<つづき>


武田信玄が本軍を率いて

海津城を出た9月10日午前3時ごろ

対する上杉勢も着実に軍を進めていました。



雨宮の渡し、戌ヶ瀬の渡し、
十二ヶ瀬の渡しなどから千曲川を渡り
八幡原に移動しました。

渡しというのは川を渡れる浅瀬です。


この川を渡る様子は漢詩に記されています。


鞭声粛々夜河を渡る


できるだけ音を立てずに
千曲川を渡ったということですね。



千曲川を渡り終えると
甘粕景持隊1,000人の兵を殿として
東福寺に布陣させ
後ろから来るであろう
武田の別働隊に警戒させました。


殿というやつですね。


上杉勢はさらに八幡原を進むと
直江隊に兵糧などを持たせて
犀川方面へ移動させました。


この直江隊の動きは兵糧の守備と共に
いざという時に退路である
犀川の渡しを確保する目的が
あったと思われます。


午前4時ごろ
八幡原一帯を濃霧が包みました。


千曲川を渡った信玄が
本陣を張ったのがこの時間帯とされています。


信玄の本陣は現在の
八幡原史跡公園辺りだったとされています。