カズオ・イシグロ『日の名残り』の書評(1) を書いてから、かなり時間が経ってしまいましたが、述べておきたいところがありますので、(2)を書かせてもらいます。


この『日の名残り』は、「信頼できない語り手」の例として有名だそうです。

「一日目」「二日目」と分けてある章が、ミス・ケントン(現在はミセス・ベン)と会ったはずの「五日目」が抜けて、「六日目」になっているというのも(「三日目」が2章あるので、必ずしも1日あたり1章というわけではないにせよ)、その根拠の一つのようです。


ただ、土屋政雄氏の訳に忠実に読み進んだあと、解説の丸谷才一氏の文章を読んでみると、丸谷氏は誤読しているのではないかと思えて仕方ありませんでした。


「スティーブンスが信じてゐた執事としての美徳とは、実は彼を恋ひ慕つてゐた女中頭の恋ごころもわからぬ程度の、人間としての鈍感さにすぎないと判明する。そしてこの残酷な自己省察は、彼が忠誠を献げたダーリントン卿とは、戦後、対独協力者として葬り去られる程度の人物に過ぎなかった、といふ認識と重なりあふ。」


ダーリントン卿については(3)で書くつもりですので、今回は「彼を恋い慕っていた女中頭の恋ごころもわからぬ程度の鈍感さ」について考えてみたいと思います。


何しろ文庫本の解説として掲載されている丸谷氏の文章ですから、本文を読む前に解説を読んで先入観を持ってしまう方もいるかもしれませんし、本文を読んだ後で、丸谷氏の解説に引っ張られてしまう方もいるかもしれません。

それは避けたい、というのが私の考えです。


丸谷氏が言うように、スティーブンスは、ミス・ケントンの自分への恋心に気づいていなかったのでしょうか。


いいえ、そんなことはないはずです。


「私は両手にお盆をもち、廊下の暗がりの中に立っておりました。そして、心に確信めいたものが湧いてくるのを感じておりました。この瞬間、ドアの向こう側で、私からほんの数ヤードのところで、ミス・ケントンが泣いているのだ……と。それを裏付ける証拠は、何もありません、もちろん、泣き声などが聞こえたわけではありません。が、あの瞬間、もし私がドアをノックし、部屋に入っていったなら、私は涙に顔を濡らしたミス・ケントンを発見していたことでしょう。当時もいまも、そのことは信じて疑いません。」(327頁)


どうしてスティーブンスは、ミス・ケントンがドアの向こう側で泣いていると思ったのでしょう。


その日は、語り手のスティーブンスにとって、「執事人生の集大成」といえるような、執事という「地位にふさわしい品格」を保ち続けたという、勝利感と高揚感をもたらした一日でした。

それは、イギリスの首相と外相と、ドイツ駐英大使がダーリントンホールにやってきた夜、ヨーロッパでも最も大きな影響力を持つ人々が、大陸の運命について意見を交わしていたその夜のことだったのです。


上記の正式な客が来る前に、ダーリントン卿の親友の息子である、カーディナルがダーリントンホールを訪れ、それをミス・ケントンに伝えにいくところから追っていきましょう。


「ミス・ケントンはテーブルを前に座っておりましたが…何をするでもなく、ただすわっていたものと見えます。私がノックするかなり前から、そんな状態でいたことをうかがわせる雰囲気がありました。」(307頁)


ミス・ケントンが何か考え事をしていたらしきことを、スティーブンスはきちんと見抜いています。


ミス・ケントンはその夜外出することになっていました。


「少しお話したいことがあります。」

「何ですかな、ミス・ケントン?」

「今晩、私が会う相手ですわ。この方に結婚を申し込まれていますの。あなたには、そのことを知っておく権利があるだろうと思いましてどう。返事をしたものか、まだ考えています」

「さようですか」

「私の知り合いは、来月から西部地方で新しい仕事につくことになっています。私はまだどうしようか考えていることですけれど、でも、やはりこういうことはお伝えしておいたほうがよいと思いまして」

「そのとおりです、ミス・ケントン。よく教えてくれました。では、今晩は楽しく過ごされますように」(308頁)


そっけないスティーブンスの返事。

そして20分後、ミス・ケントンが裏階段でスティーブンスに怒りながら、こんなことを言います。


「私が今晩出かけるというので、ずいぶん不機嫌ではございませんこと?」

「とんでもありません、ミス・ケントン」

「台所で派手な物音をたててみたり、私の部屋の前を何度もばたばたと行き来してみたり、そんなことで私の気持ちを変えようとしておられますの?ミスター・スティーブンス、あなたがいい顔をなさろうとなさるまいと、私は出かけさせていただきます。はっきり申し上げておきますわ。何週間も前からの約束ですもの」

「結構です、ミス・ケントン。今晩は、どうぞ楽しく過ごされますように」(310頁)


本当にスティーブンスが、わざと物音を立てていたのなら、それはそれで可愛いですが、スティーブンスがそんなことをするとは考えられません。

これは、ミス・ケントンの願望の反映、「忙しいことを理由に、『出かけるな』と言ってほしい」、さらに言えば「『結婚を申し込まれている相手の男になど会いに行くな』と言ってほしい」ということの表れだということが、読者には容易に読み取れます。


しかし、ミス・ケントンの思惑とは裏腹に、あくまで執事であるスティーブンスは、その時ミス・ケントンが抱えていた思いをわざと無視する形で、自らの仕事のみに集中しました。


そして、ミス・ケントンが帰ってきた時にも、こういう会話が繰り広げられます。


「私と知り合いとの間に今晩どんなことがあったのか、あなたには少しも関心がありませんの?」

「無礼と思われたら困るのですが、私はすぐにでも上に戻らねばならないのです」

「あなたがお急ぎだと言うなら、私が申し込みを受け入れたことだけお伝えしておきます」

「申し込みとは、ミス・ケントン?」

「結婚の申し込みですわ」

「ああ……さようですか、ミス・ケントン。では、私からも、心よりのおめでとうを申し上げます」(314頁)

「このお屋敷に十数年もお仕えした私がやめようと言うのですよ。それに対する感想が、いまおっしゃったそっけないお言葉だけですか?」

「ミス・ケントン。あなたには衷心よりおめでとうを申し上げます。しかし、繰り返しますが、いま、この瞬間、世界的な重要事が二階で繰り広げられつつあるのです。」

「ご存知かしら、ミスター・スティーブンス?知り合いと私にとって、あなたはとても重要な人物だったのですよ?あなたのことをあれこれと話し合って時間を過ごしたことも多いのですよ」(315頁)


このあとミス・ケントンは、スティーブンスの仕草を話題にした、と述べますが、読者は深読みをしたくなる箇所ではないかと思います。

ミス・ケントンと結婚を申し込んだ男との間で、話題になっていたのは、ミス・ケントンが思いを寄せる男性としてのスティーブンスだったのではないか、と。


しかし、ミス・ケントンが望むような言葉、たとえば「結婚しないで、ずっとお屋敷にいてほしい」、あるいは「その男とではなく、私と結婚をしてほしい」を、スティーブンスは口にしませんでした。


そして夜遅い時間、裏階段でミス・ケントンがまたもや声をかけます。


「先ほどは愚かしい振る舞いをしてしまいました。どうぞ、お許しください」

「申し訳ありませんが、ミス・ケントン、いまは話をしている暇がありません」

「先ほど私が申し上げたことを本気にしてはいけませんわ。私がただ愚かだったのですから」

「あなたが何のことを言っておられるのか、私には思い出すことすらできません。…ここであなたと軽口を叩き合っている暇はありません。」(326頁)


そしてその数分後、ミス・ケントンの部屋にはまだ明かりが付いていて、スティーブンスは考えるのです。


「そして、心に確信めいたものが湧いてくるのを感じておりました。この瞬間、ドアの向こう側で、私からほんの数ヤードのところで、ミス・ケントンが泣いているのだ……と。」(327頁)


スティーブンスが本当に鈍感な人間で、ミス・ケントンに言った言葉通りの感情しか持っていないのであれば、ミス・ケントンが泣いていると確信することなどないはずです。

ミス・ケントンが泣いている理由は、思いを寄せるスティーブンスが自分の結婚を止めてくれなかったこと、でしょう。

スティーブンスも、ミス・ケントンが本心では自分に結婚を止めてほしいと思っているのがわかっていたからこそ、そうしなかったことでミス・ケントンが泣いていると確信しているのです。


(あるいは、ミス・ケントンが泣いているのは、スティーブンスが仕事にしか興味を持たず、自分の思いに気がついてくれないから、かもしれませんが、いずれにせよ、結果は同じです)


それでも、執事としての自分というものを大事にしているスティーブンスには、ミス・ケントンが望むような言葉をかけることはできませんでした。


スティーブンスは鈍感なのではなく、相手の感情を理解していて、その上でそれを無視しているのです。

その結果、読者からすれば愚かとしか言えないほど、頑迷に執事としての分を守り抜きました。


その夜のことを、スティーブンスは「執事人生の集大成」と述べています。

思いを寄せる女性が、他の男性との結婚を承諾したと聞かされた時にも、個人的な感情に振り回されず、執事としての仕事を全うしたこと。

ダーリントン卿がナチスの駒として使われていることを知らされた時にも、主人のよき判断に全幅の信頼を寄せていると言い切ったこと。

この夜に、この二つのことがスティーブンスの身に起きたのです。

彼にとってこの夜は、公私ともに執事としての品格を守り抜いた日、だったのです。



ミス・ケントンは、思いを寄せるスティーブンスと、辛いこと苦しいことを共有したいと考える、女性らしい人として描かれています。

ダーリントン卿の指示で、ユダヤ人のメイドを2人解雇することになったものの、後にダーリントン卿がそれを後悔していると知ったスティーブンスは、それをミス・ケントンに告げます。


「卿ご自身が、あれはあひどい間違いだったと、はっきりお認めになったのです。それを聞いただけでも、心がたいへん安まりました。あの件では、私に劣らずあなたも心を痛めておられましたから」

「あなたはなんの疑問もお持ちではないのだと思っていました」

「それは正しくありませんし、私に対して公平な見方とも言えません。あの件は、私にとってたいへん気の重いことでした。」

「あのとき、そのお考えを私と分かち合ってくださっていたら、私にはどれほどありがたかったか知れません。私はとても苦しんだのですよ。私一人が苦しんでいると思うからこそ、よけいに苦しかったのですわ」

「あのような解雇に賛成できないのは当然です。それは誰にも自明のことだと思っていました」(215頁)


ここにも、スティーブンスのあり方、不器用さが描かれています。


こんな場面もあります。

ミス・ケントンにとって母親代わりの叔母さんの死の通知が来て、「しばらく一人にしておいてほしい」と言われたあとの数時間、スティーブンスはミス・ケントンの悲しみについて考え続けたといいます。


「その悲しみを少しでも軽くしてやるには、何を言い、何をしてやればよいだろうと考えていました。」


これが、ミス・ケントンへの想いの強さでなくて何でしょう。

しかし、スティーブンスの思いやりは裏目に出ます。

仕事が全てで、同じダーリントンホールで働いていた父親の死に目にも逢わずに仕事を続けていたほどのスティーブンス。

彼は、仕事の話をすることで、ミス・ケントンの悲しみを紛らわせようとしたのでしょう。

しかし、母代わりの人の死を数時間前に知ってなお健気に仕事をしているというのに、彼女の下で働くメイドの監督に手抜かりがあると言われて、喜ぶ人がどこにいるというのか……。


「ミス・ケントンはそっぽを向きました。そしてその顔には、再び、不可解な何事かを解こうと努力している表情がよぎりました。感情が激するより先に、気が滅入ってしまった感じでした。」(254頁)


そりゃ、そうだよね、と言いたくなります。



スティーブンスの生き方は、客観的に見たら不幸であるのですが、そういう生き方を選んだのはスティーブンス本人ですし、その生き方に自負を持っているのも事実。

残り少ない人生でもまた「執事としての生き方」を続けていこうとするところに、執事というものの悲哀を感じずにはいられません。




ミス・ケントンに限らず、好きな人と感情を共有したいというのは、多くの女性が求めるものではないかと思います。

一方、スティーブンスに限らず、男性は、そのような女性の思いをあまり理解しているとはいえません。

男性が、伝えなくてもわかるはずだ、と思っているのか、伝えること自体に意味を見いだしていないのかはわかりませんが。


このあたりの男女の感情のすれ違いは、よく描かれていると思います。
しかもスティーブンスは、仕事のためには自分の個人的な感情など切り捨てるべきと考えている人間ですから、ミス・ケントンのような、一般的な女性の心を持った人とは、すれ違うばかりであったでしょう。


このすれ違いの描き出し方が巧いなあと思わずにはいられません。



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