【1学期】 7月13日
比留間カツ子
自転車を飛ばして、PTA室の扉をガラガラッと開けたとたん、ウチはびっくりしたけん。シーンと部屋が静かやった。その中で委員長が一人で話しとらる。あれが「独り舞台」ち、言うもんたい。ばってん、委員長の舞台は見られん舞台ばい。お客さんたちは難しい踊りを見せられて、わけがわからんで小そうなっとる。ハハハ、ウチが民謡踊る姿をとうちゃんがあんまり誉めてくれるけん、このごろ何でも民謡にたとえるクセがついてしもうた。
ウチにはわからんたい。「5月20日に運動会を行いました」と「5月20日、運動会が行われました」。なんで後のほうじゃなかと、いかんたい?
委員長は「運動会を『行った』のは学校であり、PTAではありません。したがってこの文は『運動会が行われました』と書くべきです」とか、「ここは句点を打ったほうが読みやすいですね」とか、せからしかこつば眉間に皺よせて言うとった。言われてみればそげな気もするばってん、PTAは作文教室と違うけんね。それに、これを書いた坂口さんの気持ちも考えてみらんね。坂口さんは慣れんこつに時間ばかけて、徹夜で書いたち、言うとった。人が書いたもんをあとでコセコセ文句つけるのは、簡単たい。
「森下さん、そんなら自分で書いたほうが早かとじゃなかね」
ウチは商売上手と己惚れとるけん、ニコニコ笑いながら言うたばってん、森下さんはキッとならしゃった。
「校長先生がお読みになるんですよ。『ムカデ』はPTA広報誌です。そこに、学校行事である運動会をPTAがやったような記事を載せたら、気分を害されます。ですから、念には念をいれたほうがいいんです」
べつに誰も自分たちがやったとは書いとらんばい。それに運動会は学校行事だと、みんな知っとるばい。この人は、なんで校長の思惑ばっかりこげに気にするとね?
「校長先生のための『ムカデ』かいね」
思わず言うてしもうた。森下さんは、黙らんした。
この間、とうちゃんに言われた。
「オマエな、思ったこつ、全部口から出すな。本当のことやけん、よけいに腹たつとたい」
偉そうに言うけん、ウチも言うてやった。
「何ば言うとる。とうちゃんは、そんなウチがよかとやろうが。それに、ウチがお客さんにはそげな口聞かんこつ、あんたもよう知っとるやんね」
ほんなこつ言うと、ウチはPTAたら偉そうに言うて、なんばしとる所かわからん。ほんなもんが何の役に立つのか、さっぱりわからん。ばってん、「いっぺんは委員を引き受けるのが会員の義務じゃ」ち言われて、文化委員たら言う役をやることになってしもうた。したら、毎月2回も委員会がある。それもこの有り様じゃ。ため息ば出るとよ。
坂口さんと自転車ば押しながら帰ったら、坂口さんがウチに言うた。
「あんたが来てくれたら、いっぺんに委員会が明るうなって、ほっとしたよ。ウチ、森下さん、苦手なんよ。猫なで声でウチらに物言うけど、偉そうやもんね。森下さんは女には偉そうにするくせに、男の人には違うらしかとよ。学校整備委員長の今井さんが、この間、言うとったよ。運営委員会に出たら、会長を見る目つきが違うとるげな」
坂口さんはええ人ばってん、こげな話がほんまに好きじゃ。
森下和江
ほんとに副委員長の比留間さんには手を焼きます。今日もPTA室に入ってくるや否や、広報誌『ムカデ』2号の記事について真面目に検討していた真剣な雰囲気をすっかり変えてしまいました。そのうえ、私に対して大変失礼なことを言いました。アミダクジなんかで副委員長を決めるから、こんな人が副委員長になってしまうのです。PTAという大事な組織をいったい皆さんはどう考えているのでしょう。
ところで広報誌の『ムカデ』という題名は一風変わっていますが、この題名に深い意味があると知って、私は大変感銘を受けました。「ムカデ」は「百足」です。運動会のムカデ競争のように、PTA会員みんなが気持ちを一緒にして活動しましょう。そして子どもの教育環境をゆっくりと変えていきましょう、という意味があるのだそうです。伝統あるこの題名の由来を私に教えてくださったのは会長の勝本さんです。
私は今年度の書記候補にあがっていましたが、1回めの互選会のあと、前年度に引き続き会長をされる勝本さんが私の目をじっとご覧になり、こうおっしゃったので文化委員長を引き受けました。
「校長先生はPTAがお嫌いなようです。どうも、前任校のPTA役員が共社党だったことがあるらしいですね。いえ、僕は共社党が嫌いというわけではないんです。しかし、校長先生は転任2年めですから、このあたりで六中PTAが学校のやることに何でも反対する組織ではないことを知っていただかなくてはならないと考えています。そのためには目に見え、形に残る広報誌『ムカデ』が大切だと、僕は考えているんです」
会長の勝本清一さんは今年3月に初めてのご本を上梓され、『九州日報』や『龍山タウンズ』にエッセイを連載されています。また先日は、NHK福岡の『あの街・この人』にもご出演なさいました。こんなお忙しい方が六中のPTA会長をお引き受けくださった裏には、やはり深いわけがあったのですね。私はこのお話を伺って、勝本清一という方の誠実さをひしひしと感じたのでした。
そんなわけで、PTAがお嫌いな校長先生にOKをいただくためには、慎重の上に慎重を期すことが必要です。私はそれを肝に銘じて委員長をやっているのですが、副委員長の比留間さんには全くその意識が欠けています。しかたがないことかもしれません。比留間さんは委員をやるのが初めてだし、私のように会長から直々に六中PTAが抱えている問題を聞いたわけでもありません。そんな比留間さんと、地域活動歴が長く会長の信任厚い私とを比べては、比留間さんが気の毒というものです。それなら初心者は初心者らしく他の委員さんたちのように振る舞えばいいと思うのですが、彼女はクラスでもPTA委員の思惑を無視し、言いたいことを言うと聞いています。
アミダクジで副委員長になってしまった比留間さんが、この1年間私のもとで委員会活動をすることによって、PTAの意義を理解し、現在の学校教育に対する理解を深めたとき、はじめて私は彼女を育てたと言えるのでしょう。
ところで、先日発行した『ムカデ』1号は大好評でした。その好評の理由は誰にも言いませんが、私の丁寧な指導に由来しているのです。私はこの3年間、近くの塾で月2回、小中学生の作文指導を続けていました。この仕事を始めるにあたって、私は悩みました。塾の講師という仕事が、現在の学歴社会に荷担することになるのではないかと思ったからです。しかし、作文は読書と両輪の輪で子どもの心を豊かにするものですし、受験科目でもありませんから、決して学歴社会に荷担する仕事ではないと思い返しました。そして今、私のやってきた仕事が図らずもこうしてPTA活動に生かされています。
仕事と家庭の両立。まさに私はそれをやってのけたのです。月2回とはいえ、単身赴任の夫を持ちながら、夕方から塾に出向いて仕事をするのは、とても大変なことでした。しかし、私は決して家庭をおろそかにはしたことはありません。この作文指導は我が子のためにもよいと考えて始めたことですから、子どもたちにしわ寄せが来るような本末転倒をしては元も子もありません。祐二の高校入試が迫ってきたので、9月から作文指導の仕事は一時、お休みをいただくことにしました。
しかし、私はPTA活動だけはおろそかにするつもりはありません。後に続く人たちへの置き土産になるような、後々までの語り種になるような有意義な活動をしたいと考えています。比留間さんや委員さんたちにも、いずれ私のこの熱い思いが伝わる日が来ることを願わずにいられません。 (つづく)
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