じっちゃんの「空」
40歳の誕生日ケーキを迎えてすぐ、じっちゃん(実父)が認知症になりましたガーンあせる


遠く離れたカナダで、じっちゃんにしてあげられる遠距離介護は限られていました。


考えに考え、「(もどかしい気持ちで)何もしないよりはまし!」と、子育ての傍ら学生に戻り、 資格を取得して、カナダでHealth Care Assistant(介護職員)として働き始めました。


じっちゃんの側で介護をしてあげられなかった分(2017年永眠)、大切な大切な親友をMDSで亡くした分、じっちゃんと同じような高齢者を介護しながら、常に気持ちに寄り添う介護を心がけ、日々一生懸命働いています。



全然、英語力がない


子育で忙しくて、時間がない


40歳過ぎて、体力がない


医療&介護関係の経験と知識がない


支援してくれる家族も、カナダにいない




ないない尽くしで始めたキャリアチェンジだったけど、昭和生まれの努力根性だけで、自分の掲げる日々の目標に向かって、突き進んでいる毎日ですニコニコ


大好きなじっちゃん、家族、親友のために・・・・ラブラブ



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  • 29Mar
  • 28Mar
    • 旅立ちの日にの画像

      旅立ちの日に

      白い光の中に山なみは萌えて遥かな空の果てまでも君は飛び立つ日本領事館から届いたMarimoの日本の音楽の教科書、知らない唱歌が増えていることに驚く自分。卒業式と言ったら、「仰げば尊し」や「蛍の光」だった世代、今は「旅立ちの日に」なんだとか.....昭和な自分ですまた一人親友が旅立つ。旅立つと言っても、死別じゃないから大きく違うけど、それでも大好きな親友との別れは寂しい。親友の掲げる夢や目標を、心から応援している。それにしても、40代って色々な「別れ」が、一気に増える年頃?若い頃みたいに46時中一緒の関係じゃないんだけど、親友が遠くへ行っちゃうのは堪えます

  • 27Mar
    • もうちょっと寿命も平等になって欲しい

      101歳になるレジデントが、部屋で倒れて発見された。脳梗塞で極めて命の危険を及ぼしていた。100歳以上まで生きていられたのが凄いこと。何が起こっても不思議じゃなかったので、自分達スタッフはもちろん、家族にも大きな動揺はなかった。ずっと肝臓癌で闘病生活を送っていた、山下弘子さんの訃報を知った。まだ彼女は25歳だった.....親友の闘病生活を見守る傍らで、ずっと山下さんのBlogを読んで、頑張って欲しいと思っていただけに、残念で悲しいニュースだった。仕事柄いつも「死」を身近に感じて生きている。「死」を冷静に人より受け止められると思うけど、それでも若い人の「死」に関しては、その人と家族や周囲を想うと、もっと深く悲しい気持ちになる。せめてもう少し、「寿命」は人々に、平等に与えられないものかなあ....

  • 26Mar
    • 一歩、一歩、また一歩....

      先日アプライしたテンポラリのレギュラーポジション、無事獲得することが出来た!この先数ヵ月は予め分かったシフトで働けて、早朝や夜遅くのオンコールからも解放される。本当に嬉しいいくら仕事がない日でも、いつオンコールが掛かってくるか分からないで過ごすのは、やっぱり完全に心は休まらない。タイムマネージメントは得意な方だけど、家族も巻き込むカジュアル生活は、容易ではない。それでも途切れることなく仕事をもらえてることは、とても感謝してるけど.....カジュアル生活を、自分は下積み生活と思うことにしている。同僚全てのライン(担当するフロア)の代理でカバーする分、24時間全てのレジデンツのことも把握するし、ナースを始め全てのスタッフと仕事で絡むから、それぞれの性格や仕事ぶりを把握出来るので、より効果的なチームワークを見出だし、レジデンツにとって良いケアが模索出来るようになる。カジュアル生活は大変だけど、この下積み生活を経てこそ、いつかパーマネントのレギュラーポジションを獲得した時に、色々培った経験と忍耐力を生かせていけると信じてる。心が折れそうなこと、公私共にあるけれども、確固たる目標に向かって、一歩、一歩、また一歩です

  • 20Mar
    • 春休みの画像

      春休み

      子供達の春休みが始まった。2週間自分は日勤で忙しいけど、FarがMarimoのために少し休みを取ってくれた。デイケアを利用しなくなって3ヶ月が過ぎたが、Marimoも鍵っ子に慣れて、しかっり戸締まりして出掛けられるようになったし、安心してお留守番も任せられるようになった。我が子の成長を喜ばしく思います職場ではテンポラリのポジションがポスティングされた。例えテンポラリでも固定シフトで働けるのは助かるものだ。アプライする前から職場の同僚皆が、「Mor、アプライしたらいいよ、絶対!」そう後押ししてくれるのが嬉しい。結果はどうあれ、チャンスを掴みとるため、行動ありき....だと思う。もがいて苦しみながら生きてる今、それでも生きられることに感謝し、いつも自分が出来ることに全力を尽くそう!と思う今日この頃です。自分の大切な人々のために

  • 13Mar
    • 間もなく1周忌

      親友の1周忌のお知らせを受け取った。もう1年....「いつまでも悲しんでいると、故人も成仏出来ないよ。明るく頑張っていこう!」と人は慰めてくれるし、自分でも前向きに生きたい気持ちはいっぱい。勇気を出して、ずっと足を踏み入れられなかった、彼女の暮らしていた街まで車を走らせた。前半は大丈夫と思ったけど、後半から急激にダメだった。激しい鼓動、胃痛、頭がクラクラ、猛烈な下痢。帰り道はグッタリだった。3月は特に、あの日あの時の容態が急変していったこと、緊迫した中で家族をサポートしたことが鮮明に甦ってしまい、気を失ってしまいたくなる。じっちゃんが死ななかったら、もっと冷静に受け止められたのか?義父が孤独死した時からの、度重なる大切な人達の死別が心身に支障をもたらしたのか?今も何が原因は分からない。死別で苦しんでいるのは、世の中自分だけじゃない、もっと苦しかったのは亡くなっていった当人達。どんなに自分に言い聞かせても、こうやって身体に異変が起きて、コントロール出来なくなる時が、何よりも辛い時間。今日は叔父の滑落死した命日でもあったな。全ての人に合掌。

  • 12Mar
    • きっかけの画像

      きっかけ

      今日からカナダはサマータイム。今の自分には、また新たな「きっかけ」が必要だった。ミスチルの桜井さんがカバーした乃木坂46の歌「きっかけ」が、心地よく耳に流れる。決心のきっかけは時間切れじゃなくて考えたその上で未来を信じること後悔はしたくない思ったそのまま正解はわからないたった一度の人生だサマータイム初日に相応しい爽やかな青空。

  • 08Mar
    • 実習生の画像

      実習生

      凹んでた自分に、昨日はStudent(実習生)がアサインされた。メソメソ泣いてる場合じゃないよって、そんなお告げなのかな?初日だったのでShadowing、ただ自分について回り業務を見る日だった。緊張気味のStudentを見ると、昔の自分を見ているようで懐かしい。「たくさんの情報、覚えることで、今は頭がいっぱいだと思うけど、場数を踏めば慣れてくるもんだから、リラックスして、最初から気負わなくていいよ。これから色々な同僚に出会っていくと思うけど、ケアは十人十色、正解は一つじゃないし、いいなあ~って思うケアをどんどんお手本にして、やがて自分らしいケアを確立してけばいいんだからね」そうシフト始めに伝えると、彼女はニッコリ微笑んで頷いてくれた。リラックスが1番、笑顔でレジデントに接することが、レジデントもリラックスし、その後のケアもスムーズになるものだ。人に教える機会は、いつも自分にも気付きを与え、大変だけど有意義な時間。実習時の当時の自分の気持ちを思い出しながら、丁寧に親切に指導が出来たと思う。

  • 07Mar
    • 恋しくて....の画像

      恋しくて....

      悲しいことがあると、重い血液の病気で生涯を閉じた親友を深く思い出します。糞真面目過ぎて不器用な自分のかけがいのない理解者、いつも本音を打ち明けられた数少ない親友。ずっと一緒に苦楽を共にして、歳を重ねていきたかった人。彼女が生前上手に歌いあげてた中島みゆきの「糸」を聞きながら、こんな時は、ただ、ただ涙が止まらなくなります。また会えるまで懸命に笑顔で生きると、誓ったけど.....

  • 16Feb
    • 婆ちゃんの味の画像

      婆ちゃんの味

      フキノトウを店頭で発見したので購入。春の到来を感じます早速フキ味噌を作ってみた。この異国カナダで食べれるなんて格別~!伽羅蕗( きゃらぶき)佃煮けんちん汁キンピラ栃木の郷土料理しもつかれすいとん婆ちゃんの作る料理、とっても美味しかったなあ~

  • 15Feb
    • 他人事じゃないこと

      レジデンツの中には、母国語だけで全く英語が話せない人もいる。昨日一人のレジデントが転倒し、手がパンパンに腫れて痛がり、骨折の疑いがあったので、ナースが救急車を呼んだ。彼女は身寄りがいないので、通訳として付き添う家族もいない。「(何も分からないので)怖いです。助けて下さい!」不安な表情で救急隊員にたどたどしい英語で訴えているが、彼らの質問は全く理解出来ていない。ようやくジェスチャーでキャスターに移動させられ、搬送されて行った。彼女までの英語レベルじゃなくても、自分が弱った時に、いったいどのくらい適切に症状を訴えられるのだろう?病名や治療の説明をしっかり理解出来るだろうか?心配であるヘルスケア業界に従事する今のうちに、少しでも英語力を付け、病気のことやカナダの医療にも精通しておきたい。

  • 10Feb
    • むかしのBlogの画像

      むかしのBlog

      昨夜は夕食に飲んだお茶のカフェインが効き過ぎて、なかなか寝付けなかったから、このBlogとは別に綴っていた過去のBlogを、久々に読み返していた。その時のBlogは家族や日々のことはもちろん、アフィリエイトにもハマっていたり、地元のカフェやレストラン情報、育児やボランティア、学生になるための準備など、色々なことが丁寧に綴ってあって我ながら面白かった自分の遺言書には、「自分が他界したら家族に全てのBlogとSNSの閉鎖希望」と記したが、Marimoが母がこの世に生存した証しとして残しておきたいなら、それも良かろうと思える内容だった。文章を日々書くことは楽しいし、将来は将来で読み返す楽しみがある。自分が老後に自分のBlogを読み返しながら、半生を振り返る楽しみが出来そうだ。

  • 09Feb
    • 没後20年目の画像

      没後20年目

      母親が亡くなって今日で20年目になる。激動の20年だったとしみじみ。幼少の頃のこと、家族旅行のこと、日々の暮らしのこと、最期のホスピス病棟でのこと、どんなに月日を重ねても、想い出は色褪せない。カナダに移民した自分、結婚した自分、母親になった自分、学生に戻った自分、介護士になった自分も、全部見届けて欲しかったなあ....。「お母さんは、ちゃんと空から見ていてくれてるよ!」って優しく周囲に励まされるけど、やっぱり今でも病魔は憎い。20年後の今だったら、医療も進歩して、救えた尊い「命」だったと思う。あの日から20年後の自分だからこそ、大切な人を失う不安や寂しさを身を持って経験し、今のHealth Careの職場で確実に生かせているのだけど....。目指せ寄り添い"ケア"

  • 07Feb
    • じっちゃんの目標

      今日は祖父の命日。「俺は、親父が生きた91歳までは、頑張って長生きするぞ!」それが生前のじっちゃんの目標だった。持病もなく、薬も飲んでいないじっちゃんだったから、その目標は必ず達成できるだろうと、自分達も信じていたものだ。まさか82歳で逝ってしまうとは....もっと孫達の成長見届けてもらいたかった。これからもっと親孝行していく予定だったのにな。遠い将来は寿命をコントロール出来る時代が、やってくるのだろうか?

  • 02Feb
    • 叶わなくなった約束

      オフの日のまったり気分から一変したのは、同僚からのレジデンツの訃報だった。自分が勤務中は元気だったのに....絶命して発見されたらしい。心臓だろう、たぶん。正月に今年の干支の戌のイラストを描いて手渡したら、とっても喜んでくれて、「上手だね~!」って何度も誉めてくれていた。「来年の干支も描いてプレゼントするから、1年間元気で長生きしてね!」と伝えると微笑んで頷いてくれてたのにな。寂しい叶わぬ約束....合掌

  • 01Feb
    • シラミ騒動

      カナダの暦も1月31日で明日から2月、1月は降水量が例年より多かった。春が待ち遠しいです。先日はレジデンツの一人からシラミが見つかり、大変だったMarimoがデイケアで以前移されたことがあるので、自分は卵や成虫のサイズも形、対処方法も熟知ずみだったけど、他のシラミを見たことないスタッフは、移るのを心配してパニック状態。カナダでもシラミの発生は聞くけど、大体子供が通う学校など。このレジデンツは一体どこから持ち込んだのだろう?シラミ駆除用のスペシャルトリートメントをして、ベッドリネン、衣類など全て洗濯し、洗濯出来ない枕などはゴミ袋入れて密封7日以上、通常業務以外のエクストラワークに追われて大変な1日だった。スタッフは念のため重装備で入室、頭からシャワーキャップ、マスク、ガウン。卵の孵化の期間を考慮して、念のため2回スペシャルトリートメントを、7日~10日後に再びすることに....どうか何も発見されませんように!日本の施設では、どう対応するのだろうシラミ発生時は???

  • 15Jan
    • ぷっちょの画像

      ぷっちょ

      Marimoは、「ぷっちょ」大好き人間。姉のわあが日本から送ってくれた。下手すると中身の飴ちゃんより、カナダへの郵送料のが高くつくのにじっちゃんの代わりに甘やかしてくれる、わあの貴重なお金を使わせて申し訳ない。この夏は、じっちゃんの遺品整理に日本へ帰国したいから、その時はMarimoに「ぷっちょ」、うんと買ってあげようと思うそう考えると、「ぷっちょ」で大喜びしてくれるMarimoは、親孝行

  • 10Jan
    • 命日の画像

      命日

      日本時間の昨日は、じっちゃんの命日だった。あくまでも死亡推定時刻なので、絶命した本当の日時は定かではない。親友から訃報を聞いた日から今日まで、重い重い日々だった。大切な人の死別が続くと、人間まともに生きようと思っても、そうは生易しいことではなかった。言動も普通じゃなかったんだと思う。どう扱っていいか困らせてたのかな?疎遠になってしまった人も出た。オカシクなった自分を見捨てず、そっと見守り続けてくれた、心優しい人もたくさんいたけど....「何て言葉を掛けたらいいものかね?」と、死別で悲しんでる人の言葉掛けに悩む人がいるけど、これは千差万別だと思う。例え同じ「言葉」を使っても、その「言葉」を発信する人柄で、受け取る印象も大きく変わるから。この1年は周囲の人々の本当の人柄にも、大いに触れた1年だった。ここまで優しく気遣ってくれるとは!と、大感激させられた人もいたし、その逆の集団行動の建て前における時だけの本領発揮SNS的美人で、落胆させられた人もいた。人生の一通過点として、良い悪いも含めて、極めて意義のある1年だったんだと思う。自分をとことん見つめ、周りを見つめ、将来を見つめ、たくさん考える時間を持った。最愛のじっちゃんの命日を、一つの区切りとして、また地道に再出発です。

  • 09Jan
    • 休暇中に....

      昨日綴ったPalliative careの人、自分が休暇中に他界してしまった。今日は彼女をどうケアしようと、考えながら迎えたシフト入りの朝だったのに。レジデントは急変するんです、何が起きるか分からない。だからこそ1シフト1シフトが大切、そのシフトがケアのラストチャンスになることもあるから。最期に見たレジデントの表情は、いつでも鮮やかな記憶で甦る。同僚と就寝前きれいに身体を拭いてあげた。ポジションを寝やすいように換えて、じっと天井を見上げる彼女の額と髪を優しく撫で「おやすみ」をした。結局それが自分にとって最期のケアになった。YouTube とか閲覧して楽なリポジションを研究していた。もう彼女には実践出来なくなってしまった。苦しみと痛みから解放され、ようやく旅立てたんだと思うようにしている。彼女の冥福を心から祈りながら....

  • 08Jan
    • 緩和ケア

      Palliative care(緩和ケア)が始まった人がいる。Palliative careを担当する時、公私の体験も含めて、様々な思いが巡る。レジデント本人のケアはもちろん、家族や同僚仲間達のケアも大切だ。24時間ベッドケアになってしまった彼女、痛みを緩和するモルヒネなどのせいで、日に日に反応も乏しくなっている。交代で待機して彼女を見守る家族も、疲労困憊だ。本当に心地良い介護が出来てるのか?この治療方針で彼女は満足なのか?もはや物言わなくなった彼女に心で問い掛けても、答えは返ってくるわけではない。ケアイドとして自分が出来ることは、その時その時のケアを悔いなく、一生懸命心を込めてやることだけ....