ごぜ | 新小岩は 楽しいミュージアム

新小岩は 楽しいミュージアム

東京都葛飾区新小岩
地域文化を楽しみながら〝まちの活性化〟に繋げるプレゼンテーションです。

江戸川区郷土資料室の「企画展示コーナー」では、企画展「瞽女の記録と唄・語り-江戸時代の瞽女と江戸川区-」(8月10日~11月24日/江戸川区松島1丁目38番1号 グリーンパレス 3階/03-5662-7176)が、江戸川区に残る瞽女(ごぜ)関連資料を中心に、歴史や芸能、主要演目などを紹介した企画展が開催されています。ごあいさつパネルには『江戸時代、目の不自由な女性が、三味線を携えて旅をし、家々を廻りながら唄を聴かせていました。彼女たちは瞽女(ごぜ)と呼ばれていました。この江戸川区にも、江戸時代から昭和にかけて、瞽女が訪れています。しかし、その記録はほとんどなく、どこの地方から訪れたのかも明らかではありません。…。本展は、江戸川区の一之江新田(いちのえしんでん)・笹ヶ崎村(ささがさきむら)に残る瞽女関連資料を中心に、瞽女の歴史、瞽女の芸能そして「椿の里の瞽女唄ライブ」で取り上げた語り物の内容を紹介するものです。あわせて瞽女唄の演奏会開催し、瞽女の文化を知っていただく機会になれば幸いです。江戸川区教育委員会』と記載されていました。

江戸川区郷土資料室の「常設展示・学習・体験コーナー」では「昭和40年頃の一般家庭の様子と生活道具」の展示がおこなわれています。『郷土資料室が所蔵している資料を中心に、昭和40年前後の家庭の雰囲気を再現しました。さまざまな電化製品が発売され、各家庭によって導入の時期は異なりますが、徐々に家の中に電化製品が増えていきました。一方で、火鉢や箒(ほうき)など昔ながらの道具も日常的に使われ続けていました。』『昭和40年頃は、「三種の神器」といわれた洗濯機・テレビ・冷蔵庫のほか、さまざまな電化製品や、かつては高価で手に入らなかった製品が一般家庭に徐々に普及していった時期でした。薪を使いカマドで炊いてたご飯も電気炊飯器で炊けるようになり、手縫いをしていた針仕事もミシンで手早くできるようになりました。こうした製品の導入は家庭によって差はありますが、ここでは郷土資料室の収蔵資料をもとに、約50年前の家庭の様子を再現しました。「うちにもあった!」ものはありますか?』『■自動保温式電気炊飯器/昭和43年(1968)/松下電器産業(現:パナソニック製)/カマドやガスで炊いていたご飯も、昭和30年(1955)に自動式電気釜が発売されて性能が向上されるにつれ、各家庭に普及していきました。■火鉢/年代不詳/炭火に手をかざして暖を取るだけでなく、湯を沸かしたり餅を焼いたりすることができ、まだまだ多くの家庭で使われていました。■ブラウン管式テレビ(白黒)/昭和39年(1964)/三菱電機製/昭和34年(1959)皇太子殿下ご成婚や昭和39年の東京五輪開催により、茶の間にテレビが広く普及しました。冬至は白黒テレビが一般的でしたが、昭和40年代に白黒からカラーテレビへ次第に移行します。(江戸川区郷土資料室50周年特別号/資料室だより)』

22日は、二十四節気の1つ「小雪(しょうせつ)」でした。「こゆき」ではなく「しょうせつ」と読むそうです。葛飾区・新小岩では、22日「最高気温10.8℃」「最低気温6.3℃」「平均気温8.1℃」の陽射しのない雨降りの一日で体感的にもとても寒い「小雪」になりました。北国から「雪」の便りが届いていますが、「雪」といってもさほど多くないことから「小雪」といわれ、本格的な「冬」の訪れにはなっていないそうです。陽射しが弱くなり紅葉が散り始め、いちょうや柑橘類は黄色く色づいてきます。段々に寒さが厳しくなってきますので「冬」の準備を始める頃合いとなってきました。


屋根のない博物館(Virtual Museum)で「人が歩けば、活性化する」〝地域文化を楽しんで次世代に遺す〟プレゼンテーションです。メインナビ(本画面上部)「Home」より、地域資源利活用研究会「ホームページ」をご覧頂けます。