北 重人(きた・しげと) 蒼火 (あおび) (05.11.25初版発行)

冬になると時代小説を読みたくなるのは、私だけ???


知人に勧められて読み始めたこの小説、中盤以降ぐんぐんよくなって Y=3X ぐらいの傾き(^^v


ひさしぶりに本格時代小説っていうのを読んだ気分です。


(それで、コメントのご返事を書く前にこれを勢いで書いていて申し訳ないです。

 過日、徹夜できないトシだと思い知って、ご返事は10日夜遅くに書かせてくださいまし。

 わがまま言ってすみません)



作者は新人作家。著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
1948年、山形県酒田市生まれ。仲間とともに建築・都市環境計画の事務所を設立。長く、建築やまちづくりにかかわる。五十の声が聞こえそうになり、ふと四半世紀ぶりに小説を書き始める。1999年、「超高層に懸かる月と、骨と」で第三十八回オール讀物推理小説新人賞を受賞。2004年、『夏の椿』(原題「天明、彦十店始末」)が松本清張賞の最終候補作となり、同作品でデビュー。

だそう。私は目下、この1冊しか読んでいません。

本好きの知人が言うには、前作よりぐんとよい、とのこと。


帯には「第一級の時代ミステリの登場」とあるので、あらすじはあんまりいわないことにします。


主人公・立原周之介は旗本の息子。今は家を出て、長屋暮らし。

生業は、今風にいえば警察に協力する私立探偵>あのねぇ!

江戸に次々と起きる人殺しの中で、ずんばらりと一太刀で斬られた殺しを並べると、奇妙な共通点があることがわかった。捜索が始まる・・・・・・。


なんてことをいうと、ワンパに思う人がいらっしゃるかもしれない。

ところが、すっとこどっこい。ちゃいますのん。


 周之介は呻いた。音、匂い、柄に伝わる斬激の感触が、ありありと甦える。

 人を斬る一瞬の緊迫と、斬った後の悔悟が、血飛沫となって日々の隙間から噴き出す。周之介は人を斬って、じつは自分の心も斬ったのだ。心の底で、黒い地溜まりが揺れ、それが時折、沸えて表に噴き出す。そのとき、心がひずみ、激しい痛みが奔る。

 ようやく心に蓋をしたと思っていた。が、今度の事件が、沈んでいた澱みをふたたび揺すったのだ。あれだけの人を斬って、なお熄(や)まない男とはいったい何者だ。(p29)


さっき、中盤以降がぐんぐんよくなると言いましたけど、29ページ目ですでによいですな。シツレーしました。


この人物像を近代的と思う方もいらっしゃるとは思いますが、私は違和感がありませんでした。

江戸も後期になれば侍も人を斬らなくなったのはよく知られたこと。

時代は明言されていませんが、私は文化文政ごろかそれよりやや下った時代かなと思って読みました(着物の柄やら形がよく書けていて、それが化政あたりの流行風でもあったような。凝ってます)


青年期にすさんだ周之介には、すさむだけの理由があったことが最後でわかるのですけど、伏線は最初のほうにきちんと引かれています(当たり前か(^_^ゞ)。


中盤以降が非常によいと思いましたのは、「あれだけの人を斬って、なお熄まない男」もよく描けているからです。衝かれたように人を殺さずにはいられない理由もしっかりしてますし(あたしには痛いけど>ト、私語する)、その過程も周之介はよく推測している。だから、その男を通して、人の業が見える(気がする)。

「蒼火」というタイトルは、「人を殺した者は、蒼い火を背負うというぞ」(P37)と言葉から採られているのですが、後半以降、この言葉がすごく生きている。


私はどうしても人物のほうから読んでしまうのですけど、そんな私が途中でしたのは、奥付の著者略歴(上の青字)を確認することでした。

というのも、江戸の地名がものすごい細かい。細かいだけでなくて、絵図面を見て書いているというより、ここに坂があって、ここが野原で、というようにパノラマ的。

すっかり江戸の町をわがものにしている、確か、この人は・・・・・・と著者略歴で再確認したほどでした。


と、まぁ、大誉めいたしてしまいますた(^_^ゞドモドモ


全体から見れば、超ささいすぎて揚げ足とりみたいな気もするんですが、

新内や三味線の描写、上方弁、茶道具のあたりがちょっと違うんでないかいと思ってしまいました。

でも、これは言い換えれば、逃げずに書いていらっしゃるということなんじゃないでしょうか。

楷書体のしっかりした時代小説の書き手の誕生。

なんか、エラソですけど、そんなことを思いましたです。


(ううう、ただ今、5:03a.m. 明日は野暮用で久しぶりに運転しますので、風呂に入って寝ます。

 コメントくださってる皆様、どうぞお許しください)