自分が今モテていないことが、どうしようもなく真実であると思うとき、


モテている者に対して、どうしようもない嫉妬の感情がある。


それがひねていることであっても、嫉妬を何かに変換することができる。




高校時代、校内マラソン大会があった。距離は約10キロ。

それほど、少しは自信がある長距離だったが、体育会系の部活に入っていないので、

トップグループではない。そう真ん中より少し上ぐらいを、それでもまじめに走っていた。


長距離を走るときは、ただ、呼吸だけが支配する時間が長い。吐いて、吸って、呼吸音だけに集中して

足を出していく。


ゴール近くになったときに、あと500mぐらいだっただろうか、最後の下りだった。

30mほど前に別のクラスの「モテている男」が走っていた。

だいたい、「モテている男」というのはスポーツができるものだから、僕より足が速くてもおかしくはない。


女子の距離は男子より短くて、すでにゴールから帰ってくる途中で歩いていた。

同じクラスの女子たちが、その男とすれ違っていく、その時だった。

「○○くん、頑張ってドキドキ

そう、そういう風に応援される男だったのだ・・・。


それは、それで仕方ないと思った。


僕もそこを走り抜けるのはいやな感じがしたが、ゴールをいくにはどうしてもそこを通る必要がある。

そして、その時が来た。

「□□(僕の名前)くんがんばって」


その時にどうしようもなく、惨めな気持ちになった。そんな付け足しで言われる筋合いはない。

そんなことをいうぐらいならそっと走らせてくれ。

そんなことをいうぐらいなら・・・。僕は付け足しじゃない!!!!!


残りはあと200mぐらいだった。


絶対に抜く・・・抜かなければならない!!!!!


ラストスパートをする気のない心臓を激しくうち鳴らすと、猛然とふとももをあげた。

あと100、相手との距離は15m

あと50、相手との距離は5m

最後に・・・・・・・・刺しきった。

わずかな距離だったが・・・勝ったのだ・・・。


相手は涼しい顔で・・ゴールしていたに違いない。相手はラストスパートをしなかったのだから・・・。

僕は見えなかった。地面にすわりこんで・・荒い息を・・していたから。


しばらくして・・・。

知り合いの後輩が声をかけてきた。

「先輩って意外と足速いんですね」

「ああ、はあ、はあ、はあ」

それが精一杯だった。


そう、モテないと、足が速くなる。





今、あなたはモテていないか?それはとてもよいことだと言っておこう。 モテていないことがいかに幸せなことか、それをこれから話していこうと思う。


ただ、前提として、筆者が男であるため、どうしても男子から見たことしか書けない部分はご容赦願いたい。


もうひとつ、前提として、ここにいう「モテない」とはあくまで「モテる」ことを目指している、その途中にある者を指している。 無論、「モテる」状態になるかどうかはわからない。しかし、今を受け止め、つまり「モテていない」現状を認識しつつ、それでも 何か、前に進みつつある者について、この効用は激しく作用する。


このブログでは、傍観者ではなく、あくまでピッチに立ち、ボールを蹴り、ゴールを目指しつつ、 ゴールしていない者に、いつかはゴールをすると思いつつボールを蹴る者に、 「モテない」というユニフォームを与える。