再び おふくろの味 | 閑話休題

 再び  おふくろの味

 関西の毎日新聞系MBSテレビで、週日午後に「ちちんぷいぷい」というバラエティの人気番組がある。その中で毎回、大阪・神戸・京都の繁華街で、若い学生などに家に電話をかけさせて、「今晩のおかずナーニ」という街頭録画を放映している。電話で答えるおふくろさんは、「今何も考えてない」とか、「冷蔵庫であるもので何か作るわ」とか話しているのを聞くと、昔のおふくろは偉かったと思えて来る。

 勿論洗濯機・冷蔵庫・ガス・水道もなかった時代、毎回の食事に野菜や漬物、魚や時には鶏肉、野菜の天ぷらなど、いろいろ工夫して家族の喜ぶ晩ご飯を作ってくれていた。

 今はあらゆる電化で家事の労力が大幅に改善されたのに、女たちは余暇を友達と食べ歩いたり、美味しそうなおかずを買って来たり、ひどいのはコンビニで、子供の喜びそうなものを買って来て、夕飯のおかずにする。

 食事に季節感がなくなり、日本人が一番大切にして来た、野菜・魚の新鮮な旬のものの食事造りに向き合おうとはしないおふくろたち。今の女たちは、日本家庭の情緒を失くすることに抵抗感も持っていない。子供もそのおふくろの影響を受けて嫁入りすると、日本の女性は家庭の料理に関する限りでは、段々低俗化・下層化して行くように思えて来る。テレビの害毒でもあろうか。

 

 もう忘れていたが2年前の今日、「おふくろの味」を書いていたことを知らされた。「閑話休題」の2016年11月21日付けの記事である。

再録するのでそれも読んでもらいたい。

 

おふくろの味

 懐かしい言葉ですね。戦前は外食は特別の日だけ。中流階級以上の家庭は、総菜屋で造られた、いわゆる「店屋物」―てんやものーを買う家を卑しんでいました。

 今ではスーパーで上品な婦人までが、カートに自分で造れば簡単にできる総菜やおにぎりを買っているのを見かけると、この家庭はどんな生活をしているのだろうかと、思ってしまいます。

 昔はそれぞれの家で母が「おかず」を造り、外で買って来たものを食べたりしなかったものです。母は料理に心を込めて家族の料理を作っていました。鰹節を削ってだしを取ったり、味噌の味付けに工夫をこらし、裏の野菜の天ぷらが最上のご馳走でした。芋や大根の煮っ転がしも皆喜んで食べていました。幼い頃に食べた懐かしい味が「おふくろの味」です。

 

 ところが子供が社会に出て行き、共稼ぎの社会になると、弁当つくりや、夕飯の支度も時間がなくて、ついスーパーやコンビニなどの「店屋物」の仕出しでことを済ませたりします。休日は焼き肉屋,回転寿司屋、ファミリーレストランに出掛け、中流家庭意識を持ちます。そこには家庭の愛情の基となる、「おふくろの味」が子供に伝わりません。

 嫁はいくら忙しくても、献立を考え、小さな娘でもあれば料理を一緒に造り、代々伝えられるような料理が出来たら、素晴らしいと思います。かく言う我が家でも家庭の料理を大切にしいます。手作りの食道楽一家です