外苑新国立計画は凍結して駒沢競技場活用へ5 | 建築エコノミスト 森山のブログ

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1964年の東京オリンピック駒沢会場計画について掘り下げていきたいと思います。

この全体計画を取り仕切ったのは高山英華(たかやま えいか)という人です。
戦後の日本の都市計画界の巨人です。


様々な都市計画の立案や政府の委員等々を歴任されております。

ただ、その影響力というか成果は超巨大なのですが、個人的な活動やそのパーソナリティは皆目見当がつかない人でした。

著書や肉声等々の記録があまりにも少なかったからです。が、建築や都市を絡めた歴史的評伝や小説の執筆でも有名な都市計画家の東秀紀先生の著書、


「東京の都市計画家 高山英華」(鹿島出版会 2010)が出版されるにおよんで、初めて人間高山英華と、戦後の日本の都市計画への取り組みが、が活き々と我々の眼前に浮かび上がってきたというわけです。

BS朝日で本年放映された
近代建築誕生秘話Ⅳ 菊川怜が見た 建築家たちの東京オリンピック

https://www.youtube.com/watch?t=1&v=7u3HNEtuwm4

という番組で初めて知った方も多かったのではないでしょうか

この英華先生ですが、前述の岸田日出刀と同時期に1936年のベルリンオリンピックに行く予定だった人なのですが、しかも建築の視察ではなく選手として、それもサッカーの選手としてです。

戦前は現在の学科割のように専門の都市計画学科がなく建築学科内で都市や街区の研究もされていたようですね。

岸田日出刀と「外国に於ける敷地割類例集」なる図録の編纂もされています。

高山英華の都市計画巨人としての活動が戦後になって本格化するわけですが、その前に忘れてはならない都市計画家の先生がいます。
巨人の前の大巨人です。

この方も、雅号のような典雅なお名前ですよ。

近代都市計画の巨匠、石川栄耀

いしかわ、、、えいよう?、、、読めませんね。
いしかわひであき、と読みます。
が、えいよう、とも呼ばれていたようです。

栄(さかえる)そして耀(かがやく)
高山英華が、英(ひいいでる)そして華(はなやか)

戦前、戦後の日本の都市計画そして五輪計画のキーパーソンは、
キラキラネーム三人衆、栄耀、日出刀、英華と覚えておきましょう。


と、いいたいところなのですが、

東京オリンピックを契機として東京の都市計画の推進に関わった重要な人物がもう一人いらっしゃいます。

その人の名は!

山田正男

キラキラネームじゃない!

むしろ、ちょっとホっとする漢字、安心する感じ。

ところがですね、この山田氏は泣く子も黙ると言われるほどの東京都の初代都市整備局長として辣腕を振るった方なのです。

つづく

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