バックミンスター・フラー ダイマクション戦略展開ユニット | 建築エコノミスト 森山のブログ

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前述のダイマクションカーがその後どうなったのかといいますと、大不況から立ち直らせる新しい産業になるのではないかと多いに期待され、フィリップ・ピアソンという株式仲買人のスポンサーを得て、アメリカズカップに出走するヨットを三艘も設計したという航空機&ヨットの設計者スターリング・バージェスと共に会社を興します。
ところがこの試作一号車が不慮の事故に巻き込まれてしまい印象を悪くした結果、続く2台の購入予約がキャンセルになってしまったのです。
その後購入予定者のないまま、フラーの個人資金もバージェスの資金もピアソンの提供資金も飲み込んで改良に改良、開発に開発を重ねて試作三号車でついに資金が底をついて会社は倒産、ダイマクションカーの工場は閉鎖されました。
フラー二回目の倒産です。

「ダイマクション」というのは造語ですが、フラーが普段の言葉でよく使っている、会話に頻繁に出てくるという
「ダイナミック=躍動的な」、「マキシマム=最大限」、「~ion=行動、状態を表す接尾語で名詞化する」の3つの言葉を組み合わせて、作られたものだそうです。

直訳すれば「ダイマクション」とは、「躍動的な最大限の行動状態」ということになるでしょう。
とその言葉どおりフラー最初の最大限の活動状態が発揮されたのが、プレファブ住宅においてだったのです。


フラーは戦争が終わると軍需産業の生産能力に大量の余剰が生じるだろうと、同時に住宅不足も生じるだろうと見抜き、アメリカ経済戦略庁に意見書を提出します。
軍用機生産施設を民需生産施設に転換する、飛行機の代わりに軽量なプレファブ住宅を作るというものです。
そして、ビーチ・クラフト社に赴き労働者組合と経営者の前で大演説し、戦争が終わった後も引き続き会社に需要と収益をもたらし、工場労働者も働き口が確保できるということで、大歓迎とともにカンザス州ウィチタに引越します。


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          ダイマクションハウスの先行モデルとなるDDU

そこで考案されたのがダイマクション戦略展開ユニット、
The Dymaxion Deployment Unit略してDDUです。
これは軽金属で出来たモノコック構造で、ちょうど未来型のパオといった印象です。
これをプロトタイプにして、数件の実施実験をおこない、アメリカ空軍の協力も得て、年間6万棟の生産ラインも確保して、いよいよDDUの完成形「ウィチタ」ハウスの試作が始まりました。

また、この住宅は今の時代につながる画期的な二次部材も開発してありました、棟全体をコントロールする換気システムとユニットバス、分解してコンテナ搬送も世界中に可能であり、仕上げや家具なども含めた総重量も3.5トン、部品はすべて5キログラム以下に押さえられており部材は人力で組み立て可能、6人のチームで1日で建設できるというものです。
ここから試算した建物価格ですが、100坪ほどの広さの建物が、組み立て手間代込みで650万円ということになってしまったのです。坪7万円ですね。

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        基礎工事なく地面から立ち上がるダイマクションハウス「ウィチタ」

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この試作一号棟は大盛況でした。
ビーチクラフト社の社員全員が戦争が終わったら住宅工場で働けることを期待し、戦争が終わった1945年の10月に、この試作一号棟が新聞発表されると募集もしていないのに4万戸近くの注文が舞い込んだのです。

ビーチクラフト社のほうでも航空機生産をやめて、すべて住宅生産に切り替えれば年産25万戸の供給が可能であり、コンテナ輸送までも含めた市場規模を考えると、巨大な新産業の幕開けを予感させるものだったわけです。
ほぼヘンリー・フォードかそれ以上の産業界の英雄として偉業を成し遂げようという直前までいったのです。


なのに!

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