界への扉だった。


社会に顔があるひとになりたい。


そんな心の底からの叫びに

わたしは気づいたのだ。


だから思うのだ。

何があってもだいじょうぶだと。


ひとは、どんな経験からも復興できるのだと。



何年たっても言い続けよう。

毎年毎年言い続けよう。


1月17日をまた迎えられることにありがとう。