旅レポのつづきです。
さて
気仙沼で電車からバスに乗り替えて、30分ほどでいよいよ陸前高田の市街地へ。
道中、バスの景色を見ながら思ったことは
道路はものすごく立派なものが作られているなぁ・・ってこと。
新しくてきれいで、広い。
まず道路が整備されなければ、物資を送ることも人が行き交うことも出来ないわけだから、これはごく当たり前のことなんだけど
そのきれいな道路から見える景色には、胸を塞がれるようなものもありました。
一瞬で通り過ぎたからうまく撮れなかったけれど、高田に入った所でバスから撮った写真。
多分、学校?
震災当時のまま、手付かずで残されていた建物。窓という窓が壊れ、廃墟になった建物。
きれいに整備された場所と、そうでない場所の落差がすごく激しい・・・と感じました。
バスが到着した駅の周辺。 このあたりはとてもきれいでした。
ここで迎えに来てくれたMさんと再会。
色々と、街のことを説明してくれました。
今私達が立っている場所は震災後に膨大な土を入れてかさ上げした土地だそうで
そこに新しい街を作っている最中。
でも、まだまだ全容が見えない状況。
だって、このかさ上げ地のすぐ横には、まだ一切手付かずの震災当時のままの土地が広がっていましたから・・・
かさ上げで12メートル?高くなった新市街地から見下ろした荒野。
本当は、この土地に震災前の高田の住宅地が広がっていたのですね。
Mさんのお宅はどの辺にあったの?と尋ねてたら
街の地形があまりにも変わり過ぎて「自分でもどこが家だったのかよくわからないのよ」と笑うMさん。
明るく笑っていたけれど、自分の生まれ育った土地が、街が、もはや方角すらもわからないほど変わってしまうって・・・想像を絶することだと思う。
この後、彼女の車に乗って市内をあちこち案内してもらいましたが
とにかく、いたるところがまだ工事中。
あちこちにまとめて置かれていた重機の多さに圧倒される・・・
海は、平地からはまったく見えないようになっていました。
数メートルもある巨大な防波堤が建てられ、視界を遮っていたので。
「凪待ち」でもそういうシーンありましたね。亜弓が防波堤を横目で見ながら「こんなもの建てちゃって」という場面。
まさに、私もそれを体験した感じです。
私に海を見せるために、かなり高地まで車を走らせてくれたMさん。
ここまで登って、やっと海が遠くに見えました。
そして、川。
津波がこの川を遡り、海などまったく見えない地域(山間部)の人まで被害を受けた話。
橋の欄干につかまって助かった人、力尽きて流された人、津波が引いた後ご遺体が沢山打ち上げられていた場所の話・・・等々
Mさんは淡々と説明してくれたけど、私は絶句するばかり。
この地で暮らす人々は、どれだけ壮絶な思いをしてきたのか・・・と思うと本当に言葉がなかった。
それでも
人は生きていかねばならない。
Mさんのご主人は木工の職人さん。
震災で津波にさらわれかけて、九死に一生を得て生還された方。全てを失って、また一から自分の工場を立ち上げられたそのご苦労はいかばかりだったのか・・・
再建された作業場を、見せていただきました。
まさに、匠の技!
作業場の2階は、ご主人とMさんの趣味のお部屋。
大画面のプロジェクターで、ちょっとだけSMAPのライブDVD見せてもらった
(本気で見始めると止まらないから、ちょっとだけにした・笑)
やっぱいいよね!SMAPサイコー!と、盛り上がる中高年ヲタ2人(笑)
その後新築のお宅へ。
Mさんのご両親と、そして可愛いビーグル犬のモカちゃんがお出迎えしてくれました。
まだ1歳足らずのおてんばな女の子。
めちゃめちゃ可愛かったよ~
新しいお家は職人であるご主人がこだわりぬいて建てたという、素敵なお宅。
柔らかで、温かな空気に満ちたお家。ここで新しく家族の歴史を刻んでいくのですね。
そうそう。
この陸前高田の新しい商店街にある熊谷珈琲店さんはMさんの旧知のお店なんですが
昨年の3月にラジオ「編集長稲垣吾郎」で、吾郎ちゃんからインタビューを受けたというお店。
もちろん、到着後に真っ先に案内してもらいましたが、残念ながら日曜日で定休日。
外からお店の外観の写真だけ、撮らせてもらった。
提灯?の熊のロゴが可愛い。
吾郎ちゃんはこの時、高田のことを「未来しかない街ですよね」と言ったそう。
なんて素敵な言葉だろうか・・・とつくづく思う。
人も、街も何もかも失くし、今現在も先の見えない復興のただ中にあるこの地のことを、そしてそこに住む人を
優しく肯定し励ますことが出来る、あなたの好きな吾郎ちゃんは、やっぱり凄い人だよね、Mさん。
お昼過ぎに到着し、午後5時過ぎのバスで帰途についたので慌ただしく駆け足で見た陸前高田市だけど
行くことが出来て本当によかった、と心から思います。
SMAPを通して繋がったご縁って、本当に不思議です。
普通なら関わることのないほど遠い地の人と、彼らを介して繋がり、交流し、そして互いを思う大切な絆が出来たこと・・・全部私の人生の宝物です。
被災地に住む大変さも、Mさんご一家の抱える苦労も、他人には計り知れないものがあるだろうけど、今までもこれからも、私に出来ることがあれば微力だけどお手伝いしたい。
そんな思いを改めて抱いた1日でした。
Mさん、あの時は色々お世話になりました。
忙しい中をあちこち案内してくれて本当にありがとう。
またいつか、あなたの住む街を訪ねたい。
その時は、あの大画面で今度は「6人のSMAP」のDVDを一緒に見ようね。
以上、旅レポその3でした。
あともう少し、旅の最終日のことも、報告させてくださいね