回は、ART(体外受精などの高度生殖医療)での排卵誘発について解説したいと思います。ちょっと難解な話ですが興味のある方はお読みください。最後には何となく理解できるのではないかと思います。解説の進め方として、まずはいくつかの着眼点で分類してみます。

最初の分類としては、卵胞刺激のための薬の使い方です。卵巣刺激の薬には内服薬や注射薬があります。しかし、それらの薬を使わないで自然に育ってきた卵子だけを取る方法があります。これを自然周期法、Natural cycleの頭文字を取って仮にN法と名付けておきます。

次に内服薬のみを使う方法、内服薬はクロミフェン(セロフェンやクロミッド)を使うことが多いのでclomifenの頭文字を取って、C法とします。

次に注射を使う方法。注射はhMGとかリコンビナントFSHなどという種類の薬を使いますのでhMGの頭文字を取って、H法とします。

次に内服薬と注射の両方を使う方法。CH法とします。

卵胞刺激法としては以上となります。何も使わないN、内服のみのC、内服と注射のCH、注射のHです。

ところでARTでの排卵誘発はCOS、またはCOHと言われます。これは「調節卵巣刺激」を意味する英語の頭文字を取ったものです。しかし何が調節なのでしょう。これがこの次のカテゴリー分けに関係してきます。

調節するのは次の二つのことです。一つは「採卵」(ARTでは卵子を体外に取り出すので採卵と言います)するまでに「排卵」しないようにしておくことです。卵巣を飛び出して排卵してしまった卵子はどこにあるか分からなくなるので採卵(回収)できません。

もう一つの調節は、採卵する時の卵子が成熟卵になるようにすることです。卵子は排卵できるようにならないと成熟卵になりません。そして成熟卵でないと受精できません。

つまり体外受精などのARTでは、排卵できるようにしながら、排卵しないようにしておくという矛盾したことを行わなければならないのです。ここが一般不妊治療での排卵誘発と違うところです(ただし排卵できるようにする調節の方は一般治療でも行います)。ちなみに一般不妊治療での排卵誘発のことは単にOS(卵巣刺激)とかOI(排卵誘発)とか言われていて、調節=controlledという言葉が付いていません。

排卵しないようにしておくということで、次のような分類が考えられます。まずは排卵抑制をせず、採卵時に排卵していなかったら採卵する方法、つまりN法です。

次はGnRH-Antagonist(略してアンタゴニストとします)という注射薬を使って排卵をおさえる方法です(アンタゴニストにはガニレストやセトロタイドという注射薬があります)。C法、CH法での排卵抑制にはこの方法しかありません。H法ではこの方法ともう一つの方法が使えます。排卵抑制のためにアンタゴニストを使用した場合は、いずれもアンタゴニスト法だと言えます。

もう一つは、GnRH-Agonist(略してアゴニストとします)という薬(点鼻薬と注射薬があります)を使って排卵をおさえる方法です(アゴニストにはブセレキュア、イトレリンなどの点鼻薬とリュープリンなどの注射薬があります)。これらの薬の使い方には次の3つの方法があります。

ART周期の月経がはじまるよりも前に使い始める方法=Long法(L法)。月経が始まってから注射薬と一緒に使い始める方法=Short法(S法)。数ヶ月前から開始し、ずっと月経を止めたまま卵巣刺激を開始する方法=Ultralong法(U法)です。そしてこれらの方法では、セロフェンなどの内服薬は使用できず(難しくなるので理由は省略します)、すべて注射による刺激、つまりH法を採用することになります。ややこしくなるので、H法と言えば上記のアンタゴニストを使う方法を指すことにして、アゴニストを使う場合はL法、S法、U法と言うことにします。排卵抑制のためにアゴニストを使用した場合は、アンタゴニスト法に対するもう一つの方法、アゴニスト法と言えます。歴史的にはアゴニスト法の方が古くからある古典的な方法です。

次に調節の二つ目、卵子を成熟させる刺激についてです。卵子が成熟するためにはLHというホルモンが一時的に急上昇する必要があり、これをLHサージと言います。このLHサージを起こすために上記のアゴニストの点鼻薬を使用することができます。ただしアゴニストを毎日使っている場合はだめです。どうしてかと言いますと、アゴニストの点鼻薬は、毎日使うと排卵を抑制し、1日だけ使うと排卵を誘発するのです(不思議でしょ? でも難しくなるので理由は省略します)。したがって点鼻薬によるLHサージの方法が使えるのは、N、C、CH、H法だけということになります。

ではL、S、U法ではどうするかと言いますと、HCGという注射薬を使います。これは一般治療でもよく使います。また、N、C、CH、H法でも使えます。つまりHCGはすべてのケースで使えるということです。

体外受精などの際の排卵誘発法は、以上3つのカテゴリー(1)卵胞を発育させる方法(2)排卵を抑制する方法(3)卵子を成熟させるための刺激の方法の組み合わせで決まります。このことに基づいて以下にそれぞれの誘発法の特徴を一つずつまとめてみます。

【N法】自然周期。内服薬や注射薬を使わずに、自然に育ってきた卵子を1個だけ採卵する方法。排卵誘発剤を使わないので、肉体的な負担が少ない、内服や注射の薬分の費用が安いという利点がある。排卵誘発剤を使わなくても卵胞が育つ人しか対象にならない。年齢が高くなってくると、排卵誘発剤に対する反応性が低下してくるので、たくさん注射をしても複数の卵胞が発育してこないようになるが、自分自身のホルモンに対する反応性はぎりぎりまで保たれるので、注射を打っても打たなくても育ってくる卵胞の数は変わらないという現象が起きてくる。変わらないなら薬を使わない方がよいだろうということになって自然周期を選択する機会が増えてくる。もちろん年齢が若くて内服や注射の反応性が良い人でも自然周期を選択することはできる。欠点としては、回収できる卵子の個数が1か0なので、1回当たりの妊娠率が低いこと、1回に付き新鮮移植か凍結移植かのどちらかしか行えないこと(複数の卵子が回収できれば、凍結することで1回の体外受精で何回も移植できることになる)、何回も行えば刺激周期よりも結局割高になること(たとえば10個の胚を得ようとすれば、最低10回の体外受精を行わなくてはならなくなる)、排卵の抑制が難しいので排卵などによるキャンセル率が高いこと、卵子の成熟のタイミングも難しいので未熟卵などによるキャンセル率が高いことなどがあげられる。複数の卵胞を育てるための内服や注射は行わないが、排卵を抑制したり、卵子を成熟させるための刺激は行うという、自然周期に近い方法も含めて自然周期とする場合もある。いずれにしても、1回当たりの肉体的・経済的な負担が少なくても、何回も行わなくてはならなくなると本当にフレンドリーな治療と言えるのかという疑問が残る。また自然に妊娠できない人が体外受精になるわけであり、自然に育ってきた卵子が良い卵子だという根拠はない。しかし内服や注射などで複数の卵子を回収しても良い卵が得られないケースで、自然に育ってきた卵子の方が質が良かったということもあるので、試してみる価値はある。

【C法】内服法。クロミフェンなどの薬の刺激だけで卵胞を育てる。1~3個ぐらいの採卵数となることが多い。注射と比べて肉体的負担が少なく、注射代の分の費用が安い。内服の誘発剤を使うとLHサージが起こりにくくなるので、逆にそれが幸いして、採卵する前に排卵してしまうというリスクが少ない。慎重を期す場合はアンタゴニストを使用して排卵を抑制する。卵子の成熟のためにはHCG注射はもちろん、アゴニスト点鼻薬の使用も可能である。複数の卵子を回収できる可能性が高いので自然周期と誘発周期のいいとこ取りとも言える。欠点としては、クロミフェンでは、子宮内膜が厚くなりにくい人がいるので、その場合には採卵周期での新鮮胚移植ができない。しかしその場合にはすべての胚を一旦凍結保存しておいて後日内膜を整えてから融解胚移植をすればよい。

【CH法】内服+注射法。当院での初回の体外受精の場合にはこの方法で行うことが一番多い。理由は内服法と注射法の中間の方法で、両者のいいとこ取りだから。注射は毎日使用する場合と、1日置きぐらいに使用する場合がある。いずれにしても注射の量はそれほど多くないので肉体的な負担が少なく副作用はほとんど無い。採れる卵子の数は4~9個ぐらいで適度(採れる卵子の個数は多ければ良いというものではない。多すぎると卵巣が腫れる副作用が出るし、多すぎると質も良くない傾向がある)。年齢に関わらず対象となる患者さんの応用範囲が広い。排卵するリスクはやや少ないが、アンタゴニストを使う場合が多く、アンタゴニスト法だと言ってもよい。卵子を成熟させるためのLHサージには、HCG注射はもちろん、アゴニスト点鼻薬も使用できる。

【H法】注射法。hMGやリコンビナントFSHといった排卵誘発剤の注射を使用して卵胞を複数育てる方法。排卵抑制のためにはアンタゴニストを使用するので、一般的にアンタゴニスト法とはこの方法のことを指すと考えてよい。LHサージのためには、HCG注射かアゴニスト点鼻薬を使用する。採れる卵子の個数は5~10個前後になることが多い。

【L法】ロング・プロトコール。何がロングかと言うと、アゴニスト点鼻薬の使用方法がロングなのである。体外受精を行おうとする一つ前の周期からアゴニスト点鼻薬を開始して、月経になってからも、卵巣刺激を開始してからも使い続けて、採卵する2日前で終了する。上で解説したように、アゴニスト点鼻薬は使い続けると排卵を抑制するので、ちゃんと効いていれば、採卵する前に排卵してしまうことはない。また、卵巣刺激開始時点での卵胞サイズが均一になりやすいため、回収できる成熟卵の数が増える。逆に、多嚢胞性卵巣(PCO)など卵胞が多すぎる人の場合は育ってくる卵胞の数が増えすぎてOHSS(卵巣過剰刺激症候群)のリスクが高くなる。採れる卵子の個数は10個前後が多いが、PCOでは50個も採れてしまう場合もある。つまり採卵数が多いというL法の利点は、多すぎると欠点にもなる。そのメカニズム上、HCG注射によるLHサージが必須である。他の方法と違って、L法(とU法)だけはそのメカニズム上、月経の何日目から注射を開始しても良い。2日目からでもよいし極端な場合には点鼻薬さえ使い続ければ1ヶ月後からでもかまわない。そのため採卵の予定時期を自由にずらすことができるという利便性もある。内膜の状態は比較的良く保たれるので、OHSSのリスクが少なければ新鮮移植も可能である。もちろん凍結しても良い。L法は古典的だが完成された方法で、患者さんによって使い分ければその有用性は明かであり、アンタゴニストが登場してからもすたることはない。当院ではCH法に次いで選択することの多い方法である。

【S法】ショート・プロトコール。これも古典的で完成された方法で、根強い人気を誇る。もうお分かりのようにアゴニスト点鼻薬の使用方法がショートなのである。アゴニストは使用開始直後には卵巣刺激の注射の効果を強めるので、注射をたくさん打ったのと同じ効果があり、使い続けると排卵の抑制に働くのでL法と似た効果がある。L法よりも注射の量が少なくて済むが、L法と比べると均一な卵子ではないため成熟卵の個数はL法よりも少なめとなる。他の方法と比べて卵巣刺激開始時の刺激が強いので、卵巣の反応性が低下した高齢者などでも効果が期待できる。

【U法】ウルトラロング・プロトコール。もともとは子宮内膜症による体外受精対象者のために開発された方法。L法よりもさらに長期間、通常3ヶ月ほど、アゴニスト(点鼻薬または注射薬)を使用して、月経が来ない状態をつくっておいてから、その続きで卵巣刺激の注射を開始する。この方法の意味を理解するためには、体外受精で使用するアゴニストが、そもそも子宮内膜症の治療薬であることを知らなければならない。U法を選択する根拠の一つ目は、子宮内膜症の薬物治療(つまりアゴニスト)だけでは妊娠率が上がらないが、薬物治療に続けて体外受精をすれば妊娠率が上がるというデータである。根拠の二つ目は、月経が来ない状況が長いほど、その後に妊娠できる状況になったときの妊娠率が高いというデータである(具体的には、閉経した人=月経が無い状態が長く続いた人に、若い他人の卵子を卵子提供してもらい体外受精した胚を移植すると、若い人に移植した場合よりもむしろ妊娠率が高くなるというアメリカのデータなど)。U法の亜系としてディナゲストやダナゾールなどの内膜症治療薬をアゴニストの代わりに使う方法もある。子宮内膜症の人だけでなく、他の方法で着床しにくい場合にU法で内膜の状態が変わり、着床し易くなる可能性がある。また他の方法で卵子の質が良くない場合にそれが改善する可能性もある。U法の利点は以上の事だが、欠点としては、体外受精するまでの準備期間が3ヶ月以上と長くなり、しかもその間には排卵しないので自然妊娠が望めないこと。卵巣への排卵抑制が強く働きすぎるため、逆に、卵胞の発育速度が落ち、有効な刺激を得るためには注射をたくさん使用しなければならなくなることなどが挙げられる。

以上でARTでの排卵誘発の解説はほぼ網羅できたと思います。これらの知識はたとえ医者であっても、生殖医療の専門医でないと理解できないこともあり、皆さんがすべて理解できなくても当然のことです。しかし、もしかしたら、皆さんが疑問に思っていたことの回答が書かれているかもしれませんし、そうであればこの長文を書いた甲斐もあるというものです。また、私が皆さんの治療の計画を立てるときには、以上のすべての内容を鑑みて計画を立てますのでご安心ください。