こんばんわ
森瀬真理です
先週、守護神様の事を記事にしたら、
急にブログのアクセス数が50倍に跳ね上がりました。
3日経っていたので、その次の記事がトピしてもらったのかと思ったら人気ランキングでしっかりご自身の記事をランクイン
私が、昨日の今日は露骨すぎると書いたからって3日空けたのか。。。思わず笑ってしまいました。
そうしたら、昨夜読んだ本の中に、
神様のすることは寸分の狂いも無く、どんな時も完ぺきで、いつまでたっても慣れることはなく毎回、感心する。と書かれていました。
このタイミングでのこの本も、重ね重ね、なんとも、全くついていけない。
本題行きますね。
私は物心ついたころから、本当に毎日毎日特にこれといった理由もなくても『死にたい。死んでいなくなりたい』と思っていました。
何か嫌なことがあった時だけでなく、常にいつもです。
自分の存在自体が受け止められず、抱えきれず、コントロールできずに苦しくて、生まれてきたことが間違いだと思っていました。
自分の中に二人いて、何とか人並みに過ごしたいと思う反面、もう一人の私はまさにダースベーダーでした。
有り得ないほど残忍で極悪なサイコパスな映像や声が聞こえて、身動きが取れない状態でした。
そのころの体験は、何年もたってから説明できるようになるのですが、当時は訳も分からず戦死した兵士の霊や、飛び降りた女性の霊が出てきて話しかけられたり
幽体離脱と言われる状態を体験したりしていました。
そのせいでしわ寄せは体調に出るわけで、原因不明の体調不良を繰り返すことになります。
周りに理解されない自分の状態の結果、いつも死にたいという気持ちは常に常に付きまとっていました。
中に、手を差し伸べてくれる人がいても
『本当の私を知ったら軽蔑する』『心配してくれているようなことを言っているけど私が死んでもどうせなんとも思わない』
『どうせわかってもらえないなら、思わせぶりなことしないでほしい』
と思っていました。
出来る限り普通を装うことが限界の私には、少しの刺激も本当にきつかったです。
歌やTVで【幸せ】とか【愛】とか出てくると、攻められている、否定されてる、死にたいとなっていました。
詳しく書いたら、削除対象になるような数々のご迷惑を繰り返しながら、父の他界までの30年以上の暗黒時代を過ごしてきました。
本当に困っている、どうにもならない状態に追い込まれていると、
【幸せになりたいと願えば幸せになれる】とか【前向きに生きる】とか聞くと完全に逆効果の強い拒絶反応を引き起こしていました。
そういうことを言う人は詐欺か、アホかぐらいに思っていました。
だいたい、幸せが何か知らない。わからない。
健康も分からない。知らない。
ただ、耐えるしかない。仕方がない。どうにもならない。きっとみんなも本当は辛いのを隠して頑張っている。と思っていました。
それでも、何があっても死なない。死ねない。逃げられない。という事も何故かわかっていたので余計に私を苦しめていました。
何故そう思うのかは、環境にはことごとく恵まれていて、誰も私を責めない。何があっても完ぺきに守られている。
そのことが更に追い打ちをかけていました。
その私の人生がまさに反転したのが、2年前です。
今は、幸せの意味も愛の意味も分かります。幸せですし、愛に満たされています。
そして、何故何度も死にかけても死なずに今も生きているのかもわかります。
何度も癌だと言われ、何度もお医者さんにまで死ぬと言われても死ななかった意味も分かります。
今日の記事、内容が暗いので、何故死にかけても死なないを何十年も繰り返したのか。は今日のうちにお話ししますと。
この先、ヒーラーとなって死にそうに辛い人の置かれている状態を理解し共感するために。
その人たちを救うために必要な経験だったからだと今は思っています。
不安や恐怖や孤独は全くなくなりました。
それでも、幸せになりたいと望むという感情はありません。
人生の後半に投入した、反転後の事は次回書きます。
最後までお読みくださりありがとうございます。