往復で半里の道のりを、散歩道としている。
風が強く吹く日や雨模様の日は歩かない。

この半里の道に桜が満開となった。道すがら、桜に見とれている人が多く見受けられた。その人を、見ることも楽しみである。桜に寄せて思いが共有できているからなのかも知れない。桜も、若い桜と年老いた桜では、咲き方が違う。この道の半分は、若い桜が満開となって、その色も、きれいな桜色である。今から、二十数年前にこの地にニューヨークから移り住んだ時には、年老いた桜も若かった。でも、確かに、薄い桜色だったように思う。その若かった木々も、幹は太いのだが、枝は、切り落とされた後に、若枝が出て、そこに芽をつけ桜の花を咲かせている。

 

途中、野生化した緑色のインコの番いが、桜の花を啄んでいた。面白い。

まだ、父が存命だった時、上野の桜を見に行ったことを思いだした。そのとき、私は、後何回この桜を父とみることができるのかなと、考えた。母が亡くなりもう二十数年たつが、母とはそのようなことを考えたことなどなかった。恐らく、母に関しては、ずっと生きていると思っていたのだろう。

桜の季節に、私は高校の入学式を思い出す。胸が高鳴る、青春の一こまだった。校舎に続く、桜並木が美しかった。